■ 隣の誘拐犯 ■
うっすらと目を開けると、辺りは真っ暗だった。
目を覚ましたというのは確かなのに、まだ頭はぼんやりとしていて。
覚めやらぬ意識の中、彼女は、一からこの状況を振りかえった。
まず初めに、まだ夜なのだろうかと思った。
そして、例え夜だとしても、ここまで暗くなんてならないと理解した。
次に、ここはどこだろうと考えた。
妙に固い、でこぼことした感触に、ベッドの上ではないことを理解した。
最後に、自分のおかれている状況を考えて。
ああそういえば、
さっき顔を見もしなかった男に、攫われてたりしたのだったなと考えて。
そして、理解した。
自分は、誘拐されたということを。
理解した瞬間、自分がどうやら横倒しにされていることにも気付いて、
勢い良く体勢を起こして、早まる鼓動を抑えるべく、大きく息を吸い、吐く。
何もかも思い出した。意識が全て繋がった。
あのとき、三上と道を歩いていたあのとき、私は、誰かにさらわれた。
突然目の前が真っ暗になって、気がついたら、ここにいた。
これは、あからさまに、誘拐。
自分のおかれている立場をやっと理解して、
しかも、後ろ手をロープで縛られている事にも気付いて。
一筋、汗が流れた。
「お。なんや、起きてたんかいな」
自分の立場を理解して、半ば呆然と座り込んでいた有希の視界に、
突如明るい光りが差し込んで、そして同時に、声が聞こえた。
反射的に、有希がその声の主の方向に顔を向けて。
そして、眩しすぎるその光りに、目を細めた。
逆光になっていて、顔などは全く見えないけれども、
どうやら声が彼女をさらったそれと違うことを知って、少し安心して。
そして、気付く。
例え本人でないとしても、ここにいる以上、
その誘拐犯の仲間であることに違いは無い、と。
少しだけ開けていたドア・・・というべきか、
テントらしきものの入り口を完全に開け放って。
初めのセリフを吐いた人間が、一歩一歩、有希へと近付く。
次に自分がされるであろう行為が予想できなくて、
有希が、少しばかり身を固くする。
「そんな緊張せんでええで。別に何もせえへんわ」
睨むような鋭い視線を放ちつつ、あからさまに身を固くしている有希に、
そう一言だけ言って、彼が有希の後ろへまわり込む。
そして、手早い手つきで、彼女の自由を奪っていたロープを、解いた。
「どうして・・・・・・・・・」
自由になった手を引き寄せて、縛られていた部分に手をやりながら、
有希が、小さく呟く。
誘拐犯なら、誘拐してきた人間の手足の自由を解いたりするだろうか。
逃げられる事が無いよう、縛ったままにしておくのではないだろうか。
だから、思った。
この人は、誘拐犯とは何の関係もない、一般人なのかもしれない、と。
そう思って、期待に満ちた視線をなげかけて。
その視線を受けて、その意味を理解して、にやりと笑った彼を見て。
そして、絶望的な言葉を、聞いた。
「俺らの頭がお待ちかねや。
・・・・・・逃げれる思うたら、大間違いやで」
・
・
・
テントの外は、思った以上に人間が多かった。
中で状況把握に精を出していたときは、外が静かに思えたのに。
実際は、大勢の人間が会話を交わしていて。かなり、賑やかだった。
傍らには、先程有希のロープを解いたあの男。
案内すると連れられて、大勢の人間の間を通る事十数秒。
・・・・・おかしな注目を浴びている分、
その時間は、何十分にも何時間にも思えた。
「――――――ねぇ」
ためらうように先を行く男に声をかける。
すると、彼がくるりと振りかえり、ふと、足を止めた。
「なんや」
「ここって、どこなの」
「見たらわかるやろ。森やで」
「そうじゃなくてっ!!」
とぼけるように言った言葉に、声を荒げた有希を見て、
意地悪そうに笑って、男がまた、歩き出す。
「知らんほうがええんちゃうか」
「・・・・・・・・」
「どのみち、嫌でもわかるやろけどな」
「・・・・・・・何よそれ」
「まあええわ。
どうせわかるんやったら、早いほうがええやろし。教えたるわ」
そう言って、また立ち止まって。
くるりと有希を振りかえって、有希の後ろにいる男たちに視線をやって。
そして、言った。
「ここは、俺らの―――盗賊団のアジトや」
その言葉に、有希の呼吸が一瞬止まって、目が大きく見開かれた。
「盗賊・・・・・・・・・・」
「そうや。せやから、下手なことはせんほうがええで。
無駄死にしたないんやったらな」
そう言って、男がまた、歩き出した。
恐らく、言葉の調子と浮かべていた表情から察するに、
先程の言葉は、半分ほどは冗談なのだろう。
しかし、状況が状況だけに、笑えないし、余裕など出るはずも無い。
男の呟いた一言一言で、有希の緊張が更に増した。
無言で枯葉を踏みしめて歩く事、数秒。
男が突然立ち止まった場所は、木の間から太陽の光が差し込むところ。
気がつけば、その近辺に人はいなくて。
あからさまに、近付き難い何かがあるような気がして。
反射的に、後ずさった。
