■ 舞い込んだ手紙 ■
期待通りの昼食を終え、
いつものように風祭と(今日は郭をも巻き込んで)の和やかな午後の一時を過ごしていた有希を、その客は突然尋ねてきた。
いつも王の傍で警備に当たっている水野が息を切らして厨房にいた有希を呼びに来た時点で何かおかしいことは承知していたが・・。
さすがにこんな事態は、予想してなかった。
「なんだって僕がこんなことしなくちゃならないのさ。だいたい、こういう手紙を届けるなんてのはもっと下っ端の役目だろ。それをどういうつもりか知らないけど、付き人であるこの僕にやらせるなんてこと自体おかしいんだよ。説得も兼ねてるとかで僕が選ばれたらしいけど、そんなのはっきり言って言い訳にもならないね。そもそも・・・」
呼び出しをくらってやってきた、客室。
そこにいたのは、有希と同じくらいの歳にしか見えない、そして見紛えば女の子、と言ったような少年であった。
息を切らして呼びに来るくらいだから、大層大変なコトなのだろうとは思っていたけれど・・・。
・・・・なんで私は呼び出しくらってまで、こんな奴のグチ聞いてるのよ。
急いでやってきて、とにかく座れと促され、座ってみたのはいいものの。
突然の来訪者は、有希には目もくれずにずっと話しつづけている。
この状況が一体何を示しているのかわからない。
この相手が誰なのか、それすらもわからない。
ただわかるのは、相手のグチが当分止みそうにないということで・・・。
こいつ・・・・・・誰?
眉間にしわを寄せて、その場にいる王を、水野を、順に見やる。
二人とも、困ったように同じく眉間にしわを寄せ、静かに首を振った。
しばらく続いていたグチに、ようやく終了の兆しが見えた。
言いたい事を全て言い終えたのか、謎の来訪者は満足そうに締めを終え、出されていたカップにようやく手をかけて、そして言った。
「ま、そういうわけだよ。それで、返事を聞かせてもらおうか」
「えっ・・・」
あ、マズイ。全然聞いてなかった・・・・。
どうせただのグチだろうと思って、ほとんどの言葉を右から左で聞流していた為、内容は全くと言っていいほど覚えていない。
冷汗をかきながら、誤魔化すようにとりあえず微笑んでみせる。
すると、少しむっとした表情を浮かべて来訪者はわざとらしくため息をついた。
「・・・・どうやら僕の話は全く理解されてないみたいだね。人が苦労して説明してあげたのに、聞流すなんて失礼にもほどがあるよ」
「ご、ごめんなさい・・・・」
グチから始めたあんたが悪いんでしょ・・・。
そう言いたい気持ちを必死でおさえて、謝る。
その様子を腕を組んで不機嫌そうに見ていた来訪者は、はぁ、ともう1度ため息をついて、机の上に置かれてあった手紙を開いて、言った。
「僕は第1王国の使者。
正確には第1王国の王位継承者、第1王子の付き人、椎名だ。
この国の王女を妃に迎えたいという旨の書簡を届けに来た。
これは、王子本人の要望だよ」
椎名と名乗ったその使者の言葉に、その場の空気が凍りついた。
椎名の向かい、有希の隣に座っていた王も。
王の後ろで、いつものように傍で控えていた水野も。
そして、有希本人も。
「い・・・ま。なんて・・・・・・・・?」
動揺を隠しきれぬまま、やっとの思いで有希が呟く。
そんな、精一杯の言葉にも、椎名はあっさり答えた。
「今言った通りだよ」と。
あまりに簡潔なその答えに、また有希が頭を混乱させる。
妃?私を?
