東野圭吾
(文藝春秋)
主人公の妻と娘が
スキーツアーのバスの事故に
巻き込まれたところから始まる。
妻は娘をかばって、傷だらけの瀕死、
娘は無傷だが圧迫されていた時間が
長くて意識がない状態。
妻は亡くなり、娘は助かるのだが、
意識のない娘の体に、妻の人格が宿るのだ。
憑依にも似たこの特殊な状況で、
主人公は妻の人格を持った 娘と5年の歳月を共にする。
妻であり、妻でなく、、娘であり,娘でない。
最終的に主人公は、二度辛い別れをすることとなる。
割りとコミカルに、軽くかかれてあって、
逆にそれがちょっとうざったかったり、
もうちょっと淡々と書いてほしかった感があるのだが、
それは多めにみましょう。
不覚にも泣いてしまいました。
そして、もし自分が同じようなことになったら、
いろいろ自分で、あれこれ考えてみました。
そう、、愛について、、ふ |