王女様のランチ ■










人気のないがらんとした店内に、有希の歩く足音だけが響いていた。
誰もいない、客もいない、店員も、コックも。本当に誰も誰も、いないのだ。


ちょっと待って。ここってお店よね。さっき帰るところだった客とすれ違ったわよね。
ってことは今日は休みってわけじゃないわよね。しかも今ってまだまだ夕方よね。
それって今からちょうど稼ぎ時ってことじゃないの?そうよね、そのはずよね。
だったらどうして、こんなに人が居ないのよ!

一瞬のうちに、そんな葛藤を心の中で繰り広げた後、
もしかして本当に閉店してしまったのだろうかという不安が、有希を襲った。


だとしたら、こんなところにいても、無駄。
瞬時にそう判断してくるりときびすを返そうとしたそのとき。

うしろから、足音がして。同時に、人の気配が感じられた。





「あれ。なんだ、まだいたのか、客。
ごめん、悪いけど今日はもう―――」


「待てよ一馬。あんな可愛い女の子一人くらいだったら残りの材料でなんとかなるだろ。
英士が上手くやりくりするから大丈夫だって」


「あのね、結人。作るの俺なんだから、あんまり安請け合いしないでくれる?」



厨房の中から出てきた途端、そんなテンポのいい会話を繰り広げた3人に、
有希はいきおいよく振りかえり、そして次の反応に困った。


1人目はあくまで今日は閉店だと言いたかったのだろう。口調からして。
2人目はどうやら1人くらいなら大丈夫だと言って、何か食べさせようといってくれているのだろう。
しかし、3人目は明らかにそんな2人目の言葉を嫌がっていて・・・・・。

つまり、私はここで帰るべきなの言葉に甘えるべきなの、どっち!?
・・・というのが、今の有希の疑問だった。


しばらく何も言えなくて、呆然と立ち尽くしたままでいた有希に、
3人はふと顔を見合わせて、どうやら彼女が困っているらしい事に気がついて、
そして、そんな彼女を気遣ってか、各々が突然、動き出した。




「一馬。残ってる食材、あるだけ持ってきて。結人は接客」


「全部持ってきたらいいんだな」


「そんじゃお客サン。こっちへどーぞ」


「え、でも。閉店・・・・・したんじゃ」


「あー、いいのいいの。閉店っていっても、食材なくなっただけだから」


「全然よくないんじゃ・・・ないの?」


「あんた1人分くらいだったら何とかなるよ。そのかわり、メニュー指定は出来ないけど・・・」


「“あんた”・・・・って・・・・・・・。いいの、あんな接客の仕方で」


「あー。いーのいーの、英士だから」


「はい?」


「英士、これで全部だぞ」


「ごくろうさま、一馬。次は食器出してくれる。
それから結人。俺は別に雑談しろとは言ってないでしょ。水くらい出しなよ」


「へいへい」




厨房からの言葉に、ずっと有希の傍で話をしていた一人が席を立った。
その場に1人残された雪は、なんとなく居心地が悪くて。
視線のやり場に困って、ただひたすら、厨房の中で作業をする様子を見ていた。


音を立ててすばやく動く包丁。早々と刻まれる野菜達。
流れるような作業でそれはなべに放り込まれ、そしてちゃっちゃといためられる。
城の厨房を覗くことを良くする分、そのような風景を見ることにはなれているつもりだったが、
いざこうして間近に見ると、いつもとは違った人間のそれを見ると、こうも違って見えるものなのだろうか。

料理の素人である彼女の眼から見ても、それはすばやく、そして見事なものだった。



そうこうしているうちに、早々と調理は終了。
小さな金属音をさせて皿に料理を盛って、それはもう、有希の目の前に姿を表した。





見栄えも香りも合格点。
というかむしろそれはそれ以上のものを感じさせる。
城のコックが作る料理はもちろん美味しいし、大好きなのだが・・・。
この料理は、それをも凌駕する、そんな気がして。

無性に、この料理の正体と作り方が気になった。




「これ・・・・・何て言う料理なの?」


「名前なんてないよ」


「へ?」


「言ったでしょ。残った食材で作る、って。それは残り物を適当に味付けしただけだよ」


「ふーん・・」




なんか・・・・そういう言い方されると、ありがたみなくなるんですけど。
せっかく素直に感動していたというのに、余りに淡白な言い方に少し拍子が抜けた。
そのせいか、少しばかり感じていた緊張も一緒に解けて・・・・。

