■ 同じ朝 ■
朝は、いつもと同じように訪れた。
明け方の冷え込む空気で夢から覚めて、差し込む光に目が冴える。
どちらかと言えば、早くに起きる事は苦でないシゲは、
いつも大抵起き出すのは初めから数えた方が早い。
そんな彼より早くに起き出すのは、
食事当番に当たっている人間くらいなものだった。
「あー・・・・・・・・・眠」
すっかり意識は覚めきっているけれども、
何となく起きあがる気にはならなくて、
ごろんと寝転がったままの状態で、心にもない事を口にする。
今日からまた、むさくるしいとこに変わるんやなー・・ここは。
呟いたのか、それとも心の中で思ったのか、
本人すらもわからないような声でそう言って、もう1度、寝返りを打つ。
夜に抜け出したならば、すでに彼女は安全な村の中。
もう2度と――――会う事はない。
絶対に、絶対に―――――。
「・・・・せや。今日の朝飯、姫さん当番やったなー」
小さくないた腹の虫に、ふとそんなことを思い出して、
一人減った食事当番の頭数に、
きっと調理場はてんてこ舞いになっているだろうと思い、
手伝いに行かなければならない、と、
薄い―しかし暖かい掻け布団を払い退けて、起き上がる。
昨日の――ほんの数時間前まで聞いていたのに、
がやがやと騒がしく、一生懸命に食事の用意をしていた彼女の声が、
突然、懐かしく思えた。
下手なわけではない、しかし良いと言うわけではない彼女の料理に、
傍らにいつ人間達がとばすボケ。
それに対する、彼女の素直で怒りを帯びた反論。
傍に居る人間達はもちろん、事の当人達さえも楽しい、そんなやりとり。
「ナイフの使い方が悪いわけちゃうし、
火ぃ怖がっとるわけでもあらへんのに。
何で味付けいつも間違ってたんやろなー、姫さんは」
いっつも絶対入れ過ぎてたでな。限度知らんかったからなー・・。
まるで昔を懐かしむように、ぽつり呟く。
その物言いが余りにも寂しそうだった事に自分自身を少し笑って、
見えてきた調理場に向かって、声をかけた。
「おはよーさん。姫さんの代わりに手伝いに来たったで」
「あ、おはよ、シゲ。別にいらないわよ、私の代わりなんて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
たっぷり間を置いて呟かれたシゲの言葉を聞きながら、
目の前の人間は平然と彼を見つめて、そして首を傾げた。
一瞬、夢ではないかという考えが頭を過って、傍らにいた光徳とナオキを順に見遣る。すると彼等は視線を互いに合わせあって、そしてまたシゲを見て、軽く肩をすくめた。
彼等2人にも見えていると言う事は、とりあえず夢幻ではないらしい。
確かにそこに存在していて、確かにそこで笑っている。
逃がしたはずの、有希が。
「なんで・・・・・おんの?」
呆然と。やっとの思いでそれだけの言葉を紡ぐ。
シゲのそれほどの動揺を気にすることなく、有希はきょとんとして言った。
「あんたさっき自分で言ってたじゃない。私今日食事当番」
「俺が言うてんのはそんなことやない!」
有希の言葉が終わるか否かの時、少し口調を強めて、シゲが言う。
せっかく与えたチャンスだったのに。
これ以上置いておくべきではないと判断したから下した決断だったのに。
彼女はそれを、蹴ったのだ。
どういった考えがあるのかもしれないけれど、2度とあるかもわからないそのチャンスを、自分から無に帰したのだ。
帰りたがっているのだろうと思っていた、
だからこそ帰そうと思ったのに・・・。
普通の人間なら、怯むであろうシゲのそんな言葉にも、
有希は平然として、そしてむしろ強きな笑みを浮かべて、そして答えた。
「あんたは私のために怪我したのよ。
それをほっといて帰るなんて、出来るわけないでしょ」
だから、治ったら帰るわよ。
そういって、包帯が巻かれたままのシゲの腕を指差して、にっと笑った。
「・・・・・・・アホやなあ、姫さん。
今度はもう逃がしたらへんかもしれへんで?」
