「ミナー?ミーナー!」
トラン湖に静かに聳え立つカタン城。
普段なら、波の音くらいしか響く事の無い船着場には、
もはや聞きなれた、と誰もが言うであろう声と言葉が木霊していた。
「ロッテ」
城の案内役の少年に、ミナを見なかったかと尋ねていたとき、
ふと、城の入り口から彼女を呼ぶ声が聞こえて、ロッテはそちらを振りかえる。
そこにいたのは、苦笑ともとれる笑顔を浮かべたネルだった。
「毎日大変だね。今日もまた居ないの?」
「うん・・・特に今日は・・・・ね。朝から1度しか見てないの」
「起きたときが最後?」
「そう・・・・」
すでに太陽が真上近くまで昇っている今現在。
そう長い時間見失っていると言うのは、彼女にしても心細い事この上ないだろう。
返す言葉にも、心なしか元気のないロッテの様子に、
いつものことだと構えていたネルにも、さすがに心配の2文字が浮かんだ。
「地下とか、他の練は捜した?」
「うん。居そうな場所とか、前に居た場所とかは全部・・・・。
いろいろ聞いて回ったんだけど、今日に限って誰も見てないの」
「そうか・・・・」
「もしかしてミナ・・・・また勝手にカクに行っちゃったのかな・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・泳いで?」
「泳いで」
至極真面目に頷くロッテに、さすがにそれはないだろう、とネルが心で唱える。
確かにロッテを仲間に引き入れるためにと捜したとき、ミナはカクに居たけれど・・。
ミナも猫である以上、水は苦手であるはずだろう。
ということは、湖水に浮かぶこの城から出ることは、ほぼ不可能に近い。
「・・・・まあ、この本拠地から外に出てることはないと思うから、
もう1回中を捜そう。今度は僕も手伝うから」
「え。いいよそんなの!ネルだって疲れてるんだから・・・」
「疲れてるから余計に、だよ。たまには気分転換したいしね」
ほら、行こう。
躊躇うロッテに笑顔でそう告げて、ネルは一足早く城内へ戻る。
それを見ながら困ったような顔をしていたロッテも、
しばらくその場に立ち尽くしてから、ネルを追う形で城内へと走りこんでいった。
地下。船着場。1階。2階。3階。
他の練をも含めた全フロアを捜し尽くして尚、ミナの姿は一向に見つからなかった。
さすがに息のあがり出したネルとロッテは、
最後の正直と言わんばかりの気迫と迫力を放って、
屋上へと続く階段に足を進ませる。
これだけ捜していなかったのだから、ここには必ずいるはずだ。
時折過るマイナス思考な考えをなぎ払うように自分を奮い立たせ、
一歩また一歩と階段を昇り―――そして見えてくる屋上、青い空。
残り3段。2段。そしてあと1段。
そこまで歩みを進ませて、屋上全てが覗ける位置まで辿り着いたとき。
先を歩いていたロッテが、はっとした表情を浮かべて、その場で足を止めた。
「・・・・・・・ロッテ?」
恐らく屋上にあるであろう“モノ”を凝視したまま動かないロッテを不信に思って、
ネルが恐る恐ると声をかける。
するとロッテは、それに言葉は返さず、ただ無言で屋上の端――今彼女らがいる階段から、一番遠い角に位置する場所を指差した。
どれどれ、とネルがその指の先にあるものへ視線をやる。
そして彼もロッテと同様、それを発見した瞬間、ぴたりと動きを止めた。
ロッテの指の延長線上。
そこにあったものは、無邪気にルックにじゃれる、ミナの姿だった。
「ル・・・・ックが・・・・・・ミナと遊んでる・・・・・・・・・?」
呆然とそう呟いたロッテに、ネルがはははと乾いた笑いを溢す。
別に、風景だけ見ればそれはとても微笑ましいものであって、
特別不思議なことも、もちろん驚くこともないのだけれど。
相手はあのルックであって(失礼)
「こう言うのもナンだけど・・・・・・・何か・・・珍しいもの見た・・・・ね」
と、ネルは正直に今の心境を語った。
「ひどい・・・・・・・・。
あんなに一生懸命・・・・ネルも一緒に探してくれたのに・・・・・。
こんなところであんなに楽しそうにミナと遊んでるなんて・・・・・」
「・・・・・・・ロッテ?」
動揺を示していたネルとは違い、静かにミナと遊ぶルックの図を眺めていたロッテが、突然そう呟き――強く握った手を、そして肩をふるふると震わせた。
先ほどまで真っ直ぐとルックを見つめていた視線は、少し伏せ、横に立っているネルには確認し辛いところがあるが、この言葉から察するに・・・・。
「ロッテもしかして・・・・・・・妬いてる?」
突然呟いたネルの言葉に大きく反応して、ロッテがばっと顔を上げた。
ああ、やっぱり。
心でそう唱えて、ネルが密かにほくそえむ。
普段余り表情を見せないルックが、こともあろうに自分の愛猫と楽しげにしている。
話しかければ「何か用」くらいしかまともに言葉を返さない、あのルックが。
そのことを思えば、同じフロアですぐ近くにいる彼女が、
悔しいという感情を持っても、何らおかしいことはない。
つまりそれが、俗に言うヤキモチというものであって・・・・。
「だ、だって・・・・・・・!!」
的確なツッコミだったらしいネルの言葉に、ロッテが必死に何かを訴えようとする。
その様子が微笑ましくて、にこりとネルは微笑んだ。
が、しかし。
その後に続いた彼女の言葉は、彼が予想したものとは見事に違っていて。
「私達が必死にミナを探してたとき、ルックはずーっとミナと遊んでたんだよ!?」
「そうだね」
「ミナは私の猫なのに、
ルックは私よりも長い時間ずーっとミナと一緒にいたんだよ!?」
「・・・・・うん?」
「しかもわざわざねこじゃらしまで持ってきて!!」
「・・・・・・・・」
「猫の弱点を巧みにつくなんて・・・・・・・・・・ずるいよ、ルック・・・・・・・」
「・・・・・・あの、さ。ロッテ・・・・・・?」
「もうっ!くやしいーーーーーーっっ!!!」
違う。ヤキモチ妬く相手が違う。
依然ねこじゃらしを手にミナと戯れるルックを見て密かな闘志を燃やすロッテを見ながら、
ネルは静かにツッコミを入れるのであった。
こうして、ルックはロッテにライバルとして認識されるようになった。らしい。
おわる。