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■ 風と共にさらわれぬ ■





「国王・・・。第1王国の王子と、お付の者が・・・いらっしゃいました」




王宮の大きな食堂。

王、王妃のただ2人が食事をしていたそこに、
苦々しい表情を浮かべた水野がやってきて、そう告げた。







ここに、お通ししました。
そう言って、扉の脇に立って、水野が軽く頭を下げる。
その動作に、小さく頷いて、王が扉に手をかけた。







「お待たせ、しました」



部屋に入るなり小さく会釈をしてそう言い、王が椅子に座る。
水野もそれに続いて部屋に入り、長いすの後ろに立った。



王の座った椅子と、ちょうど対となる向かいの椅子の後ろには、先日の使者・・・もとい、自らを王子の付き人だと言った、椎名。
そしてその椅子に座るのが・・・・。

それは、今まで数々の噂を耳にし作ってきたイメージとはかけはなれた、
それこそ有希と同じほどの年齢に見える、少年。
一見すれば、どこにでもいるように思えるその少年の胸には、
一目でわかる、紋章。国の、印。
それはもちろん、―――第一王国の、証。





この、男が。

抑えきれぬ憤りに、水野が静かに、拳を握った。












「―――小耳に挟んだのだが」





静かに目を伏せていた王子が、しばらく間を置いてやっと、口を開いた。
その言葉に、一瞬肩を震わせた王を見て、
一瞬言葉をとめ、また、続ける。




「王女が、この城から消えたらしいな」




それだけ言って、また、王子は口をつぐんだ。




ついに、来た。
再び、水野がきつく手に力を込めた。

いつかは来ると思っていたが、
いざ来たとなると、こうも圧力を感じるものなのだろうか。
たかだか2週間。
運良く落ち着き場を見つけられていたのならともかく、
もしもまだ、王女が居場所を見つけていなかったのなら・・・・!



