「ウィル君は私の名前を知っていますか?」
授業の合間にそう問われた。
あまりといえばあまりなその質問に、一瞬言葉を失ってしまった。
「・・・・貴方の目には、僕はそんなに記憶力の乏しい人間に映っているんですか?」
「ち、違います!ただちょっと気になって・・・・」
「同じことじゃないですか」
慌てて弁解する先生の下手な言い訳に、半ば呆れてため息をつく。
焦りのためか眉間にしわを寄せて苦笑している先生が、あはははは、と乾いた笑い声をあげた。
「本当にそんなつもりで言ったんじゃないんですよ?」
「それはもういいですから。
どうしてそんなことを言い出したのか、説明してもらいたいですね」
ため息をつきながら、苦笑いしている先生をちらりと見てそう言った。
すると先生がふっと悲しそうに微笑んで、静かに口を開く。
「軍学校には何人の先生がいると思いますか?」
「そんなこと・・・・急に言われても」
「私も正確には知りません。でも、少なくとも1人や2人ではないことは確かです」
「それが一体どうしたと言うんです?」
「私は結局、先生方全員の名前を覚えることなく、軍学校を卒業してしまいました」
そう言って、悲しそうに笑った。
「毎日顔を合わせる先生とか、お世話になった先生の名前はちゃんと覚えたんですよ?
でもね、中には在学中数回しか顔を合わせなかった先生や・・・・一度も授業を受け持って貰わなかった先生。
すれ違うくらいしかしなかった先生が、たくさんいたんです」
忙しなく過ぎていく日々の中で、確かに学校という同じ場所に存在していたはずなのに。
言葉を交わすことも、立ち止まり顔を合わせることもなかった、そんな人たち。
「昔はそれが普通だったんです。
ちゃんと名前を知らなくても、『先生』って呼べばちゃんと伝わったから。
でも・・・・今はそれが、とても悲しいことだったんだって思うようになりました」
先生、と。呼べば誰もが振り向いてくれた。
不都合もなく、不便なことなど何もなかった。
名前なんて知らなくても、別に困ることなんてなかったのに。
『先生』と呼ばれるようになった今では、それがどれだけ悲しいことなのかがわかる。
「名前を知っているかどうか。
それは、その人にとって自分が、どれだけ必要とされているかということなんだって思ったんです」
どれだけ必要とされているのか。
どれだけ近くに、傍にいるのか。
たった名前一つ、それを知っているかどうかで、わかってしまうような気がした。
「私は君の先生です。だから、『先生』って呼んでくれることはとても嬉しいの」
でも、『先生』とだけ呼ばれることには、どうしても。
昔の自分を思い出してしまう。
名前を知らなくても使えてしまう、都合のいい呼び名として使っていた頃の自分を。
ねえウィル君。私は君の先生です。
でも、私の名前を知っていますか?
「・・・・かばかしい」
「え?」
「馬鹿馬鹿しいって言ったんです」
目をそらしながら言ったウィルの言葉に、驚いたようにアティが目を見開いた。
「学校にいる教師の数が多いのは当たり前だし、その中で実際に教わるのは数名だって言うのも当然でしょう?
知る機会がなければ名前なんて知らされないのが当然じゃないですか」
「それは・・・・・そうですけど」
「アティ先生」
遮るように呼ばれた。
いつもとは違う呼び名に、うつむいていた顔を、反射的に上げた。
照れたように目をそらして、頬を染める姿が嬉しかった。
「授業・・・・・続けて欲しいんだけど」
「・・・・・はい!」
たった名前一つ、たったそれだけのことなのに。
『先生』じゃない『私』を知ってもらえているような気がして、嬉しかった。
君が呼ぶ。
名を、呼ぶ。
FIN.
――――――――
え、何これ(知らんて)
傍にいれば必然的に入ってくる情報ですからね、名前って。
それを知ってるってことはずっと傍に居て必要としてるってことなんだろうってことで。
てゆかことごとく生徒が先生の名前呼んでくれないんで、
ほんとにわかってるのかなってちょっと思ったり。思わなかったり。
一言くらい呼んでくれても、さ・・・・!
『先生』って呼び方の受け取り方の問題かな。
名前知らないことからの逃げか、親愛か。
(2004.4.23)
(2004.8.17 修正)
ぶらうざばっく