ガタン、ゴトン。
単調なリズムで動くこの小さな箱は、窓から差し込む光に照らされてぽかぽかと暖かい。
いくつ駅を過ぎても乗り込む人はなく、私一人を乗せたこの車両はいつまでも静かなまま。
開け放たれた窓からは心地よい風が吹き込み、線路脇に植えられ、育ちすぎた木々が時折この窓を叩く。
喧騒と人混みとビルの山々に埋もれた都心から離れ、いつかの町へ向かう列車はいつもこんな風だった。
次々と巡って行く緑の風景は、メイドとして仕えていた頃のあの屋敷を思い出させる。
大きな洋館、周りの木々、いたるところに植えられた紅いバラ。
そして、今はもう、私のいる時代から、世界から、消えてしまったあの方。
思い返すたびに、夢のようにかすんでしまう、遠いようで近い過去のこと。
楽しかった過去の日々。
地獄のような戦いの歴史の中で、あの瞬間だけはいつでも暖かい。
命を賭けて仕えると誓った。
あの方に、何より自分自身に。
そう誓いながらも、今こうしてここにいることが可笑しくて、悲しかった。
裏武道殺陣の最終試合終了後。
傷だらけのあの方と海を漂って辿り着いた岸。
いっこうに目を覚まさぬあの方の看病をしながら、ひたすらその生を、その平穏を願った。
けれどいつでも運命は残酷。一時の平穏すら与えず、戦地へと彼は赴いた。
命を賭けて誓えると誓った、私を連れて行くことなく。
あの時感じた無力感。
今こうしていることはそれと少し似ている気がする。
ずっと一緒にいたかった。
いつもお傍についていたかった。
わがままでも、それがあの方の願いと一致することはなくても。
そして私は戦場へ返り咲き。
戦い、戦い、戦い。それでも辛くなかった。
その先に、必ずあの方がいると思っていたから。
思って、いたのに。
全てが終わった後、私のいる時代から、世界から、あの方は消えた。
命を懸けて仕えると誓い、ずっと傍にいることを願った私を連れて行くことなく。
人の願いはいつでもわがままだ。
誰かの願いを叶えれば、誰かの願いが潰えてしまう。
死してなお、あの方の力になれた磁生を、
生まれた世界を捨ててなお、あの方の傍にいる小金井を、
私は今でも、とても、うらやましく思ってしまう。
今感じている無力感。
それは、いつか感じたものと少し似ている気がする。
でもそれは、まったく違うものであることを、今の私は知っている。
あの方の力になることも、あの方の傍にいることも、今の私にはどちらも叶えることは出来ない。
でもそのかわり、いつか破ったあの方を願いを、叶えることが出来る。
あの方の力になることも、あの方の傍にいることも、私ではない他の人間が――小金井が叶えてくれる。
だから私は今、あの方の願いを叶えるのだ。
目線を移すと、隣の車両ではしゃぐ亜季と魅希の姿が見える。
人で埋め尽くされる都心の電車と違い人のいない車両が珍しくもあり、
窓から見える山ばかりの景色が新鮮でもあるのだろう。
電車を運転する車掌の後ろにへばりついて、2人で何やら言い合っている。
その後姿を見ていると、これから先のことがとても楽しみに思えてくる。
静かなだけが取り柄だと、あの町の人は口をそろえてそういった。
でも、素性も知れぬ私を笑顔で迎えたあの町には、それ以上のものがあることを私は知っている。
そんな町で暮らすのだと話したとき、ただ一言一緒に行くとあの子達は言った。
あの方がそうであるように、私もまた一人ではないと知って、嬉しくて涙が出そうになった。
幸せになれ、とあの方が言った。
一度は破ったその願いを、今度こそ私が叶えます。
貴方が私を置いていったあの町で、きっと私は幸せになる。
都心から遠ざかっていく。
人のいない、たった2両で編成される小さなこの電車で、彼の願いを叶えに行く。
幸せに、なろうと思う。
FIN.
音→紅。われながらチャレンジャー。