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■ 8番目と云う国 ■








「おはようございます有希姫。今日も良い天気ですよ」




覚めきらぬ意識の中、侍女―みゆきの声が遠くに聞こえた。

その声に反応してうっすらと目を開ける。
窓から差し込む光は、目覚めたばかりの人間にはまぶしすぎて、
姫と呼ばれたその者は反射的に開いたばかりの瞳を細めた。




窓から覗く空は、青がどこまでも続く、時折白を織り成す綺麗な空。
恐らくみゆきが開けてくれたのであろう窓から吹き込む風が、
心地よく彼女の髪を揺らしていた。
風に木の葉の擦れる音がして、同じく、小鳥が紡ぐ歌が聴こえる。

ああ、朝なんだ。
そう、今頃になって意識して、有希はゆっくりと体を起こした。



眠そうに、まだ覚醒しきらぬ意識を覚ますべく軽く目を擦り、
うんと背伸びをして、完全に意識を呼び起こす。





「おはよう、みゆきちゃん」




笑顔でそう言うと、みゆきはいつものようににっこりと微笑んで、
ベッドの脇の小さなテーブルに朝食の乗ったトレイを置いて、部屋を後にした。


開け放たれた窓から、風だけがさわさわと部屋の中に吹き込む。
空に映る白い雲の流れをじっと見ていた有希が、しばらくしてからベッドから降り立ち、そして窓枠に手をかけて落ちない程度に身を乗り出した。






受ける風は心地よい。
晴れた日、目覚めた後にこうして風を受けるのが彼女の日課。
陽の光を浴びて、風を全身に受けて、そして街を見下ろす。
街に溢れる人や笑顔や活気を見るのも、日課の1つであった。





下に見える街は、この王国の城下町。
大陸アソシエーション第8王国の首都であった。
決して豊かだとは言えないこの国にあっても、活気だけは常に絶えず、
そして同じくして、笑顔も絶える事のないこの街。


今日も、見下ろしたその街には、人が笑顔が活気が溢れていた。









「・・・・今日も元気ね、この国は」








誰にともなくそう呟いて、また、幸せそうに微笑んだ。



































「水野!今日こそは馬に乗せてくれるんでしょうね?」


「姫・・・。普通王女は乗馬を習わない・・・と先日言ったはずですが?」


「そんなのどうでもいいのよ。私が、習いたいの」


「・・・・・・・・王にお咎めを受けるのは誰だと思ってるんですか」


「あんたでしょ」





少しのやり取りの締め括り、にこりと微笑みながら言った有希の言葉に、
騎士―水野はがっくりと肩を落とした。



場所は城内・・いや、
正確には城の外にある馬小屋を前にした、少し開けた場所だった。

先日から、若くして王宮付きの騎士となったこの水野という青年を、
有希は度々乗馬を教えろ、と言って追い回していた。
幼い頃から、護衛についてくれていた騎士。
そんな騎士にあこがれ、そしていつかは馬に乗ってみたいと思っていた。
父である王に言っても、危ないと言って却下されるのがオチ。
となれば、自分で行動を起こすしかない・・・ということで。
指導者兼被害者に選ばれたのは、若き彼であったのだった。





「・・・・・いいですか。馬に乗るときは馬のすぐ横について、そう、ここに足をかけて上ってください。絶対に後ろには回らず。馬が歩いているときは手綱を持って、馬の動きに合わせて、自分も上下に動いてください」


「・・・・・・こう?」


「そう。背筋は伸ばして」


「ねぇ、もうちょっとスピードは出ないの?」


「教えるとロクなことになりそうにないので黙秘します」


「もうっ!」






これだから頭のカタイ奴は・・・・。
不服そうにぶつぶつ呟きながら、有希がゆっくりと馬の動きに合わせる。
初めて乗る馬の背中は、意外とバランスを取るのが難しい。
少しでも気を散らしてバランスを崩せば、簡単に振り落とされてしまうだろう。多分、スピードが出ればなおさらに・・・。
王が乗馬を習わせんとするのも、水野が指導を拒むのも、
全ては有希の身の安全を考えてのことなのだろう。


しかし、そこで大人しく諦めるほど、
彼女は諦めのよい教育を受けていなくて。






「じゃあ水野、取り引きよ。
今日のこのこと、お父様に黙っておいてあげるから、
スピードの出る姿勢、私に教えなさい!」


「姫・・・・・」





理不尽だ・・・・・。
心の中でそう呟き脱力しているのであろう水野を見ながら、
有希は、楽しそうに小悪魔な笑みを浮かべていた。







































太陽が真上に昇った頃、ここ厨房は昼食の支度に追われていた。

厨房は、料理をする人間、出来あがった料理を運ぶ人間。
そして、下準備をする人間や汚れた食器類を洗う人間で溢れている。
皆、差し迫る時間に忙しなく動き回り、
食器の立てる音、火の起こる音、何かを刻む音が響き続けていた。


