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■ 逃亡計画 ■





ぐつぐつと煮立った鍋に、1本のスプーンをゆっくりと近付ける。
すっかり柔らかくなった野菜は避けて、うっすらと色のついたスープをほんのすこしだけすくって、恐る恐る口へ運び。
味わって。そして一言。










「・・・・・・・・しょっぱい」







そう呟いて苦い顔をした有希を見て、光徳もまた、苦笑して見せた。






「せやから前も言うたやん。塩はさじ一杯でいいねんで?」


「に、二杯って前言ってたじゃない!!」


「言うてへん言うてへん。ひとつやひとつ」


「言った!絶対言った!」


「な、何や。何騒いでんねん」


「ナオキか。別に何でもあらへんわ」


「どこが何でもないねん、どこが。今日の晩飯なんや?」


「お姫さん特製塩味の効き過ぎとる野菜スープや」


「・・・・・・俺今日いらんわ。ほな」


「ちょっとそこ!!どういう意味よ、それ!」






手にしていたおたまを振り上げて、ナオキに向かってそう声を荒げる。
すると、周りから笑い声が起こって、それに便乗して光徳も笑っていた。


いつもいつも。
有希が料理当番を負うときはいつでも、必ず最後にそんなオチがついた。
そうもひどい料理べたというわけではないのに、いつでもツメが甘くてどこかで失敗する有希に対し、必ずナオキがベタなボケを繰り広げる。そして、周辺にいる人間たちから笑いが起こって、それに便乗して光徳も笑う。

すでにそれが、一週間と少しを、この盗賊団とともにすごした有希の、日課(?)となりつつあった。









初めてこの盗賊団の面々に紹介を受けたとき、
絡みつく視線にめまいがしたのが嘘のように。
今、彼女はその男達と楽しそうに笑いあい、そして会話を交わしている。



紹介を受けたとき、一番に有希の異変に気づいた光徳は、そんな風に楽しそうに自らの仲間らと接するその態度に、少しの疑問は抱いたけれど、
それでも、仲良くしてもらうのに越したことはない、と、
「馴染んでくれて良かった」と、笑顔で言ったものだった。


そういわれた有希は、何も口にはせずに、ただ、心の中でごめんねと謝りながら、笑顔でその場を切り抜けた。



ここにいる人間達と、楽しく会話するのも、笑顔を交わすのは、
その盗賊団の面々が、話してみると意外と気のいい人たちばかりだったという単純な理由と、そして、もう1つ。

その、理由は―――。


























愛想良くして、油断させて、
そして、――――ここから逃げ出すチャンスを作る。その、ため。














今はまだ、さほどの信用を得ていないため、
何をするときも、必ず傍には誰かが――見張りとして近くにいる。
けれども、こうして愛想よく接していれば、いつかは警戒もとけ、見張りもつかなくなるかもしれない。
そうすればあとは、馬なり何なりを奪って、あの村へ帰ることができる。




そういう思考の元、なるべく愛想よく、まるで本当の仲間になったかのように。そう、接しようと決心した。






















――――のだけれど。






















時々、自分の目的を見失って、素直に楽しんでしまっている自分がいる。







いろいろなことを教えてもらっているとき。
昔あったことを話してもらっているとき。
そして、今のように料理当番にあたっているとき。

いつもいつも、どんなに気にしていても、注意していても。
いつのまにか、心の底から笑っている自分がいる。
もちろん、逃げ出すことを諦めた訳ではなかったけれど、普通に楽しんでしまっているのも事実だ。






こんなはずじゃなかったんだけど・・・・。

そんなことを思いながら、有希は完成したスープを火からはずしながら、小さくため息をついたとき。

















「どないしたん、姫さん。ため息ついて。また何や失敗したんか?」











後ろから、もうさほどの恐怖は感じなくなったけれど、
やはりどこか慣れない――――ヤツの声が、聞こえた。









「・・・・悪かったわね、いつもいつも失敗してて」


「拗ねんでもええやん。俺は好きやで、姫さんの料理」


「それはどうも」


「・・・愛想悪いなあ。他の奴らにはもっと優しいやん」


「気のせいじゃないの」


「・・・さよけ」


「相変わらずフラれてんなあ、シゲ。
そろそろ懲りたらどうやねん」


「・・・・うるさいわい」


「懲りる懲りんより、
まずその慣れなれしいとこ直さなあかんのんちゃうかシゲ」


「誰が慣れなれしゅうしとんねん」


「いちよう聞くけど。
ことわりもなしに後ろから抱きつくのは、なれなれしいって言わないの?」


「スキンシップやろ」


「―――あ、そ」






冷めた声でそう言いながら、肩に乗ったシゲの腕を乱暴に払い落とす。
すると、シゲはまたいつものように苦笑ぎみに笑って、懲りた様子もなく、光徳らと何かを話しているようだった。









どうしてこの男は、どんなに冷たく接しても。
どんなに軽くあしらっても。何度も何度も、懲りずにやってくるのだろう。


毎度毎度、同じように冷たく接するのも、本当は少しだけ、心苦しい部分もあるので、出来れば、かまってなど欲しくないのに。
奴は、シゲは、いつまでも懲りることなく1日に1度以上必ずやってきた。
そうも毎日やってこられると、やはりうっとうしく思えるのだけれど。
シゲに対する態度ほど・・・あれほど冷たく接していても。
心のどこかでは、気になって気になって、仕方のないことがある。