「そのときはそのとき」
「ええ加減やなー」
きっぱりと言いきる有希に、呆れたように、でも嬉しそうにシゲがそう言って、そして後ろからべったりと、以前のようにおんぶおばけの如く、有希の背中にもたれかかった。
今朝は、その動作が無碍に振り払われる事は無かった。
「――――で、今日の朝メシ何なん?」
「別に、いつもと同じ――」
有希がそう言いかけると、その言葉を遮るように、
ナオキがぴんと人差し指を立て、そして堂々ど言い放った。
「何とびっくり、砂糖たっぷり激甘マッシュポテトや」
「――・・・・・・・・・姫さん、料理当番もうやめとこか?」
「どういう意味よ!!」
いつもと同じ。有希の怒りの声が、朝の森に響いた。
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朝食料理当番を見事に止められた有希共々、シゲと有希の2人は、朝もやのかかる森の中、薪を求めてさ迷い歩いていた。
(ちなみに、薪拾いというのは立派な仕事の1つであって、料理の腕が悪くなくともおよろしくも無い有希を調理場から遠ざける口実では決してないというのがシゲの言い分だった)
手ごろな大きさで、そしてあまり湿っていない枝を選んで集めていく。
確かにこれは大事な仕事で、必要なことだとはわかっているけれど・・。
どんなに言い訳しても、実際調理場から追い出されたと言う事実に変わりはないため、有希はいささかご機嫌ななめだった。
「ええ加減機嫌直してえな、姫さん」
「別に。怒ってなんかないわよ」
「姫さんの料理の腕が悪いて言うてるわけちゃうやん。
手ぇすいてそうやったから、こっちの仕事頼んだだけやろ」
「だから、怒ってないって言ってるでしょ」
「・・・どこがやねん、どこが」
言葉の端々に怒りの見える有希に、
はあ、とシゲがため息をついてぼそっと呟いた。
つくづく、このお姫様は扱いづらい。そんなことを、ふと考えてしまった。
「・・・・もーちょい集まったら帰ろか。もう朝メシも出来るやろ」
「そうね・・・・・」
「・・・・・・・・・・どないしたら直るねんな、機嫌」
「だ・か・ら!怒ってないって何回・・・・」
「ほんなら何なん?」
素朴な疑問として、
ごく自然に問いかけたシゲに、有希がえ?と言葉を返した。
その不自然な動作が怒りからくるものでないのなら、他に何か理由があるはず。シゲは、それを尋ねたのだった。
「あー・・・・・・それは・・・・・・・」
「何やねんな。気になるやん、教えてや」
「・・・・・・・・・・・」
しつこく、といった風ではないけれど、興味津々と尋ねるシゲの態度に、はぐらかすのは不可能――というか、はぐらかしても意味が無いと有希は腹をくくり、ゆっくりとその口を開く。
「あんたに頼みたいことがあったんだけど・・・。
・・・・・どうやって切り出そうか考えてたのよ」
「・・・何やそんなことかいな。
やっぱり帰りたい――いう頼み以外やったら何でも聞いたんで」
「あんたの怪我が治るまでは少なくともここにいるって言ってんでしょ。
そんなに私の事信用出来ないの?」
「―――言うてみただけやん。そんな怒らんといてえな。
・・・で、何や、その頼みって」
迫りくる有希の怒りに、たじたじと逃げ、そして話題転換する。
上手く逃げられて、少し悔しかったのか、有希はこつんと足元にあった枝を蹴り上げて、そしてしばらく黙ってから、その言葉を切り出した。
「手紙が書きたいの。あの村に。あの人達に」
私を匿い、優しく接し、正体を知ってなお置いてくれたあの人達のもとへ。
ここにくるまでお世話になった、あの村へ。
「きっと心配してる――――。
せめて私は大丈夫だってこと、知らせておきたいのよ」
「まあ・・・攫われた相手が俺らみたいな盗賊やったら、今頃えらい心配してるやろけど・・・・。手紙なあ・・・・・・」
「無理・・・・・・・・か」
しぶるシゲの態度に、なんとなく予想はついていたのであろう有希が、
