誕生日からまる2日。

今頃奴は現れた。











[[[ 
完全勝利 ]]]












「遅いよ有希。4分遅刻」





からりと晴れた空の下。暖かな風の吹く雲の下。
いきなり電話で場所と時間だけを告げた後即行切った分際で、彼はさらりと呟いた。





「あ・・・・・・んた・・・・ねぇ・・・・・・・・・・」





場所は駅前。
電話で告げられた時間が、電話をかけてきた時間のまさしく30分後だったりしたせいで、
用意もろくに出来ぬまま、全速力で走ってきたため、息を切らし、肩を揺らしながら、
恨めしそうに、有希が彼、椎名を見つめて、そう言った。

ことのおこりは、そんな1本の電話。
朝っぱらから誰かと思えば椎名で、何の用かと思えばろくに内容も言わずに時間と場所だけ告げて、
おまけに切る直前に「来ないと後悔する」などという威し文句までつけて。
本来なら意地をはってでもそんな誘いには乗りたくないのだが、
今日は特に用事もなく・・・というか、暇を持て余しそうだったので、敢えて乗ってみた。
暇が潰れる事は正直嬉しい、というのも本音の1つでもあったけれど。


・・・・けど!





「いきなり呼びつけた分際で、たかが4分の遅刻に文句つける!?
一体何だっていうのよ!朝から電話で、しかもこんな急に!!」


「うるさいよ、有希。
遅れてきた事にかわりはないんだから、当然の言い分だよ」


「なんっ・・・・・!!」


「俺だって暇じゃないんだから。さっさと行くよ」





そう言って、椎名がくるりときびすを返し、駅へと先に歩みを進めていった。
駅前に呼び出すくらいなのだから、交通手段は多分電車なのだろう。
もしかしたら、有希が4分遅れてきたことにより、電車の時間が迫っているのかもしれない。
そうなのだとしたら、ここは大人しくついていったほうが・・・・・・・。

そう思って。一瞬だけでも、遅れてきたことに罪悪感を感じて。
先を行く椎名を追いかけようと一歩踏み出してから、気付く。



まだ私は。行き先すら、聞いていない。





「ちょっ・・・・、椎名!!」





踏み出した足をそのまま駆け足にかえて、先行く椎名に追いつき、
声をかけただけでは素直に止まってくれそうにない彼の服の端をつかんだ。





「一体今からどこに行く気?
どうしていきなり電話なんてしてきたの?
私はまだ、何も聞かされてないわよ」





答えるまでは離さない。
そう語りかけるような鋭い瞳を椎名に向けて、有希が言う。
そんな有希の様子に、止まらざるを得なくなった椎名が足を止め、有希を振りかえって。
わざとらしく時計に目をやってから、1つ、ため息をついた。





「・・・・・電車1本乗り遅れたよ、有希のせいで」


「椎名!」


「別に電車の中でも出来た会話だしね、それ」


「それ・・・はそうだけど・・・・・」





もっともな椎名の言い分に、先程までの強気はどこへやら。
有希が少しばつの悪そうに、服の端を掴んでいた手を、すっと緩めた。

お互い次の言葉に困って、
有希は手を完全に引っ込めるタイミングを失って、椎名も振り払うタイミングを失って、
端から見ればおかしな格好で固まる事数秒。


そしてしばらくして、その沈黙を破るように、椎名がはあと息を吐いた。





「ったく、冗談じゃないね。
人がせっかく誕生日でも祝ってやろうかと思って朝からわざわざ電話までして誘ったのに。
迎えに来て見れば当人は遅れてくるし、あまつさえ文句しか言わないし。
少しは感謝して欲しいくらいだよ」


「だ、だからそれは前もって誘っておけばよかった・・・・・・・・・・って。
・・・・・・・・・・・誕生日?」


「そう。誕生日」


「・・・私の誕生日、知ってる・・・・・・・のよね?」


「4月1日だろ」


「そうよ。じゃあ、今日は何日?」


「3日」


「どうして、今日なの?」





有希から発せられたそれは、ごく自然な質問。
こうもきっぱりと誕生日を知っていることを示されて、あまつさえ律儀に祝ってくれるというのに。
その祝おうという日が、どうして当日を2日も過ぎた今日なのか。
今日の椎名の行動の目的を知った上で、一番気になる箇所である。

