HOME







■ 家族ごっこ ■





少し隙間の開いた窓から吹き込んだ風が彼女の頬を掠めて、
有希が、うっすらと目を開けた。



窓からさし込む明るい光。
風の音が響き、鳥の鳴き声がする。
そんな、いつも通りの朝なのに。

自分を包む布団も、見上げる天井も。
昨日までのものとは、まるで別物で・・・・・。


まだ目覚めきっていなかった意識がそれを自覚して、一気に覚めた。













そうだ。ここは―――城(いえ)じゃないんだ。












毎日毎日。朝一番に見ていたみゆきの笑顔。窓の下の城下町。

ここには、ない。





ゆっくりと起きあがり、静かにベッドを下りる。

昨夜あてがわれた、この部屋。
窓の外に広がるのどかな村。
ゆうべの雨が嘘のように晴れ渡った空を、いつもならもっと、喜べたのに。


なんだか、素直に笑えなかった。


























こんこん。


窓を大きく開けて窓枠に手をかけて、じっと空を見上げていた。
しばらくして、部屋のドアが、小さく音を立てた。






「おい、有希。起きてるか」



「え?あ、はいっ!」




そう返事をしながら窓を離れて、小走り気味にドアへ向かう。開ける。
開けた先にいたのは、眠そうな(ある意味いつも通りの)表情をした三上。





「朝飯。
起きてんならさっさと降りて来いよ。藤代がハラ減ったって、喚いてんぞ」


「先に食べてくれれば良かったのに・・・」


「お前が良くても、嫌だっつー奴がこっちにいるんだよ。
おら、とっとと降りろ」


「・・・・うん」





急かされるように部屋を出て、階段を降りる。
降りたすぐ先には、当たり前だけど、昨夜のままのテーブルがあって。
上には、きっちり4人分の、見るからにおいしそうな朝食が乗っていた。