そんな忙しさ絶頂の厨房にひょっこりを顔を出したのは、
水野の脅しに成功し、しっかりスピードの出る姿勢をゲットした
練習終了直後の有希。








「郭。風祭、いる?」



厨房の入り口近く。
出来あがった食事を、腕に乗せたいくつものトレイに並べて運んでいた郭の姿を見つけて、有希が遠慮がちに話しかける。
すると郭は、また来た。とでも言いたげにため息をついた。




「懲りない人だね。
このまえ来た時も厨房長に怒られてたでしょ。邪魔だ、って」


「いーじゃない!今日はどーしても風祭に報告したいの!」


「・・・・また水野脅したの?」


「失礼ね。脅したんじゃないわ。無理矢理頼んだのよ」


「同じでしょ」





郭の言葉に、そう?と悪魔な笑みを浮かべて有希は言った。
それに、まぁいいけど。とさほど興味なさそうに郭も言う。



彼、郭英士は、王宮の者にあらず。
本来、城下町で飲食店を営んでいる人間だった。
ある日街へ遊びに行った(抜け出した、とも言う)有希が彼の味をひどく気に入ったのをきっかけに、度々城に呼んでは、料理を作らせていた。
早い話が、出張コックである。
週に1度城にやってきて、王や王妃・・ひいては王女に料理を振舞う。
数ヶ月前からの、習慣であった。





「で、風祭は!?」


「・・・むこうで下準備やってるよ。今日は皮むきだったかな」


「ん。ありがと!」




両手が塞がっている為、目配せをして位置を教えてくれた郭に、笑顔でありがと、と言って、有希が(厨房長の目にはとまらぬように)こそこそとその場所へ向かおうと走りだし――数歩進んで振りかえった。




「郭。今日の食事も期待してるわよ!」




そう言って、今度こそ目的に向けて走り出した。






「・・・・・・有り難いものだね」




ここまで期待されるのも。

人に紛れてすでに見えなくなっている有希に向けてか否か。
郭が小さくそう呟いて、微かに笑った。


































「でねっ、風祭!私、ついに馬に乗れるようになったのよ!」


「本当?良かったですね、有希姫」



厨房の片隅。
せっせとにんじんじゃがいもエトセトラの皮むきに勤しんでいた風祭に、
有希はさっきまでのことを楽しそうに話していた。


風祭は、数日前に来た料理人見習。
有希よりも幼く見える(実際、彼のほうが年下なのだが)その背格好で、この王宮に仕えることとなった彼に、驚いた反面興味が湧いた有希は、ことあるごとに厨房を訪れ、そして彼に話しかけるようになった。
初め躊躇していた風祭も、次第に笑いかければ笑い返すくらいになり、今ではきちんと会話も成り立つ。
友達だ、とは言ってくれたことがなかったけれど。




「明日は、また水野に頼んで剣を覚えるわ。
自分の身くらい、自分で護れるようになりたいのよ」


「ケガだけはしないようにしてくださいね」


「わかってるわよ。大丈夫」




皮むきの手を止めて、少し心配そうな表情を浮かべた風祭の言葉に
あっさりとした笑顔と口調でそう言い、有希が頬杖をつく。





「やりたいことはいっぱいあるのよ。時間がいくらあったって足りないわ」




そう言って、樽に山盛りになったじゃがいもを1つ手にとって、
少し刃渡りの短い包丁を手にとってするすると向き始めた。




「料理もそうだしね」




僕がしますから。
と風祭が言う前にそう釘をさし、にっと笑う。
先手を打たれた風祭は、少し不服そうな、どこか申し訳なさそうな表情を一瞬浮かべ、少ししてから穏やかに微笑んだ。







「他国は、そんな風に何かを知る・・・・学ぶ余裕がないくらい、
争いを繰り返してる」








ふいにそう呟いた風祭に、ふと有希が手を止める。
怪訝な面持で見つめていると、それに気付いた風祭が、笑顔をいっそう輝かせ、続きをいった。










「この国は幸せですね」














笑顔が。知る喜びがある。














「・・・・・・そうね」













にっこりと笑顔を浮かべて言った風祭に一瞬呆気に取られてから、
有希もまた、穏やかに笑った。










この国は、平和だった。

誰もが、幸せだった。
































ただ、1通の手紙が届くまでは。



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