「遅いで、サル。待ちくたびれたわ」
「アホ。文句言うんやったら最初から自分で行ったらええやんけ」
一際大きな木の太い幹の陰から、声がして。
それに、男が答えた。
こちらから、その声の主は、見えない。
どこにいるのかも、大凡の場所しか特定できない。
でも、今はそれ以上に、この声が重要で。
この声は確かに、あのとき会話に割り込んだ。
・・・・そう、彼女自身を攫った奴の、声。
そう認識した時。
幹の陰で、誰かが立ちあがるような音がして。
時同じくして、鮮やかな金髪が部分だけ見えて。
そして、1人の男が、顔を覗かせた。
「まあええわ。
姫さんだけ置いてむこう行っとけ」
「腹立つ言い方やな。礼の1つも言わんかい」
「いらんわそんなもん」
「それはお前の勝手やろが!」
「うるさいやっちゃなー。はよ行けや」
「シゲぇ!!!」
面倒くさそうにひらひらと手を振る、シゲと呼ばれた男に、
さも不本意とでも言うように、有希の案内役を務めた彼が、場を後にした。
その場に残ったのは、2人。
先程も言った通り、ここには他の盗賊達がいない。
そして、場所的には環境が一番いい。
太陽の光があたり、場が開け、恐らく、寝床としても最高の場所。
そんな場所に、堂々といられるこの人間は。
紛う事無く、この盗賊団の――――。
「んなビビらんといてえな。可愛い顔が台無しやで」
極度の恐れと緊張から。自然と顔が強張っていた有希に、
男が、ふざけた調子でそう言った。
「別に何もせえへんて。
ちょっと人攫いしただけやんか」
相変わらずの笑顔でそう言ってのける男に、
いつもの有希なら、
どこがちょっとなのよ!の一言くらい言い返したかもしれない。
しかし、今は思うように口が開かない。声が、出ない。
目の前の男の得体も知れない。
先程からの明るい口調も、今だけ・・一時の事かもしれない。
もし、下手に怒らせでもすれば、どうなるか・・・・わからない。
黙ったままの有希に、男がはあと息をついて。
ひょいと幹を乗り越えて、有希の傍まで来て。
そして、有希の近くに座り込んで、有希にも座るよう促した。
「ここ、どこや思う?」
しばらく、沈黙が流れた後、男が、突然口を開いた。
口調からして、明らかに有希の答えを求めているその言葉に、
有希が返答に困って、ノドの奥が詰まるような感覚を抑えて、
小さい声ながらも、答える。
「・・・・盗賊団のアジト」
「なんや、知ってんたんかいな」
「さっき、聞いたのよ」
「サルが言うたんか・・・・。
ほんなら、俺は誰や?」
「盗賊団の、頭・・・・・・でしょ」
「当たり、や。ちなみに名前はシゲやで。覚えとき」
依然ふざけた調子の口調でそう言って、また、しばらく黙って。
思い出したように、続ける。
「姫さんさらってきたんは、俺や」
「・・・・・・う・・て」
「なんや?」
「どうして、私が・・・・・・・・」
「―――『王女やってわかったんか』か?」
「それもあるけど・・・・・・」
「『なんであそこにいるってわかったんか』・・・・・・か」
「・・・・・・・・だってそうでしょ。
ふつう、王女があんなところでのうのうと買い物してるなんて・・・・」
思うわけ、ないのに。
そう言いかけて、気付く。
そういえば三上が言っていた、
国民のほとんどは、王家の人間を見れば一目でそれとわかる、と。
もし本当にそうだとすれば、有希を発見する事は容易い。
となると、この盗賊団も第8王国の国民で形成されているのだろうか。
しかし今まで、この王国にそんなものが存在するなど聞いたことが無い。
「・・・・・あんたたちは・・・・・どこの盗賊団、なの?」
意を決して、尋ねる。
すると男は、間を置かずにさらりと答えた。
「第1王国やで」
「第1・・・・・・・・・第1!!??」
「な、なんやねんなっ」
「こ、ここ・・・・・は、第8王国・・・・・・・・・よね?」
「そうやで。隣から場所替えしてきたんや。
ちなみにここは、第8王国のいっちゃん上の端の端や」
「・・・・・ってことは、第1王国との国境付近・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・って、ちょっと待って。
あんたたち、第1王国から、うちに来たのよね?」
「せやから、そう言うたやん」
「どうやって、来たのよ」
そう言って、有希が身を乗り出した。
第1王国と第8王国の間には、もちろん、それとは限らず国と国にとの間には、国境が存在していて。
この国境間には、延々と塀がある。
そして、国境間を行き来するには、もちろんそのための許可が要る。
盗賊団という輩が、そう易々と国境を越えられるはずなど、ないのに。
「どうしてあんたたちが、今この国にいるのよ。
どうやって国境を・・・・・・」
「簡単やったで?」
深刻な顔で身を乗り出す有希とは反対に、
男は、きょとんと、さらりと言った。
「夜中にひょいて塀越えたんや。
見張り誰もおらんかったし、めっちゃ簡単やったで」
「夜中に・・・・・ひょい?