その言葉だけが、頭の中をぐるぐるとかけ回った。
「・・・・だいぶお悩みのようだから、僕はこれで失礼しようか。
返事は後日、書簡にて伝えてくれればいい。
・・・・いい返事を期待してるよ」
そう言い残し、机の上に手紙を置いたまま、彼はその部屋を後にした。
部屋に、呆然としたままの彼らを残して。
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「有希姫・・・・・・ご夕食ですよ」
窓の外が夕焼けに包まれた頃、
夕食の時間だというのに一向に食堂に現れない有希をみゆきが呼びに来た。
「・・・・・すぐ行くわ」
ベッドの上で、膝を抱えて座り込んだまま。
振り向きもせずにそう答えて、また黙り込む。
そんな様子の有希に、みゆきが何か言おうと口を開いて止め、
部屋を後にした。
多分、城の人間は知っているのだろう。知らされたのだろう。
先ほどの、あの出来事を。
知っているからこそ、かける言葉が見つからなくて皆ああして黙り込む。
有希自身も、一体何を言われたいのか見当もつかなかった。
こんこん。
みゆきが部屋を出てしばらくした後、また部屋の扉を誰かが叩いた。
いつまで経っても来ない彼女を、みゆきがまた呼びに来たのだろうか。
そんなことを考えながら、小さく、どうぞ。と呟く。
扉が、ゆっくりと開いた。
「有希姫。夕食です」
扉の先に居たのは、予想と違う人物。
手に大きなトレイを持った風祭だった。
「いつまで経っても来られないので、部屋に運ぶように。って・・・」
そう言って、にこりと笑った。
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「ねぇ、風祭・・・・・」
すぐに部屋を出ていこうとした風祭を引き止めて、
二人そろっての寂しい食事。
料理はやはり郭の作ったもので、美味しかった。
きっと彼は、時間になっても出てこなかった私を怒ってるんだろうな
なんて、意識の片隅で思って、少し申し訳なかった。
「なんですか?」
「あ、え・・っと。ほら、郭・・・・・怒ってなかった?」
何故か一番言いたい事が出てこなくて、その場を繕うように言う。
すると風祭はそれに気付いてか否か、苦笑気味に笑って答えた。
「怒ってましたよ」
「やっぱり?」
「あんな勝手な国があっていいのか。って」
「・・・・・」
思っていたこととは別の返答が返って、有希の言葉が止まった。
それに、また風祭が辛そうな笑顔を浮かべて付け足した。
「皆、そう言ってます」
もちろん、僕も。
そう付け足す風祭に、もう笑顔はなかった。
「ねぇ、風祭」
窓を見つめたまま初めと同じ言葉を呟いて、有希は膝を抱え直した。
風祭が軽く首を傾げるのを見て、少し哀しそうに笑って、続ける。
「私はこの国が好きよ」
見つめた先の、夕焼けの染まる市場には、人の気配の欠片もなくて。
寂しかった。
「あの誘いを断れば、多分。国は攻められて、滅びる」
それでも、太陽の下で笑顔に満ち溢れたこの街は。国は。
何物にもかえ難い、大切なモノ。
「だから私は、きっと嫁ぐのよ」
自分のために、自分の大切なモノが壊れるところなど見たくも無いから。
「・・・言ったでしょ?自分の身は自分で護れるようになりたいの。
もちろん、自分の宝も自分で・・・・護りたい」
護られるだけなど、耐えられない。
「そんなの、間違ってる」
「・・・風祭?」
珍しく強い口調で言った風祭に、有希が小さく呟く。
「国のためでも、自分を犠牲にするなんて、絶対間違ってる」
「・・・・そんなのわかんないわよ?
案外、向こうの人も良い人達かもしれないじゃない」
「でも・・・・」
「これで・・・・いいのよ」
半ば泣き出しそうな風祭に、優しくそう言う。
嘘はついていない。その言葉にも一理はある。
嘘じゃ・・・・ないわ。
そう、自分に言い聞かせる。
そう。これで、いいんだ。
「良いわけ、ないでしょ」
突然、風祭でも、当然有希でもない声が、部屋に響いた。
「その言葉自体に筋が通ってたって、
一番大事なこと忘れてたら、意味無いよ」
ようは、あんたの気持ちでしょ
「郭っ!?」
少し隙間の開いていた扉が開いて、そこから顔を出したのは、
有希の呼び声通りの人物、郭。
「え、なんでそこに・・。てゆーか、あんた今まで立ち聞きしてたわね・・・」
「何やってんの、風祭。自分が言い出したんでしょ。しっかりしなよ」
「うん・・・・ごめん、郭くん」
「・・・・2人して無視するの止めてくれない?」
自分を無視して進められる会話に、少し諦めと呆れを含んで肩を落とす。
何故郭がここにいるのか(いつもならもう店に戻っている)も、会話の内容も、何1つわからない。だからこそ余計に、疲れが出た。
「ねぇ・・・・。あんた達、何企んでるのよ」
「さあね」
「あんた・・・」
「あ、ぼ、僕が頼んだんです。姫、抑えて!!」
「まあ・・・風祭がそう言うんなら・・・」
「分かり易いえこひいきだね」
「・・・・やっぱりあんたは私を怒らせたいみたいよね」
「だから姫ー!!」
「1時間後に、王と王妃、そして水野が『用事』で城を開ける。
その時間、門番はちょっとした『用事』で持ち場を離れる事になってる。
つまり、その数分間、
この国の王女は簡単に城を抜け出せる事になってる」
「郭・・・・?」
郭の言葉によって突然中断された口喧嘩と、そしてその言葉自体に。
一瞬有希が呆気に取られて、怪訝な顔つきで郭を見やった。
ふと、風祭の方にも視線をやったけれど、いつもみたいな優しい笑顔で微笑んでいるだけだった。
「何が・・・・言いたいの?」
半ば見えかけている答えを、わざと見ないように、有希が問う。
恐らく、その答えは間違っていない。でもしかし。
その答えは、選んではいけない。
「逃げてください。有希姫」
予想を裏切らないその言葉を、風祭は言って、そしてまた笑った。
「それが、皆の気持ちです」
例え攻め込まれても。例え国が滅んでも。
幸せになってほしい人が居る。
「でも・・・・・」
消えそうなくらいか細い声で呟くと、軽く首を振って、風祭が優しく笑った。
その笑顔が苦しくて、そっと包み込むように有希が抱きつく。
慌てる風祭に、小さくくすりと笑って腕にこめる力を強くした。
たとえ先に何があろうとも、守りたい笑顔があるから。
だから貴女は、逃げてください。
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