渡された箸を置いて、小さく手を合わせて、いただきます小さく呟いて。
そしてもう1度箸を持って、今度こそ、それを口に運ぶ。




一口含んで、噛み締めて。
広がる味を噛み締めて、そして思う。
















これは、ハンパじゃなく。おいしい。














「・・・・・・おいしい・・・・・・・・・・・」



呟くように小さく、思わず言葉が零れたかのように、言う。
その言葉に、作った本人よりも隣の2人が、とても嬉しそうな顔をした。
それはまた何か違うような気もしたけれど、いやむしろ誉めてるんだからもう少し嬉しそうな顔しなさいよとか、ほんの少しだけ思ったりもしたけれど。今はそんなことを気にするよりもずっと、言いたい事があった。





「これ、ほんっとにあなたが作ったのよね?」



口に運ぶ手を止めて、目の前の顔を見つめて、そう言う。
すると彼は何を今更とでも言いたげな顔をして、小さく言った。



「見てたでしょ、今」


「これって別にレシピとかあるわけじゃないのよね?」


「まあ、適当だから」


「つまりそれって、あなたがすっごく料理上手ってことよね?」


「―――何が言いたいのか、はっきり言って欲しいんだけど」




続く有希の質問に。その、質問の意図の不明さに。
彼が少し険しい顔をして、言った。
しかし、有希はそんなことを気にする様子もなく、その質問の解答を聞いて、更に顔を輝かせて。
そして、勢い余ってと言う風に立ちあがって、そして言った。






「あなた、城に来る気ない!?」



「――・・・・・・は?」
















3人のマヌケな声と共に、
少し賑やかさを取り戻した店に、また、おかしな沈黙が降りた。
















「お父様には私が頼む!厨房長にも許可を取るわ!!
だからお城に・・・・・・!!!」





輝くような笑顔でそこまで言って、そして、彼女は気付く。

目の前の人間、彼ら3人が、とてつもなく怪訝な顔をしている事。
彼らが、自分が王女である事を知らないと言う事。
そして自分が、内緒で勝手に城を抜け出してきたと言う事。
唯一残してきた書き置きに、騒ぎは起こさないと誓ってきたと言う事。

その事に気付いて、自分のしでかした行動に気付いて、
次の言葉に困って、この場をどうはぐらかそうかと悩み始めたとき。








いつかは連れ戻しに来るだろうとは思っていたけれど、
一番来て欲しくないタイミングで、奴は現れた。

















「姫っっ!!!」


「みっ、水野っ!?」




ドアを蹴破らんほどの勢いで飛び込んできた奴は、言葉どおり、水野。
そのものすごい剣幕から、水野がこれから繰り広げるであろう説教よりも、姫と呼ばれてしまったことへの彼らの反応の方が心配だったりしたのはこの際おいといて。




「水野、どうしてここがわかっ・・・・・・」


「店の前を通ったとき、あなたの声が聞こえたんです。
いったいどういうつもりですか、勝手に城を抜け出して!!
あなたがいなくなったことで侍女は泣き出し、王は仕事が手につかず・・・・・!
あんな書き置き1つで外出が許されるとでも思っているんですか!?
だいたい窓から降りると言う事自体が無謀なんです!もう少し自分の行動に責任を持ってください!」


「そ、それは私が悪かったから・・・。
だからその・・・・す、すぐ帰るからあんたは先に帰・・・・」


「ダメです。無理矢理にでも連れて帰ります」


「水野っ!」





流石と言うか何というか、水野が有希の手首を握る力は、いくら有希が抵抗してもほどけることはなく、
強引に扉へと引き摺られることにさえ、少しも抵抗らしい抵抗は出来なくて。
いくら振り払おうとしても、いくら精一杯の力をこめて引かれる腕を戻そうとしても。
全ては焼け石に水。通用など、全くしない。


ああ、せっかく腕の良いシェフを見つけたのに・・・・・。
相変わらず観点がずれているような気がしないでもないが、
とりあえず、これ以上どんな抵抗をしても仕方が無いと諦めはじめた有希が、
はあとため息混じりに下を向いたそのとき。












掴まれていた腕に掛かっていた力が、ふと、和らいだ。












「水野・・・・・・?」



もしや、私のあまりの落胆のしように、気が変わって先に帰る気になったのだろうか。
そんな期待が脳裏を掠めて、有希が、下に向けていた顔を上げた。
しかし、そこに居たのは、いつものように諦めたような表情を浮かべている水野ではなくて。





――――むしろ、さっき以上に顔が怖いと言うかなんというか・・・・。




よくよく見れば、有希を掴む水野の腕は、彼のものでも、もちろん有希のものでもない腕に掴まれていて。
水野の後方のドアの前には、2人分の人間バリケード。
それはもちろん・・・・。