水野同様国王も、苦虫でも噛み潰したような表情で、
国王に至っては返答に困って、
沈黙だけが、部屋の中に漂っていた。



正面の椎名の表情には、
そんな2人の様子を楽しむようなものが浮かんでいる。
恐らく向こうは、事情など全て知った上で、威しをかけているのだ。

そう、思った。が。








「安心しろ。すぐに見つけ出して保護する」



「―――――は?」






いたって真面目に切り出した王女の言葉に、
拍子抜けしたその場の人間(椎名は心なし楽しそうにしていたけれど)が
間抜けな声を上げた。





「王女が消えたのだろう?
このまま王女不在では国民も戸惑う。
心配だろうが、こちらも総力をあげて探し出し、保護する。安心しろ」


「はぁ・・・・?」





相手のペースに流されて、相槌を打つような形で王が声を洩らし、
―――そして、気付く。


捜索されては、困る、と。







「ではこれで失礼する。――あまり気を落とすな」




そう言って立ち上がり、
国王が何か訴えようとしていることを気にも止めず・・・・
というか気付かず、
椎名を引き連れて、王子が、部屋を後にした。















「あの・・・・国王・・・・・・」




王子達の去った部屋の中。
疑問が渦巻くそんな雰囲気の中呟いた水野の一言に、
王はただ、黙って首を振っていた。





多分誰もが知っている。
王女が逃げたと知っている。
城から逃がしたと知っている。
皆で逃がしたと知っている。

ただ、彼を除いては。



恐らく先程の王への労わりも、探すと言った言葉も、全ては善意。
何を疑う事もなく、全ての事実をそのまま受け入れて。






そういえば、多くの王子の噂は、
共通して同じ事を言っていたような気がする。


















あの王子は、変わっている。と。
















水野と王が残された部屋に。
木枯らしが吹いた―――ような気がした。













































「藤代は俺と食材の買出し。
三上は・・・・・あー・・・・・・・・」


「有希。って呼んでくださいって、いつも言ってるじゃない」


「・・・・・・・そうだったな。
というわけだ。三上は有希の身の回りのものを揃えてやってくれ」


「どこらへんが『というわけ』なんだよ」


「言葉のアヤってやつじゃないんすか」


「バカが柄にもなく難しい言葉使ってんじゃねーよ」


「ひっでー!!」


「あの、渋沢さん。
私別に身の回りのものとか不自由してな・・・・」


「ところでさ、有希ちゃん。
何で今日はいつもと髪型違うの?下ろしてる方が可愛いのに」


「しかもさっきからずいぶんと挙動不審じゃねえか。
あんまきょろきょろしてると余計目立つだろ」


「え、あ。あの、それは・・・・その・・・・・・・・。
そ、それより、渋沢さん。何度も言うけど私・・・」


「それじゃあ、各自迅速に行動するように」


「じゃ、行くか、有希」


「今日は何買うんすか、キャプテン」


「ちょっとー!!!」






場所は城下町入り口。
目的は買出し。
本日のこの4人衆は、2週間の1度の買出し、という名目の元、
揃って仲良く・・・とはいかずとも、城下町に足を伸ばしていた。


あの小さな村では、生活に足る買い物が出来る店もなく、
だから、どの家も周期的にこうして大きな街へ足を伸ばしている、と
出かけ、渋沢に教えられた。
確かにあの村に、店らしい店はほとんど・・というかなかったな、と
今更のように納得。

何故今まで、買い物はどうしているのかという疑問がわかなかったのか。
今となってはその方が不思議だったり。



まあ、それはそれとして。









「身の回りのモンつってもな・・・・。
お前、なんか欲しいものあるか」


「だ・か・ら!
別に身の回りのものに不自由はしてないってさっき言ったじゃない!」


「とりあえず服だな。
ばあさんに貰ったやつと、もとから着てたやつしかねえだろ、お前」


「人の話、全然聞いてないのね・・・・」


「あと、なんかあるか」


「だから!!!」




渋沢、藤代とわかれてから過ぎる事数分。
彼ら2人の向かった食市場とは逆方向に位置する衣服を取り扱う店の並んだそこで、三上と有希のなかなか噛み合わない会話は繰り広げられていた。


どれだけ必要ないと叫んでも。
何も不自由してないと怒鳴っても。
彼の耳には届かない。
・・・というか、聞こえててわざと無視してるんじゃないだろうか。
だろうか、っていうか。絶対そうだ。

だったら、最初から聞かなきゃいいのに・・・。
不満たっぷりにそう呟いて、もう何を言っても無駄とあきらめて。
この際、素直についていくのが利口なんだろう、と
何を探しているともわからない三上の後ろを、大人しくついて歩く。
大人しく、といっても。いつどこで誰に気づかれるだろうと言う不安で、先程の三上の言葉の通り、多少の挙動不審はあったけれど。










いつも窓から見ているだけだったこの街。
最後に来たのは、郭の店を訪れた、あのとき。
もうずいぶん、昔に思える。





こっそり城を抜け出して、
ちゃちな変装で、真昼間の街中を心行くまで練り歩いた。
気がついたら夕方で、歩きつかれてお腹も減って。
適当に入った店が、郭の店で。
すごく気に入って、こっそり抜け出してきたってのに、
思わず「城に来て!」って叫んじゃって、郭には白い目で見られて。
どう言い訳しようかって悩んでたとき、ちょうと店の前を私を探して歩いてた水野が私を見つけて、店に走りこんできたっけな。


大して昔の話でもないのに。
今振りかえると、ひどく懐かしくて、愛しい。
皆、元気にしているだろうか。











「・・・希、おい、有希!」


「え、あっ。何?」




しばしの回想から意識を現実に戻すと、目の前に広がる三上の顔。
不信がっているというか心配していると言うか怒っているいるというか。
とりあえずそんな表情で有希を見つめてから、
やっと正気を戻した彼女の頭を掴んで、ぐいっと方向を変えた。




