THE 留学
留学の準備・・・時間がない 〜第三章〜
    準備はとにかく大変だった。     短期の間に、学校と住むところを決めなくてはならなのだ。     特に親しい知人がケアンズいる訳でもないのだ。     夫は、年中夏で日本から直行で6時間程度でいける     ケアンズにこだわったが、いろいろ調べてみると、     この年齢の子供を引き受けてくれる学校がなかった。     年齢的に幼すぎて、精神的なフォローをしてやる事ができない     というのがその理由だった。     英語も話せないのに、いきなり現地の学校へいれようなんて     やっぱり無理なのよパパ     やはり教育環境のいいところでないと不安だ。     ケアンズにこだわる夫ともめながら、     わたしはシドニーで学校を探す事を強行     シドニーなら、オットの妹の親友がいる。     散々調べて、留学あっせんセンターとも相談しながら、     シドニーの英語スクールを探した。     息子は英語をまったく話せない     向こうの英語学校で、ある程度の英語力を身につけて     それから、現地のスクールに通ってもらおうと考えた。     ホームスティ先は、シドニーにいる友人に相談して     同じ仕事仲間の家族のお宅に     ホームスティさせてもらうことが決まった。     向こうに何度か行って、いろいろな手続きもやった。     時間が経つのは早いものだ。     3月の小学校の卒業式は、あっという間にやってきた。     シドニーに経つ直前には、夫のほうで大仕事があり、     家族を巻き込んで大騒ぎだった。     感傷に浸っている暇もなかったような気がする。     そして、息子がシドニーに出発する日が来た。     わたしが息子といっしょに     シドニーまでついていくことに……。     関空には、きょうだい同然に育ち、     幼稚園・小学校の間をいっしょに過ごした     ご近所の麻里ちゃんの家族も見送りに来てくれた。     なんなんだろ、     この日のことを、     わたしは、ほとんど覚えていない。     息子も記憶にないのだという。     日本を発ったこの日、3月30日、     私は息子と飛行機の中でどんな会話をしたのだろう。