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■ 拾われっ子 ■





「俺が出来るのはここまで。
本当なら・・・・逃げ込み先も紹介したかったんだけど」


「ううん・・。十分よ。ありがと」



王・王妃・水野が『用事』で出かけ、門番も持ち場を離れる数分間。
その、警備が手薄になった時間に城を『逃げ出した』有希は、
そのまま一旦郭の店へと行って、とりあえず逃亡のためになりそうなものを用意していた。

目立つ服は着替えて、必要そうなものを揃える。
チャチな変装ではあったけれど、髪はいつもと違う結い方にもした。




「王女が逃げ込みそうな場所は、真っ先に調べられる。
なるべく、行った事も無い所に行ったほうが良い。
それでもダメなら・・・・・・・ここに来なよ」


「え。でも・・・」


「そう。そしたらうちの店は匿ってるってコトでややこしい事になる。
だから、死ぬ気で探しなよ、かけ込み場所」


「あんたね・・・・」




いつものようにふざけた事を真顔で言う郭に、有希もいつものように呆れて見せる。いつもより、殺気・・・もとい、怒気は控え目に。
これが、彼なりの応援なのだということは理解できたし、
最悪の場合の身の振り方があるのは有り難い。
・・なるべく、使いたくは無いけれど。




「じゃ、もう行くわ」


「―――健闘を祈るよ」



厚手の上着のフードをすっぽりと被せて、有希がそう告げて歩き出した。
郭も、それに小さく返して、その背を見送る。





「・・・・・・・気をつけて」



もうすでに有希の姿が視界から消えうせた後、
もう1度、小さな声でそう呟いた。
































これからどうすればいいんだろう。
郭の店が見えなくなった頃、1度だけ振りかえって有希はふと考えた。


城にはもちろん戻れない。
郭の店にも、易々とは行けない。

夜のうちに遠くの街まで歩いて、とりあえず宿でも借りようか。
それとも馬を借りて、どこか森にでも小屋を見つけようか。
どちらにしても、もう夜は更けている。
早くしないと、どちらも借りることが出来なくなる。











心なしか、空模様もよろしくないんじゃありません?






うなる頭上の空をしばらく見つめた後、有希は歩みを速めた。
早くしないと雨が来る。
雨止む場所もないというのに、ここで降られるのはごめんだ。
せめて、雨を凌ぐ場所を見つけないと、風邪を引く恐れもある。
大した処置が出来ない今、こじらせてご臨終なんてシャレにもならない。



とりあえず、雨だけでも凌げる場所・・・・。

きょろきょろとあたりを見まわして、それらしい場所を探す。
あたりには、もう街を出てしまったのか家一件見当たらない。
平原にただ1本の道があるのみ。

確か、この道を行けば村があった。
あまり明確でない記憶ではあったけれど、今はとやかく言っている場合ではない。足早にその道を進む、少しでも人の気配を求めて。





















数十分歩いた時、
平原の街道から少し離れた場所に、小さな村落を見つけた。
当たりはすでに真っ暗で、夕食の時間などもとうに過ぎている。
下手をすれば、就寝してしまった人間もいるのではないだろうか。
そう思うと、迂闊に家の扉を叩くことが出来なくて、
有希は今、畑の傍に置いてある、薪置き場の屋根の下でうずくまっていた。


郭から渡された服は思いのほか温かくて、寒さを凌ぐには申し分ない。
雨も、この屋根があればなんとかなるだろう。



難を上げるならば、人が居なくて寂しいということだけで・・・。








「・・・・・・これで、いいのよね?」






水をたっぷり含んだ雲を見上げて、そう呟く。
今にも泣き出しそうな雲は、大きなうねりを上げていた。




城の皆は、私を思って逃がしてくれた。
でも、本当によかったの?



