全てが寝静まった。
日付も変わろうかというような、真夜中。
周りは、黒という一色に染まり、暗い空気が、辺りを漂う。
辺りを取巻く闇は、辛うじて自分の姿を確認出来るような、深い闇。
遠くに見える電灯が、やけに明るく見えた。
少しの音でも立てれば、辺り一面に響き渡ってしまうのではないか。
そんなことを思わせるほど、空気は澄んでいた。
邪魔するものはいない。
昼間の、うるさいくらいの雑音も、今は存在しない。
痛いくらい冷たい空気が、周りに張り詰めていた。
風も、吹かない。
静まりきった辺りは、何も動かない。
人も、木も、そして空気も。
動く事を知らない、夜の空気は、同じ場所で、時を過ごす。
「・・・・・・」
吐く息は、すっかり白い。
少しの間浮かんで、気配なく消える。
一瞬揺らいだ空気が、やけに大袈裟に思えた。
(遅れるなと言ったのは・・・あいつの方じゃなかったのか・・・?)
まだ来ない相手への怒りに、水鏡はもう一度息を吐いた。
時計の示す時刻は、零時にかなり近い。
もう、日付が変わるな・・・。
そんな事を思いながら、時計から視線を移した。
『遅れないでよっ!』
記憶の中の風子が叫ぶ。
特に厳しい時間指定はなかった。
言われた言葉は、『日付が変わるまでに』
その言葉が何を差すのか、特に考えずにここまで来た。
突然の誘いは、別に珍しい事でもなかった。
特に驚いたわけでもなかったし、夜だからといって不都合もなかった。
・・だからと言って、待つのが好きなわけではない。
時計は、あと数分でその日の役目を終える。
休む間もなく、また新しい一日の時を刻むのだが。
(人には遅れるなと言っておきながら、自分はギリギリで来るつもりじゃないだろうな・・)
時計は、単調に時を刻む。
それは、決して止めることを出来ない。
次の日までの数分が、段々と短くなる。
分を切り、それは秒に変わる。
チッ・・チッ・・・チッ・・・・・
いつもなら気付かない秒針の音が、辺りに響いた。
ゴ――ン・・・ゴ――ン・・・・・
突然、頭上にあった時計が、日付の変化を告げた。
「じゃじゃーん。風子ちゃん参上!!」
日付の変化を告げる、時計の音の鳴り止まぬ時に、
後ろから、少し控えめな声上がる。
「風子・・・・」
少し呆れた様子で水鏡が後ろを振り返る。
寒そうに白い息を吐く風子が、ゆっくりと隣までやってくる。
「よかった。みーちゃん、ちゃんと来てくれたんだ」
安心したように、安堵のため息を吐き、風子がベンチに座りこむ。
「当たり前だ。
だいたい、遅れるなと言ったのはお前のほうだろうが。
いったい何考えて・・」
「みーちゃんには、昨日のうちに来といて欲しかったの」
水鏡の言葉を制すように、風子が口を挟む。
「絶対、一番に会いたかったから・・・。
学校とかだったらさ、登校中に絶対誰かに会うでしょ?
それじゃ、ダメなの」
不思議そうな面持ちの水鏡の気持ちを察したように、疑問に答える。
それに対する水鏡の言葉も聞かず、風子が持ってきていた袋をがさごそと探る。
袋の位置は、水鏡から完全に死角になっており、
何をやっているのか、もちろん、中身などは全くわからなかった。
「あ、あったあった」
目的のものを見つけたのか、風子が再び水鏡の方に振りかえる。
「はいっ!プレゼント!!」
素早い動きで、首に何かを巻き付ける。
首元がやけに温かい。
これは・・
「マフ・・ラー・・・?」
戸惑い気味に問いかける水鏡を、風子が満足そうに微笑む。
「そ、もうそろそろ寒くなってきたしね。
誕生日プレゼント!」
誕・・生日・・・?
満面の笑みを浮かべる風子に言われ、始めて今日が何日か把握する。
ほんの数分前が12日なら、日付の変わった今は・・・13日。
「あ、やっぱり忘れてた?
そ、今日はみーちゃんの誕生日だよ」
だから、絶対一番に会いたかったんだ。
曇りのない笑顔で、そう付け加える。
今、何を言えばいいのか。
わかっているはずなのに、言葉が出てこなかった。
ただ一言のはずなのに、それは、出てきてはくれなかった。
返答に困っている水鏡に気付いたのか、
風子が改めて水鏡に笑顔を向ける。
「誕生日おめでとう。みーちゃん!!」
飾りの無い言葉が、妙に優しかった。
「あぁ・・・。・・・ありがとう」
暗いはずの辺りは、月明かりが、妙に明るかった。
月は輝く。
暗い街を、優しく照らすために。
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
おめでとう
生まれて良かったね
生きてて良かったね
一緒にいて良かったね
傍にいて良かったよね
おめでとう
おめでとう・・・・
モドル