大した落胆は見せないものの、すこしだけしょんぼりと頭を垂れた。
盗賊が、そう簡単に村になど単身で行けない事はわかっていた。
あまつさえ手紙ともなると・・・・・。
そのことが余りによくわかりすぎて、無理強いする気にもなれなかった。
仕方ない。
少し遅くなってしまうけれど、あの村に戻ってから報告しよう。
そう諦めをつけたとき、ぽん、と有希の頭に重みが加わった。
見難そうに目線を上げて確かめると、頭の上にはシゲの腕。
そしてその延長線上には、そっぽを向いたシゲの顔。
「―――――戻ったら手紙書き。届けさせるさかい」
「・・・・でも・・・・・・・」
「心配ないて。紙もペンもいちよう揃ってるさかい」
「そうじゃなくて!」
「ええから。心配ない。遠慮せんとき」
幼子に言い聞かせるようにシゲが言うと、有希もそれ以上言えなくなる。
危ないからもういい、とか。やっぱり必要ない、とか。
本当ならそう言いたかったのだろうけれど、心の底ではほっとしていて。
小さな声で、ありがとうと呟いた。
「―――もう戻ろか。早せな飯なくなってまうわ」
そう言って、くるりときびすを返すシゲの向こうで、
朝食の時間を知らせる、鍋を叩く音がしきりに響いていた。
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朝食が済み、昼食が済み、そしていつのまにか日すら沈んだ夕方。
やっとのことで手紙を書き終え、そして配達人を買って出た盗賊団の1人に、村の特徴、そして家の特徴を事細かに教え、そして見送り終えた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
1つ心配事が減ったことへの安堵で、有希がほうとため息をつく。
その後、夕食を食べ、片付けを終え、あとは寝るだけとなったとき、
有希、シゲ、そして光徳の3人は、普段有希の寝床と化していた、あの居心地の良い特等席に揃って腰を据えていた。
(ちなみにナオキは見張り当番だったらしい)
「この怪我って、だいたいどれくらいで治るものなの?」
シゲの包帯を巻きなおしながら、
有希は隣でその動作をじっと見ていた光徳に問い掛ける。
そうやなあ・・・と考えるように呟いた光徳の言葉を遮るようにして、シゲがきっぱりと、そして至極真面目に口を開いた。
「1年やな」
「・・・・・・・で、本当はどうなの?」
「せやなあ・・・・・」
「――2人して無視せんでもええやんか」
「あんたがくだらないこと言うからでしょ。
私にだって、それが1年もかかるような傷じゃないことくらいわかるわよ」
「まあ、どんなけ長うても2ヶ月かからんやろな」
「治りが良かったら?」
「1ヶ月以内」
「そう・・・・・」
「ノリック。どないしたら、治り悪なると思う?」
「バカなこと言ってんじゃないわよ!」
いつものノリでか、もしくは真面目にか。
そんなことを尋ねたシゲの頭を、有希がぺしんと軽く叩く。
そんな2人のやりとりを光徳が笑って、それにつられて2人も笑う。
その場には、久々の和やかな雰囲気が流れていた。
「・・・・・まあ、つまりあと1ヶ月は、少なくともここにいるってことよね。
今日の手紙に書いとけば良かったわ」
「ええやん。そない急がんでも。
こっちはいくらおってくれても構わへんねんで」
「そんなわけにもいかないわよ」
「えらいはっきり言うてくれるなー」
きっぱりと言い放った有希に、光徳が苦笑する。
まあね、と有希が笑顔で返した。
「どうせなら、あんた達がこっちに来れば良いじゃない。
仕事見つけて城下町にでも、近辺の村にでも住んで。
そうしたら、いつでも会おうと思えば会えるんだから」
「仕事・・・・・なー・・・・・・・」
「何よ。嫌なの?」
「嫌ってわけではないねんけど・・・・・」
「そもそも、どうして盗賊なんかになったのよ。
第1王国なんて、もっと警備が厳しかったはずでしょ?