「――あ!おはよう、有希ちゃん!!」




テーブルの上に乗った朝食を、お預け状態で目の前にしていた藤代が、
いち早く有希の姿を見つけて、声を上げた。





「あ、えー・・・っと。お、おはよう」




無邪気な笑顔に圧倒されて、少し戸惑い気味に返事を返す。
そんな、気の無い返事でも、藤代はにこりと笑って、
こっちだと、と言って、有希に座るように促した。





「あの・・・ごめんね。なんか、私のせいで遅くなっちゃって」


「いーのいーの!遅いって言ってもちょっとだけだしさ」


「“ハラ減った”を連呼して、机に貼りついてた奴の言えたセリフかよ」


「ひっでー!!なんで言うんスか三上先輩!!」


「事実じゃねーか」


「それでもひどいっすよ!」





机を挟んで繰り広げられるくだらない口論に、
しばし呆然としてから、有希が、小さく笑った。


原因は自分で、きっかけも自分。
わかっているし、悪いとも思うし、不謹慎だとも思ったけれど、
笑いが、勝手にこみあげてきた。


なんだろう。すごく・・・・楽しい。




そんなことをしていると、置くの部屋から渋沢が顔を出した。
多分、こんなことは日常茶飯事なのだろう。
呆れたような表情と共に、オプションにため息を付けて。







「渋沢さん」



いつこの口論の止めに入ろうかと、
頃合を見計らっている渋沢に、有希が声をかける。
そして、「おはよう」と、「どうかしたか」と問う渋沢に、小さく頭を下げた。




「ごめんなさい。朝食、遅くなっちゃって・・・。
別に私のことは放っておいて、先に食べてくれてもよかったし・・・
わざわざ用意してくれなくても・・・・・」


「それはダメだ」




はっきりとそう言った渋沢の声に、
有希のみならず、三上・藤代の動きも、止まった。





「食事は必ず全員で取る――というのがここの決まりでね。
ここにいる限りは、君も家族だ。これだけは、必ず守ってもらうよ」




真面目に・・・声を少し強く、でも優しくそう言った渋沢に、
有希が、大きく目を見開いた。












「か・・・・・ぞく・・・・・・・・・・?」















「・・・何驚いた顔してんだよ」


「そうそう。昨夜から、有希ちゃんは立派な俺らの家族じゃん」










屋根の下、共なれば。
それは大事な、尊い家族。




しばらく立ちつくしていた有希に、三上・藤代が続けてそう言って。
そちらを振りかえって、また渋沢に目をやって。
有希が、笑って、言った。







「――――――ありがとう」









有希の言葉に、微笑み返して、藤代が有希の背を押し、
渋沢が朝食の飲み物を運んできて、三上は先に席について。
やっと、遅い朝食が始まった。

初めての、一家の朝食。








――――いただきます。












































「ねぇ、これ何!?この細長いの!!」


「あ?―――あぁ、ミミズ、だろ」


「ミミズ・・・・ふーん・・・・・・」


「おまえ・・・どうでもいいけど怖くないのかよ」


「何が?」


「それ」


「ミミズ?別に怖くなんかないわよ。むしろ興味あるわ!
初めて見るんだもの!ねぇ、これ、どっちが頭?」






朝食後、所有している畑に出た4人は、
輝く太陽の下、畑仕事に精を出していた。

眩しいほどの太陽の光は、暑すぎず、かといって寒いわけでもなく。
少しだけ汗ばんだ首筋に、風が当たって心地良かった。


初めて踏んだ、畑。
そこには珍しい―――もとい、見たことのないもので溢れていた。


初めて見る生き物。
初めて見る道具。

何もかもが、新鮮だった。







「・・・・・で、このクワっていう道具で、耕せばいいのね?」


「うん、そうそう。思いっきり振り上げてー・・・」


「これくらい?」


「そう。で、思いっきり振り下ろす!」


「思いっきり・・・・・」


「ま、待て藤代!いい加減なことを教えるんじゃない!!」


「道具壊してぇのかよおまえは!!!」


「なんでっスかー!別に間違ってな・・・」


「そもそも振り上げてる高さが尋常じゃねえことに気が付け!!!」






道具の使い方も何も知らない有希への藤代の一見親切な指導は、
どうやら全てどこか的を外した説明だったらしく、
いちいち慌てて止めに入る渋沢の表情がおかしかった。
その隣で、実は一番焦ってそうな三上の声も、楽しかった。



その後、渋沢から直々に効率のよい畑仕事の仕方を伝授されたり、
村の他の住人達と顔を合わせたり。
畑は、いつもに増して一段と、騒がしかった。



そんなこんなで一向に進まない畑仕事がようやく一段落ついたのは、
夕日が真っ赤に染まる夕暮れだったらしい。










































「あ、すごい!似合う似合う!!!」





日も暮れた、空に星の輝く夜更け。
明りの灯った部屋に、藤代の明るい声が響いた。




「ねぇ・・・・これ、ホントに貰ってもいいの?」


「俺に聞くなよ。聞くならばあさんだろ」


「是非に、と下さったものだから。気にする必要はないんじゃないかな」





言いながら、にこりと微笑む渋沢に、
それでも何か申し訳なさそうに、有希が小さく唸った。



畑から帰る途中、呼びとめられて、渡された。
何でも、娘が使ってたとか言う、服。

城から出る際、衣服まで気が回らなかった有希にとって、
着替えが出来る事はかなり有り難かったので、
嬉しいと言えば嬉しいのだが・・。
やはり、転がり込んだ挙句にこんなものまで受け取るのは、気が引ける。