王女と言う立場を捨てて、今ココにいるという事実。
もし、本当に国が攻められたら・・という不安。
全てが、彼女に重くのしかかった。











・・・・ポツッ。




地面に小さな雫が落ちた。
初め小さかったそれも、だんだんと大きくなり、それはやがて滝となる。








いつもなら嫌いな雨が、
自分の気持ちを表しているようで、なんだか複雑だった。































まだ名もないその村は、村と言うにはまだ小さすぎて、
その存在を知る者も少なかった。
住人はほんの数え切れるだけ。名前を覚えるのに苦労しない。
それでも、暮らしはちゃんと成り立っていて、誰も不満など持っていなかった。

この村には、ただ5つ、家がある。
新婚夫婦の家。1人暮しの男の家。
仲の良い姉弟の暮らしている家。老夫婦の家。
そして、男が3人、農業をしながら暮らしている家。


最後の家の1人の男は、時々老夫婦の家を訪れては夜も更けた頃に家に戻った。迷惑だろう、と他の者に止められても、それだけは止めなかった。週に1度は必ずそれを繰り返し、そして老夫婦に喜ばれた。
男は言う。「なんでも孫に似てるんだとよ」と。










「さっみー・・・・」



降りしきる雨の中歩いてきました、と言わんばかりに体をぬらして、彼は家の扉を開いた。





「あぁ、三上か。また行ってたのか?」


「まあな」


「行くなら行くで、もっと早く行って早く帰れば良いだろう。
いくらなんでも向こうに迷惑だ」


「いいだろ、別に。向こうが返さねんだよ。
それより渋沢。俺とこいつのタオルと、あと食べるもんくれ」


「なんだ。また猫でも拾ってきたのか?」


「あー、確かに例えるとそんな感じかもな」


「?何を言ってるんだ・・・?」










「あ、あのっ・・・・・」





渋沢が不思議そうにそう言った時、開けられたままだった扉の向こうから声がした。




「・・・・こんばんわ・・・・・・・」




恐る恐る顔を出して、小さく笑ってそう言ってみせる。
ゆうゆうと髪をふいている三上の隣で、渋沢の表情が崩れていた。


























「すっげー。三上先輩、ついに人間拾ってきたんスねー!」


「うるせーよ、バカ代」


「静かにしろ、二人とも!
・・・悪いね、いつもああなんだ」





暖かな灯りの灯る部屋。
その部屋にある大きなテーブルを囲んで、ある意味有希を囲んで、
その家の住人達は、三者三様の反応を見せた。


最初の男は、興味津々と言った風にいろいろと有希を質問攻めにし、2人目の男は逆に興味なさげに初めの男をののしった。最後の男は、そんな二人を慣れたように叱り、最後に有希に謝罪を述べた。




なん・・・・・か。珍しい人達よね・・・・・。
失礼かとも思ったけれど、心の中で小さくそう思う。

無邪気だったり、無愛想だったり、妙に堅実だったり。
そんな、一見合いそうに無い組み合わせなのに、それはちゃんとしたバランスで保たれている。



なんか・・・・いいな。







「それで・・・三上。どうしたんだ、この子は」


「拾った」


「三上・・・・」


「拾われました」


「君も・・・別に三上に話を合わせる必要は・・・」


「ううん、本当なの」














降りしきる雨の中。
薪置き場の小さな屋根では防ぎきれなかった雫が、有希の服をぬらし始めたとき。雨音に紛れて、小さな足音が近付いていた。
覗き込む様に屋根の下の有希に目をやって、簡潔に一言。












「『うちに来い』って言って、連れてきてくれたのよ」


「ふぇー。よく逃げ出さなかったねー。
普通あんな暗闇で三上先輩見たら、真っ先に逃げ出・・あでででっ!!」


「うるせえ、つってんだろがお前は!!」


「い、痛いっ!痛いっスよ先輩ー!!」


「自業自得だろうが!!!」





「それで、君はどうしてあんなところに?」





テーブルを挟んで繰り広げられる低レベルな争いは
もはや見てみぬフリをして、渋沢がそう切り出す。
尋ねられる当然の言葉だとは思っていたけれど、いざそうなるとやはり返答にはかなり困る。
正直に話すべきだろうか。適当に言って誤魔化す?