「人の店で、騒ぎなんて起こして欲しくないんだけど」




依然有希の腕を掴んだままの水野の腕を掴みながら、英士は言った。




「―――あぁ、悪かったな。
すぐに消えるから、手を離してくれるか」


「消えてくれるのは結構だけど、それはあんただけでいい。
その人まで連れてく必要はないよ」




はっきりとそう言い捨てた英士に、一瞬、キツネに摘まれたような顔をして、
水野が、いっそう顔を険しくして、掴まれた腕を、振り払った。




「それは出来ない。
俺はこの人を連れ戻しに来たんだ。手ぶらで帰れるか」


「それはあんたの都合でしょ。
少なくとも彼女は嫌がってるんだから、それをみすみす連れかえらせるわけにはいかないね」


「――この人が誰だかわかって言ってるのか」


「興味無いし関係無いよ」


「なっ・・・!」


「誰であろうと、今はうちの客。
出した料理をまともに食べずに帰るなんて、うちでは許してないからね」


「そ、そうだぞ!閉店した後だってのに英士がわざわざ作ったんだからな!」


「だいたい、嫌がる女の子無理矢理引っ張ってくなんて、何考えてんだよ!」




自分を真ん中において始まる討論に、有希は心の中で本気で焦っていた。
どちらともが自分のために(もしくは自分のせいで)こうした行動を起こしてくれているのがわかるので、
どちらを応援することも、どちらに便乗することも出来なくて。
だからといってこのまま放っておけば、事態が悪化するのは目に見えていて。
しかもしっかと腕を掴まれている為に動く事すらままならなくて。


―――どうしよう。

依然続いている口論に、数秒頭を悩ませて。
そして、覚悟を決めたかのように水野を見据えて、有希は言った。






「水野、お願い。手を離して」


「・・・・・・」


「勝手に抜け出したのは悪かったわ。
私のために探しに来てくれたのも感謝してる。
でも、どうしても言いたい事があるの。だからお願い」


「・・・・・・・・わかりました」




真剣な有希のまなざしに、渋々水野が手を放すと、
やっと自由になった腕の、掴まれていた部分を軽くさすってから、
有希が、英士・結人・一馬を順に見て、ぺこりと頭を下げた。








「―――ごめんなさい。私がバカなことして・・・・迷惑かけて」


「・・・・それはいいけど。で、言いたい事って?」


「さっきと一緒よ。城に来る気、無い?」




笑顔でそう言った有希の言葉に、一瞬水野が驚いた表情をしたけれども、とりあえず無視。
顔を見合わせる3人を、不安交じりの表情でじっと見つめる。




「――――王女、っていうのは。本当?」


「・・・・・・・そうよ」


「てことは、それってマジで正式なスカウトなわけ?」


「・・・・まあ、そういうことになる、かな」


「てことは、英士は城でコックやるってことか?」


「実現すればね」




淡々と質問に答えていく有希に、
しばらく黙っていた3人のうち2人が、しばらくしたのち。沸いた。













「すっげーーーっっ!!!
すげーじゃん英士!!!城だぜ城!!しかも王女直々のスカウト!!」



「もちろんやるんだろ、英士!!断る理由なんてどこにも―――」











「悪いけど、断るよ」











さらりと答えた英士に、盛り上がっていた場の空気がまた、下がった。




「この店を始めたのも最近だし。やっと持った自分の店を手放すのはごめんだよ。
城に行きたいなんて思ったこともないし、悪いけど・・・・」


「――確かに店は惜しいけど。でも滅多にないぜ、こんな機会」


「そうだよ。英士の腕なら城でも十分通用するだろ。
別にこの店にこだわる理由なんて・・・・・」


「――――でも、長年の夢だったでしょ」


「それは・・・・・・・・」


「そうだけど・・・・・」




ついに黙り込んだ結人と一馬に、
3人のやり取りを見ていた有希が、ぱんっと手を叩いて、にこりと笑った。









「―――――ごめん!ワガママ言って。
そうよね、せっかくお店があるんだもの、わざわざ城になんて来る事無いわ。
食べたくなったら、私が来れば良いのよ。
だから―――その、・・・・・・・・・ごめんなさい」





すまなそうな表情で、でも、形は笑顔で。
明るくそう言って、最後には少し俯きながらそう言って、
有希が、くるりと後ろを向いた。





「―――帰ろう、水野。みゆきちゃん、心配してるんでしょ」





用事は済んだから、これ以上迷惑かけないうちに、帰るわよ。
そう付けたし言って、水野の前を通りすぎて、出口をくぐろうとして。
一向に後ろについてくる気配のしない水野を不思議に思い、振り返る。
すると、ずっと苦い顔をしていた水野が、その表情を更に深めてから、
すっと、有希の顔を見つめて、言った。