こんな危ない事、どうして・・・・・」
シゲと、光徳。
有希の提案に、交互に難色を示した彼等の態度に、
有希が呆れたように呟いたその言葉を、シゲが手で遮った。
まるで、それ以上は言うなといわんばかりに。
「気ぃ向いたら教えたる。何でこないなことしてるんか。
・・・・・・せやから、今は聞かんといてや」
そう言って、そのまま黙り込んだ。
「そろそろ行こうやシゲ。もう交代の時間やで」
「せやな。ほな、おやすみ、姫さん」
言いながら立ちあがる2人の動作が、目に見えて不自然でよそよそしい。
そこからも、触れてはいけない部分だったのだということがわかって、申し訳なくて、有希は小さくおやすみ、としか言葉を返せなかった。
そんな有希の態度に、気にするな、というように2人が、ぽんぽんと有希の頭を叩くように撫でる。言葉で無いその慰めが暖かくて、優しかった。
「・・・・・見てみ。ナオキがえらい速さで走ってきてんで」
そない遅れたやろか?
せっかちだな、とナオキを笑うようにおどけて光徳が言う。
そんな余裕も、彼が段々と近付いてくるうちに徐々に消えうせた。
彼の表情が、尋常ではなかった。
「どないしてん!何があってん、サル!!」
シゲの前に走り込むなり、ぜいぜいと肩で息をするナオキに、シゲがイラだった様子でそう問いかける。
それに、ナオキは何とか息を整えながら、切れ切れになる言葉を、必死で紡いだ。
「だ、いいちのやつら、が、来おった!も、すぐ目の前や!!」
・
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「寝とる奴叩き起こせ!武器ありったけ持って来い!!
――――全員用意ええか!!!」
松明を片手に、腰の剣に手を添えたままそう叫んだシゲの声に答えて、
その場にいた全員が声を上げた。
目の前に迫ると言う第1王国の人間達。
話によると大した人数ではないらしいが、用心に越した事は無い。
この場所で戦闘になる、という確かな確証がなくとも、用意を怠れば負けは決まる。その場で全て終わりになる。
「シゲ!」
いつもとは顔つきから違う、真剣な面持ちでこれから敵が現れるであろう場所を見つめるシゲに、有希が呼びかける。
有希の姿を、この戦闘準備の済んだこの場所で見つけたシゲは、慌てて有希にかけより、そして言った。
「こんなことで何やっとんねんな!危ないから奥行って隠れとけ!」
「そんな事出来るわけないでしょ!?私だって一緒に・・・」
「アホか!!あいつらが捜してんのは自分やで!?」
「―――でも!!」
「・・・・・・ノリック。姫さん連れて隠れとけ。絶対外出すなや!」
「シゲ!!」
そばにいた光徳にそう告げ、シゲはまた元居た場所へと戻った。
有希の言葉に貸す耳は、今の時点で持たないらしい。
やれやれ、といった風に、しかし正論であるシゲの言葉に、
光徳は素直に従うことにしたらしく、くいと有希の腕を引いた。
「行こ、お姫さん。シゲやったら大丈夫や」
「・・・・・・・」
「周りの様子がわかるとこに隠れるから。それやったらええやろ?」
今出来る最高の待遇に、有希はしぶしぶと首を縦にふり、
そして急いでその場へと向かった。
その姿を確認して、シゲはほっと息をつき、そしてまた前を見る。
敵は確実に、近付いてきていた。
「ええな、最初は手ぇ出すな!大人しうしとけや!!」
そう、シゲが仲間へ向けて叫んだとき。
ざっ、と。落ち葉を踏みしめる無数の足音が、響いた。
「そこか」
闇から届いた声に、その場の緊張は極限まで高まった。
張り詰めた空気、息を飲む音が嫌に大きく響く。
2歩、3歩。さらに足音がして、そして―――顔を覗かせた敵。
黒い衣装を身にまとい、闇すらもその身にまとうような。
そんなことを錯覚させる、全身を黒で覆う少年、いや、青年。
唯一胸に光る紋章が、彼が誰であるかを物語っていた。
「ここにこの国の王女がいると聞いた。
命が惜しいなら、素直に解放してもらおう」
胸に光る金の紋章。
それは紛れもなく、第1王国の王家のみが持つ、証だった。
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