「・・・・やっぱり私、これ返す」


「えーー、何で?折角似合ってるのに・・・・・」


「似合う似合わないの問題じゃなくて・・・・」


「貰えるもんは貰っときゃいいじゃねえか」


「あのね・・・・・」


「そういうものは、貰っておいた方が向こうにとっても良いんだよ。
今返したりすれば、気に入らなかったのかと思って、
おばあさんが悲しむだけだ」


「でも・・・・・」





どんな言葉にも、一向に肯定を示さない有希に、
興味なさげに椅子に腰掛けていた三上が、大げさにため息をついて、
そして有希を見据えた。




「ぐだぐだぐだぐだうるせえな。
遠慮するくらいなら、代わりに何かしてやればいいじゃねえか」


「代わりに・・・・ねぇ」








代わりに、何が出来ると言うのだろう。
今、自分の纏っている衣装を見て、ふと考える。


私に何が出来るだろう。

何かを贈り返すことも出来ない。
何か、役に立てるような事をする自信もない。
右も左もわからぬ状態で、誰かのために何かを、出来るだろうか。















「話し相手・・・・とか。ダメかな?」






小さく呟いた自分の言葉を、再度頭の中で繰り返して、
そして、ぱっと笑顔を浮かべる。






「お昼作って持っていって、おしゃべりするの!
畑仕事とかはシロウトでも、本なら一杯読んでるわ。
面白い話なら、幾つも知ってる!」






あ、でも・・・・。それじゃあ、釣り合い取れないかな・・・・。

折角の自らの案の欠点を早速見つけ、
ようやく晴れた笑顔が、また曇る。



そんなくるくる代わる百面相を、しばし無言で見ていた3人が、
各々肩をすくめたり、目を合わせたりして、小さく笑った。






「それは名案だな」


「三上先輩もよく行ってるけど、いっつもおばあさん嬉しそうだし」


「2.3ヶ月も続けりゃあ、ばあさんも満足だろうよ」



「本当!?」





有希が、再び笑顔を浮かべる。
しかし、また次の瞬間。考える。







2.3ヶ月。いるだろうか、ここに。













「・・・・・・・・・・2.3ヶ月。いるかな、私。ここに」





無意識にぽつりと呟いた言葉は、
思いのほか独り言にしては大きすぎる声だったらしく。
皆に聞こえたその言葉に、渋沢、藤代の表情までも曇った。


余り知られていない土地だとは言うものの、
ここは首都、城からそう離れていない地。
だとすれば、見つかる可能性は決して低くはなくて。

ここを出ていかなければならなくなる可能性は、高い。


その状況を踏まえての2.3ヶ月は、長すぎた。








「―――やっぱり何か他のこと・・・・」


「お前は、ここを出ていくことを前提にしてんのか?」




少し残念そうにため息をついて口を開いた有希の言葉は、
突如呟かれた三上の言葉によって遮られた。
そして、その言葉は、鋭かった。




「それは、俺らへの遠慮か?」


「・・・・それもある、けど」




実は追われてるかもしれない身で、
いつ居場所が知れるかわからないから。
さすがにそうは言えないから、少し、語尾は濁す。

しかし、三上にはその言葉すらも遠慮に見えたらしく、
あからさまに機嫌悪そうに、言い捨てる。




「なら、話は早ぇな」




座っていた椅子から立ちあがって、有希の目の前に立って、
すっと、人差し指を地面に向けた。





















「ここにいろ」





















差された指の先にあるのは、床。
それの意味するものは、この家。つまり、『ここ』。


それは、つまり―――――?











「じゃ、俺寝るわ」





簡潔にそう言って、誰の言葉も待たずに階段を上る。
呆然と、その姿を見送る事すら出来ずにいた有希が、
階段を上る足音が消えた後に、やっと、俯き加減だった顔を上げた。



















「いても・・・・・・・いいの?」














2ヶ月。3ヶ月。

そして先程の言葉がさす、これから先の、ずっと。














ゆっくりとした動作で、その場にいた渋沢、藤代の顔を順を見遣る。
2人の表情は、笑顔だった。














心のどこかには、やはり遠慮があって。
どうしても、出ていく事を前提に、これからを考えていた。

でも、それでも。

ただの一言で、こんなにも、救われる。













『ここにいろ』







三上の言葉が、頭の中で繰り返し、響いていた。




next...