・・・・どっちを言ったところで、信じてもらえない率はかなり高そうだけど








「え・・・・っと、あの・・・・・」











・・・どうしよう・・・・・・






























「いいじゃねえかよ、別に」


















俯き加減にこの場の切り抜け方を必死に模索していた有希の頭上から、
神の声にも等しき助け舟が出た。
反射的に顔を上げて、声の主に目をやる。
そこにいたのは、ここに連れてきた張本人。






「言いたくないならないで、ほっときゃいいんだよ」






そう、ぶっきらぼうに言い捨てて、テーブルに向かって前かがみになっていた姿勢を直して、椅子へもたれかかった。





「そういうわけにはいかないだろう」


「何でだよ」


「何があってあそこにいたのか、知っておいた方がいい」


「だから何でだよ」


「もし家出なんかでここに迷い込んでいるなら、
せめて家族に知らせるなりしないと親御さんが心配されるからな」


「家出なんて誰が決めたんだよ」


「だから、それは仮に・・・・」




「2人とも、別にそんなことどうでもいいじゃないスかー。
あ。ねーねー、君、名前は?」





心なし、2人の口調が厳しく、雰囲気も険しくなってきた頃、
間延びした無邪気な口調で軽く2人の言い争いも流し、藤代が言った。





「へ?あ。私?――有希よ。有希」




突然のことで、一瞬呆気に取られながらもそう答える。
有希ちゃんか。と依然楽しそうにそう言って、藤代がまた口を開いた。




「俺、藤代!よろしく!!」



先ほどまでの険悪なムードもどこへやら。
そんな藤代の無邪気な笑顔に毒気を抜かれた2人が、
互いに顔を見合わせ、ため息をついて続いた。




「・・・・渋沢だ。すまない。
どうやら、聞いてはいけないことだったらしい」


「ううん・・・・いいの。怪しいのは本当だもん」




すまなそうに顔を歪めて
すっと手を差し出した渋沢の手を取り、軽く握り返す。
別に、家出じゃないから安心して。と、冗談めかして言うと、
渋沢の表情が、軽い苦笑へと変わった。




「ちなみに、こいつは三上。
無愛想な奴だが、悪い奴じゃないから安心していい」


「うん、知ってる」


「お前らな・・・」




渋沢が、柔らかい笑顔でそう言ったのに対し、有希も当然のように頷く。
それに呆れたように怒ったように呟いて、三上が渋沢を睨んだ。
そんな三上の視線に無視を決め込んで、渋沢がすっと席を立った。







「・・・さて、それじゃ君の部屋を案内しようか」


「え?部屋・・・・って?」




渋沢の言葉に、
思わず有希も立ち上がり、戸惑いの表情を浮かべてそう言った。




「どうせ行くアテもねーんだろ。その様子じゃ」


「そうそう。別に部屋余ってるし、好きなだけここにいればいいって」



席についたまま、渋沢に次いで三上・藤代もそう言う。
そのセリフに便乗して、そういうことだ。と呟いて、渋沢が階段を上っていった。









「・・・・・・・ここにいたくないなら、今晩だけでもいいけどな」




呆然と、渋沢の消えていった階段を見つめて動かない有希に、
ぼそりと三上が呟いた。
それに、はっとしたように有希が正気に戻り、2、3度首を振って言った。









「居たくない、なんて。そんなわけないじゃない!」





笑顔を浮かべてそう言って、急いでテーブルを離れて階段をかけ上る。
上った先、すぐのドアの所で渋沢が待ちかねたようににこりと笑った。



あんなに重かった何かが、少し和らいだような気がした。




next...