苦しいくらいに哀しい―――笑顔の理由。
その先にある、理由が。

























「なあ、あそこ。何やモメてんちゃうん?」





数秒、呆然と鍋を見つめたまま立ち尽くしていた有希の耳に、
遠方を見ながら呆れたように呟く光徳の声が届いた。




「ホンマやな・・・・・また何かあったんか」


「どうせ、賭けでイカサマやったとか、しょーもないことやろ」


「せやけどほっとくわけにはいかんやん。行こや、シゲ」


「しゃーないな・・・・・行こか」


「あ、待てやおまえら。俺も行くっつーねん」


「ごめん、お姫さん。ちょお行ってくるから夕飯の用意頼むわ」



「・・・え、あ。うん。行ってらっしゃい」





面倒くさそうに進むシゲ、その後ろの光徳とナオキを見送って、
一体何があったのだろうかとふと考えて、
ナオキが言った通り、イカサマか何かなのかだろうと勝手に結論付けて、
次にするべきことを、有希が頭の中でシュミレートした。


とりあえず、人数分足るだけのスープの用意は終了。
あとは何がいるだろうか。パンは確かまだあったから、新たに焼く必要はなかったはず。
他には・・・・・・何か付け合せのようなものがいるかもしれない。
よく見たら、騒ぎを聞きつけた、先程まで回りにいた人達が誰もいない。
ということは、全部1人でしなくちゃいけないってこと・・なのだろうか。
ただでさえ人数が多いのに、1人くらい手伝ってくれても・・・・。






















―――――・・・・・・・って。































誰もいないってことは。まさに今。逃げ出すチャンスじゃないのよ。





















当たり前のように、今のこの状況に文句を言っていた数秒前の自分を深く自己嫌悪して、あまりにこの生活に慣れすぎていた事に驚愕しつつ、
有希は、数秒脱力してから、すっくと立ちあがり―――つけていた火を消して、くるりときびすを返した。





騒ぎは向こうで起こっている。
ということは、その逆向きに逃げれば、気付かれるのは大分後のはず。
こっちの方向に村があるのかはわからないけれど、ずっと歩いていれば、いつかは森を抜けられる。
もし国境まで行ってしまったなら、逆を向いて進めばいい。



どちらにしろ、ずっとここにいたのなら、
いつまで経っても、村にも――城にも帰れない。

なら、少しくらいの危険くらい―――。







くるりと返したきびすの先に見える、日の暮れる直前の暗い森を一目見て、1度ごくりと息を飲んで、そして、自らを奮い立たせて。
万が一迷ってしまったときのことを考えて、パンを1つだけ手にとって。




有希は、どこへ通じているともわからぬ森の中へ、
颯爽と走り込んでいった。






































騒ぎの原因は、ナオキの予想大当たり。
勝負事には熱くなる性分な人間が多い分、そんな些細な事で騒動が起きると言うのも日常茶飯事。
だからこそ、こういうときの対処法はすでに体得されているため、
その小さなモメ事は、ものの数分で丸く収まった。





「毎回毎回よお考えてくるよなあ。
カードやったりダイスやったり・・・」


「そのうち、じゃんけんや何やでもイカサマするんちゃうか」


「それはさすがに無理やろ。イカサマのし様がないやんけ」


「後出しはどないや。立派なイカサマやろ」


「バレバレやっつーねん。バレとったら意味ないやろ」







くだらないことを言い合い、時に笑い合いながら3人は騒ぎのあった場所を後にし、早々と調理場へと戻ろうと歩みを進めた。
さほど距離があるわけでもないので、ほんの数秒歩いただけで、視力の良い者なら、そこにいる人物など、顔もすべて判別できる。

だから、いつものように見えてきた調理場を、
あまり意味は無いけれども、気分的に目を細めてシゲが眺めて、
そして、気付いた。



人影が、見えない。







「お姫さん、おらんのんとちゃうか」


「ほんまや、俺らがおらんから言うてサボっとんちゃうやろな」





光徳、ナオキも気付いたのか、順にそういい、
調理場の近くに人影がないものかと、同じく目を細めてしばらく眺めた。
しかし、いつまで眺めても、どれだけそこに近付いても。
人影は1つも――本当に1つも、見られない。



誰も居ないのをいいことに、どこかで休んでいるのだろうと言っていた彼らも、そしてシゲも。
悠々とかまえていた表情は、近付くごとに少しずつ不安が刻み込まれ。
もうあと数十歩でそこに辿り着こうと言うとき、堪えきれないと言う風に走り出したシゲに続いて、ナオキ・光徳も走った。








そして、改めて誰も居ない調理場を見て。
消された火を見て。






シゲが、苦々しく歯を食いしばった。




















「連れてけるだけあいつら集めぇ!
松明に火ぃ炊いたらすぐ行くで!日ぃ暮れたら終わりや!!!」


















焦りを含んだ表情で発せられた声が、辺りに響き渡った。






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