見張りが誰もいない・・・・って、それ・・・・・・・・・・・・」
どういう安全管理してんのよ、うちの国は・・・・・・・・・!!!
初めて知った国の安全管理の実態に、そしてそのずさんさに、
平和ボケした国の先行きを不安に思いつつ。
一番大事な国境の見張りがこんなだから、水野みたいに意思の弱い奴がお父様の側近なんかになれるのよ!
などと関係ないところで怒りを表現したりしつつ。
有希が、渦巻く感情に、素直に肩を落として拳を握った。
「んなショック受けんときーな。
そんとき見張り役やった奴も悪気は無いて」
「国境越えて来た張本人に言われる筋合いなんてないわよ!!」
「――――――なんや、元気やん」
「・・・・・・・・へ?」
先程までの緊張はどこへやら。
いつもの調子に戻った有希の強気な発言に、
男が、また笑った。
「えらい大人しいから、心配しとったんや。
ま、そんなけ元気やったら問題ないな」
「・・・・・・・・・・・あの・・・・」
「攫った張本人に言われてもしゃーないやろけどな」
「―――その通りじゃないのよ」
そう言って、いつのまにかこの場が和んでいる事に気付いて。
気付くと同時にショックを受けて。
有希が、ほんの少しだけ、男から更に離れた。
「他何か聞きたいことあらへんか?」
段々と薄暗くなってきた辺りに、
この会話の終わりを告げるような口振りで男が言った。
この人間の正体と、この場所の位置。
それがわかった今、他に聞きたいことがあるだろうか。
思い起こして、すぐに、ひらめく。
「どうして、私を攫ったの?
私は――――・・・これからどうなるの?」
一番の、謎。
「攫ったんは・・・・・・。
噂小耳に挟んだからや」
「噂?」
「隣国の王女が逃げ出した、てな」
「・・・・・・・」
「最初は嘘かホンマか疑うてたけどな・・・第1の方で捜索隊が出たんや」
「・・・・・・・・・・・ウソ」
「こっちの国で捜索隊が出てんのに、王女の母国は捜索隊が出てへん。
――絶対何か裏があるんやろ思うて、あいつらに探させた。そんなけや」
「捜索隊が・・・・・・・・第1王国の・・・・・・・・・」
「これからどうなるか――――は」
そう呟いて、不安そうに俯く有希に視線をやって。
またそらして、男が言う。
「―――見つけたモンには賞金が出るらしいから、
連れて帰って突き出すつもりやった。
・・・・・・・・けどな」
「・・・・・・『けど』?」
ずっと下を向いていた有希が、怪訝な表情で男の方を向く。
すると、男は最初よりもずっと意地の悪い、形容するならにやりと笑って、
そして、言った。
「思った以上の上玉や。国の奴らにやるんもったいないわ」
「―――――はあ?」
「ワケありなんやろ?
自分の国にも帰られへん。第1の方にも行かれへん。
せやったら、ここで当分おらへんか?」
「・・・・・私が、選べるのは」
強い表情を男に向けて、それでも哀しい瞳で、
有希がそう言って、また、続ける。
「第1王国に突き出されるか、ここで暮らすか。
この・・・・・・・どちらかしか、ないのね」
選択肢の中に、あの小さな村に戻るということは、きっとない。
そして、第1王国に行くなどと、絶対・・・・・・出来ない。
答えは――――選べない。
「・・・・・・・今日はここで寝。寝心地は抜群やで。
そろそろ暗なるから、焚き火もちゃんと自分で起こしや。
――ほなな」
「―――最後に、聞いてもいい?」
黙り込んだ有希の様子を、ここに残ることの答えだと解釈したのか、
男が立ちあがりそう言って。
そして有希が、立ち上がった男を見上げて、聞いた。
「何であんたは、盗賊なんてやってるのよ」
盗賊なんて、危険の多い職をやる覚悟があるなら、
他のことだって、出来たはずなのに。
しばらく、自分を見上げる有希と視線を交えたまま立ち尽くして、
そしてふいと目をそらして。
男が、その問いには答えずに、歩き出した。
「あ、ちょっ。ちょっと、あんた!!」
自分の問いに返事が返らなかったのに、
有希が慌てて呼びとめようと声を荒げる。
すると、少し言ったところで男がくるりと振りかえった。
「――――『シゲ』、やで」
そうとだけ言って、答えなどは欠片も言わないで。
男が、その場を後にした。
残された有希は、何とも消化できぬ奇妙な感情が渦巻いて、
どうにも、すっきりとしなかった。
とりあえず、言われた通り焚き火を起こした。
呆然と、音を立てて燃える火を見ていた。
先程男の見せた、哀しそうな笑顔だけが、浮かんでは消えていった。
next...