「向こうにおまえ向けの店があるっつー話だ。行くぞ」


「三上さん。何度も何度も何っ度もいってるけど・・・」


「いいじゃねえかよ、服の一着や二着」


「それ、むしろ私のセリフじゃ・・・・」


「意味が正反対だろ」


「どちらにしても。私、ぜーったいに服なんか買いませんからね!」


「にしても腹減ったな。先になんか食うか」


「そうやって話をずらそうとしてもダメ!」


「この先に何かあったよな。そこ行くぞ」


「・・・・・・・・・はぐれてやろうかしら」


「んなことしても、困るのはお前だけだろうが」





行くぞ。ともう1度言って、三上が先へ進む。
その後姿がむしょうに憎らしく思えて、本当にはぐれてやろうかと思う。
しかし、哀しいかな三上のセリフはしっかり的を射ていて・・・。

悔しいけれども、今の彼女には、彼の背を追うほかに、方法がなかった。












三上と有希が入ったのは、こじんまりとした店。
値段が手ごろ、というのが売りなくらいで、
店の入りは多くもなく少なくもなく。
郭の店はもう少し繁盛していたかな、と無意識に思う自分に気がついて、
何でも城に関係する者達に結び付けていることを、軽く自嘲する。

たかが2週間で、もうホームシック?と。





「ため息つくのはお前の勝手だけどな。
せめて人がメシ食ってるときくらいは遠慮しろよ」


「・・・・・ごめんなさい」


「謝り方も暗いとなると、救いようもねえな」


「ご・め・ん・な・さ・い!」


「で、何がんなに憂鬱なんだよ」


「・・・・別に」


「また暗え」


「・・・・・」




黙々と食を口に運ぶ三上のもっともな言葉に、
これ以上しゃべると余計に墓穴を掘りそうだ、と口を噤む。
ついでに、顔も背けた。
かなり悪い態度だとはわかっていても、それ以外には思いつかなくて。

しばらくの間、無言で食を進めていた三上が、
店員に飲み物を頼んで、ふうと息をついた。
・・・早過ぎるような気もするけど、もう終えてしまったのだろうか。
それを確かめるべくふと顔を上げて、確認。
・・・しっかり終わってるし。




「あんまり急いで食べたら、体に悪いですよ」


「お前まで渋沢みたいな事言うなよ。
変なとこだけ影響受けるなよな・・・・・」


「同じ事渋沢さんに言われたわ。
『君は最近三上に似てきたんじゃないか、余計な部分が』って」


「あんの野郎・・・・・」




運ばれてきた水を軽く流して、そう憎らしそうに呟く。
有希があはは、と笑った。さっきまでの暗い気分を振り払うように。
そしてそのまま早くここを出ようと言わんばかりに立ちあがる。
三上も無言のままに立ちあがり、手早く勘定を済ませて、外へ出た。









「有希」





店を出た直後、思い出したように呟いた三上に、
少し先を歩いていた有希が、ふと振りかえった。
その様子を見て、三上が少し躊躇うような素振りを見せて。
そして、続けた。





「帰りたくなったら、帰れよ」


「・・・・三上さん?」


「前はうちに居ろ、つったけど。
帰る帰らねえはお前の自由だからな」


「・・・・何?いきなり」


「さあな」






振りかえり、立ち止まっていた有希を三上が追い越す。
その動作を、一動も出来ずに見ていた有希を、横目でチラリと見てから、
ゆっくりと顔を上げて、城を仰いだ。






「暇さえあれば、ずっと見てるだろ、お前」


「何、を?」


「あれ」







視線の先にはずっと変わらず、城。






「無意識でやってんなら、ホームシックとしては末期だな」


「変・・・なこと言わないで。あの城が私の家だって言うの?
そんなこと、あるわけ・・・・・・」


「どうでもいいけどな、別に」


「・・・・・・・・・・・・一体私に何言わせたいのよ」


「さあな」


「・・・・」


「おら、行くぞ。ちんたらしてるから時間あんま残ってねえだろうが」


「どこの誰が無駄な時間費やしたと思ってるのよ!!」





三上の傲慢な物言いに反論した有希の叫び声をきっかけに、
先程まで流れていた、妙にシリアスな空気が、消えた。
歯切れの悪い部分があったり、気付かれているのかいないのかがわかりにくかったりしたけれど、とりあえず、あの嫌な雰囲気が一掃出来た事に少し安堵する。

