近所の桜が綺麗に咲いた。
日差しの強い日は半そでで過ごせるくらいになった。
外で遊ぶ子供の姿が増えてきた。
蝶がひらひら舞っていた。
今年もまた、春が来た。
「の割には浮かれ具合がみーちゃんには足りてないよね」
どうかしたの、と風子が聞く。
続けて、いつものことかと言って、眉間にしわを寄せた水鏡に向かって悪戯な笑みを浮かべた。
ツバメが巣を作ったと、聞かされたのはついこの間のことだ。
今までこんなことはなかったのに、とか
掃除が大変だとか言って、嘆いていたのが妙におかしかったのを覚えている。
聞かされて、もうそんな季節になったのかとしみじみ呟いたら、
呆れたように不満そうにため息を吐かれたのも記憶に新しい。
玄関先にツバメが巣を作ることなど毎年のこととなっている風子にとって、
春先に掃除の手間が増える苦労などはもはや慣れっこだ。
確かにそれは面倒なことかもしれないけど、日に日に大きくなっていく雛達を見るのはそれ以上に楽しい。
初めは小さかった雛が、目に見えて大きくなっていく様子も。競ってエサを得ようとする場面も。
親鳥と同じくらい大きくなって、巣からはみ出しそうになっている様も。
飛ぶ練習だといわんばかりに、近所の電線に何匹もの雛が並んでいる風景も。
全て楽しい。一生懸命生きているんだと、見るたびにそう思えた。
「すぐに慣れるって」
仏頂面したままの水鏡を横目で見ながら、くすりと笑いながらそう言う。
そんな風子の様子がまた気に入らなかったのか、手渡すはずだったコーヒーカップで彼女の頭を水鏡が軽く小突く。
むっとして顔を上げた風子目が合って、どちらともなく笑いあった。
「玄関に新聞でも敷いとけば?ママはよくそれやってるよ」
「そのうち試す」
「みーちゃんは見た感じ綺麗好きっぽいもんね。それ考えたらツバメが来んのは辛いかもしんないけどさー」
「けど、なんだ?」
「言ってる間にすぐいなくなっちゃうって。ちょっとくらい我慢してあげなよ」
「そうは言うが・・・」
頭を抱えんばかりの勢いで水鏡が深いため息をつく。
久々に見た水鏡が困るというシーンに、悪いとは思いつつも笑いがこみ上げた。
なんでもそつなくこなすこの人間も、こんな細かいことで気に病むのだと思うとおかしくて、嬉しかった。
「巣作ったのって、今年が初めてなんだ?」
「まあな」
「てーことは、私らに会ってからってことか」
「まあ・・・・そういうことになるが」
意味深な言い方をする風子に、戸惑い気味に水鏡が答える。
その答えに、また、ふーんと呟いて、意味深な笑みを風子が浮かべた。
「何なんだ一体・・・・」
「玄関先にツバメが巣を作るのはね」
水鏡の言葉をさえぎるようにして風子が口を開く。
いったん区切って、横目で水鏡を見て。
悪戯を思いついた子供のような顔をして、続けた。
「その家が幸せだってことの証明なんだって」
「なっ・・・!」
「みーちゃん家にツバメが来たのは今年が初めてで、しかもそれはうちらに会ってからだってことらしいけどー」
わざとらしく悩むような動作で目を伏せ、額に指を寄せ頭を振る。
ほうとため息をついて、伏せていた目を上げて水鏡を見た。
ほらやっぱり。いらないことを言ってしまったとばかりに照れて、軽くほほを染めた水鏡が見える。
「これって、迷信だと思う?」
まるでものを知らぬ子供が好奇心で質問しているかのように、
期待を込めた視線でそう尋ねた。意地悪な質問だと思った。
頭のいい彼なら、この質問の意味はちゃんとわかってる。
本当は、答えだってちゃんと知ってる。でも、言葉で聞いたことなんて一度もなかった。
そうこれは、ちゃんとした言葉で伝えることが苦手な彼への、ささやかな復讐。
ねえ君は今幸せ?
私といて、幸せなのかな?
ずいと迫られる形となった水鏡が、しばらく硬直して。
冗談を装ってはいるものの至極真面目な風子の表情を見て逃げられないと悟ったのか。
しばし視線をさまよわせて、観念したようにため息をついて、しぶしぶという風に口を開いた。
「あながち・・・・・そうとは言い切れない、だろうな」
いつまでたっても素直じゃない反応が、そのときばかりは嬉しかった。
そう、と一言返して照れ隠しにコーヒーを飲んだ。
それ以上何か言うための言葉が見つからなかった。
後から後から笑顔ばかり溢れてきて、困った。
ツバメが巣を作る家は、幸せな家なのだそうです。
幸せですか?
幸せ、です。
FIN.
どうしてうちの水風はこうも所帯じみてるんだろうか。
いい若い者が、昼間から、茶を、すするな!
すすらせてるおまえが言うな。
もっと上手に、小説が書けたらいいのにと思います。
もっともっともっともっと。上手になれたらいいのに。
(2004.3.31)
ぶらうざばっく