そう、有希が聞いた質問に。
答えるべきか否かを悩むように、しばらく明後日の方向を見て、
そして、明後日の方向に向けていた視線を地に落として、言った。





「・・・・有希が悪いんだよ」


「はぁ?」


「玲の都合が合う日に生まれてこなかった、有希が悪いんだ。って言ったんだよ」





そうきっぱりと言いきって、
そして、地に落としていた視線を有希に定めた。










「今日1日、玲に頼んで空けさせた。
質問するなりサッカーするなりサインねだるなり・・・・あとは有希の勝手」










他の奴には出来ない、最高のプレゼントだろ。
そう最後に付け足して、椎名がにやりと笑った。





「でも、ま」





突然の発言に呆然と佇む有希に、
またくるりと駅の方へきびすを返した椎名が、わざとらしくそっけなく、言いかけて。
そして少しだけ振り向き加減に有希を見て、言葉を続けた。





「今までの様子見てると、どうも有希、乗り気がないみたいだしね。
来たくないなら来る必要ないよ。とっとと帰れば」


「ちょ、ちょっと待って!誰がいつそんなこと言っ・・・・!」





駅に向かいながらそう言った椎名に、慌てて有希がそう言う。
また先程を同じように、
呼びとめただけでは止まりそうも無い彼の服を掴んで無理矢理にでも止めようと、
また、有希が腕を伸ばす。

しかし意外にもその彼の歩みは最初の有希の言葉でぴたりと止まり。
というより、その言葉を待っていたといわんばかりのタイミングで立ち止まり。
そして振りかえり、嫌味な笑顔で、一言。





「何。何か用、有希?」


「・・・・・・あんた・・・・・・・・・・」


「そんなんでわかるわけないだろ。用があるならちゃんと言えば?」


「だ、だから・・・・・・・その・・・・・・・・」


「はっきり言って欲しいんだけど」


「・・・・・・・・・どこまで性格悪いのよ、あんた」


「さあね」





困り果てた有希の様子に、嫌味な笑顔を楽しそうなものにかえて、
再び椎名が歩き出す。
そんな椎名に、着いて行くべきなのか、そのまま見送るべきなのかを迷うように、
その場に立ち尽くしていた有希を、最後にもう1度振りかえり。そして言う。





「ちなみに行き先、俺の家だけど。
ここまで来といてやっぱり行かないとか言う気ないよね?
じゃあ、そんなとこに突っ立ってないでさっさとついてくれば。
ただでさえ1本乗り遅れてんだから、玲が困るだろ。
それともなに、こっちは祝われる立場で、しかも頼んだわけじゃないとか言うつもり?
これだから身のほど知らずって奴は嫌だよね。だいたい・・・」


「あーもー!わかった!!行く!行けばいいんでしょ!?」


「最初からそう言ってればいいんだよ」





早くしなよ。と、さらに発破をかけて、椎名が今度こそ駅へ向かう。
改札をくぐって、間一髪で電車に乗り込んで。
もちろん有希もその後を追って、同じく電車に乗り込んで。
ほっとため息を吐いてから、最後のあがきだと言わんばかりにきっと椎名をにらみつけて、一言。





「言っときますけど。
最初からあんたが目的も目的地も言っておいたら、電車乗り遅れる事もなかったのよ。
全部が全部、私が悪いみたいに言うのやめてくれる?
それに、せっかく祝ってくれても、こんな誘いからされたら喜ぶものも喜べな・・・」


「そういうわかり易い嘘、わざわざ言うのやめたら」


「ど、どうして嘘だって・・・・」


「嬉しいなら嬉しいって。素直に言ってればいいんだよ」





顔にそう書いてある。
そう付け加えていった椎名の笑顔に、
ああやっぱり敵いそうも無いな、と。不本意ながらも、そう思った。

電車の窓から見える景色が右から左へ流れていくのを見ながら。
喜ぶものも喜べないなんて口では言ったくせに、やっぱり気持ちは嬉しさが増して。
さっきまで本気で怒ってたことすら、もうどこかへ飛んでいっていたなんて。
悔しいから言うつもりも無いけど。
それもでやっぱり、敵いそうも無いなと思ってしまった。













本当は悔しいけど。すごくすごく不本意だけど。

でも今日は文句無しに。


どうやら彼の、完全勝利。




FIN.



彼女の村から独立した、笛!別館の開設お祝い。
あなたとお客様のために、私がんばったよ、フィン!(笑)
とりあえず。投票で意見が多かった玲さん利用法。ちゃっかり使いました(笑)
一部だけどマシンガントークもどき(もどき!?)も使いました。
もしかしたら今回有希嬢の誕生日企画小説の中で一番投票の意見を反映できてるかもしれません(おい)
えー・・・あー・・・・・・・・。
・・・・・・おめでとう、フィン!(待て)



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