怒る有希を笑って進む三上が、少し憎らしくも思えたけれど、
先程の言葉ほどの怒りは感じていなくて、少しの小走りで三上の横に並んだときには、笑顔が浮かんでいた。



それで、どこ行くの?
そう言おうと、三上を見上げようとしたそのとき、
ずしり、と頭に重みを感じた。
上がらない頭に、視線だけ動かして、その正体を確かめる。
見えたのは、見覚えのある色の服を着た腕・・・・。
・・・・というか、紛れも無い三上の腕。
今彼女は、頭に三上の腕を乗せている状態となっていて。

さすがに文句の1つも言ってやろうかと思って、
拘束はされていない2本の腕を振り上げようとしたそのとき。
声が、降り注いだ。


























「俺は別に王女だなんだっつー家柄にこだわる気はねえ。
それは渋沢も藤代も、他の奴らも一緒だ。居たいんなら好きなだけ居ろ」



















もちろん、帰るのもお前の自由だがな。
付け加えるようにそう言って、腕を有希の頭から離す。
そして、何事もなかったように目的地を視線で探しだした。







「な・・・・・んだ。やっぱり、バレてたんだ」


「隠そうと少しでも思ってんなら、偽名くらい使えよ」


「仕方ないでしょ。思わず口走っちゃったんだから」


「名前偽ったところで、わかるやつにはわかっただろうがな」


「三上さんはその『わかるやつ』?」


「どっちかっつーとな。
まあ、あの村の大半は、『わかるやつ』だろうよ」


「大半・・・・ってそんなまさか・・・・」


「は。愛国心の強い国民ナメんなよ」


「あはは。何それ」






しばらくそうやって笑って、そしてぴたりと笑うのを止めて。
歩みはそのまま続けて、前だけをちゃんと見据えて。
有希が1度閉じた口を、また開く。






「三上さん」


「あ?」


「ありがとう」


「・・・・・」


「でも、服は要らない。意地でも」


「お前な・・・」


「だから、意地よ。意地」





どんなもの持ってきたって、全部却下してやるんだから。
楽しそうにそう言って、それでもいいならお店も見るわ、と付け足す。
予想以上の頑固ぶりに、三上が呆れたような顔をしていた。
それすらも、何故か嬉しく思えた。













「あー・・・・とりあえず行くぞ。
買う買わねえはともかく、店は回らねえと渋沢がうるせえからな」


「どうせなら、服じゃなくて何か他のもの見たら?」


「例えば何だよ」


「うーん・・・・・・・・・」


「食器や何やっつーのんも要るんちゃうん?」


「あ、そっか。そうよね、さすがにそれは必要かも・・・って・・・・」


「おい、有希。おまえ一体誰と話して・・・・・」





















「この姉ちゃんが有希っちゅー名前やってことは、
あのネタもガセちゃうかったみたいやな」













突然会話に加わった、この近辺では聞かない方便に、背後からの声に。
気付いたときには、時すでに遅し。


三上が振りかえったときにはすでに、有希には振りかえる間もなく。
口を塞がれ、両手は身動きが取れず。
そして有希の背後には、金髪をなびかせた男が、1人。














「悪いけどな。この姫さん、もらってくで」









耳に残るその話し声と、
遠くから聞こえる、自分を呼ぶような三上の声を最後に、
有希の意識は、段々と薄れていった。



next...