「――――定期的に城に通うだけなら、店を続けながらでも、可能じゃないですか」


「・・・・・・・・・・・水、野?」


「どっちにしろ、俺は反対ですが」


「――――あんた、一体何がしたいのよ」


「反対です、けど・・・・・・・・。
これでそいつを勧誘し損なえば、また貴女は城を抜け出す。
それに比べれば・・・・・・・・そうした方がマシですから」


「・・・・・・ダメよ。さっき聞いたでしょ。
私が良くても、彼がダメなら意味ないの。
せっかく考えてくれたのに悪いけど・・・・・・・・もう諦め・・・・・」





そう言って、もう1度振り返って、今度こそ扉を開いて外に出ようとしたとき。
1度は人間バリケードをといていた2人が、今一度壁を作って有希を外に出さんとして。
そして、いかにもわざとらしく顔を見合わせて、言った。





「でもそれ。マジで良い案だよな。結人」


「なー。店も出来るし城にも行けるし。
もちろん今より収入増えるだろ?てことは材料もっと買えるしな」


「いーな、それ!今、予算マジ少ねえもんな・・・」


「だろ?そしたら、稼ぎ時の時間帯に店閉める必要もなくなるじゃん」


「店も繁盛するし、英士は城行けるし、一石二鳥?」





そこまで言って。もう1度顔を見合わせて。
声も合わせて、一言。





「つーわけで行って来い、英士。」


「・・・・・・・・・断る、って言ったでしょ。さっき」


「いーじゃん別に。半年に1回くらい」


「なー。別に稼ぎが減るわけでもねーだろ。1月に1回くらい」


「そうだよなー、1週間に1回くらい・・・・」


「・・・・・・・・・上がってるけど、頻度」


「気のせい気のせい」


「でも、マジで行けよ。英士」


「・・・・・何でそんなに行かせたがるの」


「だーかーら。材料費のためだって言ってんだろ」


「別に、いつか便乗して城の中とか見れんのかな。とかは考えてないって」


「――――へぇ?」


「とっ、とにかく!行けよ英士。材料費稼いでこい!」


「あのね・・・・・・」








「――――さっきから、私のこと忘れてない?3人共」






弾む(?)会話にやっとスキだ出来たとき、
そのスキを待っていたといわんばかりのタイミングで、有希はやっとの思いでそう口を挟んだ。

自分の意図するところとは全く別の場所でトントン拍子に進みんでいた(?)会話に、
先程諦めると言った自分の言葉が、どうも繁栄されていないような気がして。
・・・というか、実際されていない。
これでは、せっかくの自分の決心が無意味になってしまうではないか。






「2人は、貴方を城に来させたがってるけど、貴方は乗り気じゃないんでしょ?
嫌なら嫌だって、もう1度はっきりいってくれたほうが、こっちとしては嬉しいんだけど」


「嫌も何も。行くんだろ、英士」


「そうだよな?」


「2人は黙ってて。私は、この人に聞い――――」


「・・・・・・・・・郭だよ」


「―――へ?」







有希の声を遮って、ずっと押し黙っていた英士が、ため息混じりに、ふと声を上げた。






「・・・・ファーストネームは郭。
ずっと『この人』とかじゃ、呼びにくいでしょ」


「それはそうだけど・・・・・・なんでいきなり・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・結人と一馬が、随分俺を行かせたがってるみたいだからね」


「!!―――それじゃあ!」


「ただし、週に1度。忙しい時は真っ先にそっちの依頼を削る。
それでいいなら」


「いいに決まってるじゃない!!
週に1度なんて、思ってたよりもいい条件だわ!」


「じゃあ、1月に1度にしようか?」


「・・・・・・・・それはヤダ」


「わがままだね」


「・・・・あんたはイジワルよね。本当。
でもまあ・・・・・・・・ありがと」


「・・・・・どういたしまして」






さして感情の篭もらない英士の言葉にも、機嫌の良さからか有希は笑顔を返して、
そして今一度水野の方を向いて、小走りに近付いて、そしてその腕を引いた。






「さ、帰るわよ、水野!!
早く帰って、お父様に許可を貰うんだから!!」






先程とは逆の立場となって、今は水野の腕を引いて、
嬉々として出口に向かいながら、最後にもう1度、後ろをふりかえり、笑顔で有希は言う。






「今日中にお父様の許可を取って、明日中に城の皆に伝えるわ。
だから、来週!!ううん、いつだっていい。絶対来てね、郭!」






そう言って、今度こそ扉を開けて店を出て。
有希と水野は、姿を消した。


台風一過。
突然がらんとなった店の中、残された3人は、たっぷりをその沈黙を味わった後、
ぽつりと一馬が呟いた、「結局ほとんど食べてかなかったな、あの子」という言葉に、
しっかり食い逃げされている事実に気付いたとかなんとか。






















むかしむかし。
あるところにいたおひめさまは、こうしておきに入りのコックさんを見つけて、そしてしっかりすかうとにもせいこうして、
1しゅうかんに1どだけ、おいしいなりょうりをごちそうしてもらうことになったのでした。






めでたしめでたし。








どうでもいい無駄話

ばっく。