::: ノスタルジア :::
傍にいることが当たり前などという幻想を抱いたのはいつからだったろう。
それは多分、呼んでもいないのに勝手に押しかける仲間が出来たそのときから。
どんなに嫌そうな顔をしても。どんなにあきれ果てた様子を見せても。
いつでも彼女は笑顔でやってきて、そしてこの部屋に居座った。
どれだけ相手をしなくても。どれだけ軽くあしらっても。
いつでも彼女は笑顔だった。
いつからかそれは習慣となって、傍にいることがごく当然のように思えて。
初めから終わりまで、二言三言しか言葉を交わさない事にすら慣れて。
そのことに気がついても、動揺しない自分がどこかにいた。
そしてそのときから、そんな幻想に捕らわれたのだろう。
ある日の考査期間。
たまには自分の家で勉強しろ。と言ったら、次の日本当に来なかった。
珍しい事もあるものだ。と、素直に従った彼女に驚いた。
そして次の日も、その次の日も。彼女はずっと来なかった。
静か過ぎる部屋。広すぎる部屋。
ただ1人いないだけで、こんなにひっそりとするこの部屋。
夕方彼女が帰った後、いつでもこうだったはずなのに。
まだ太陽が沈みきらぬこの時分から、たった1人でいるだけなのに。
この部屋は、こんなに静かだっただろうか。
窓から差し込む光は、直に浴びると暑過ぎるくらい麗らかで。
いつもなら、彼女に無理矢理連れ出されでもしていただろうくらい穏やかで。
だからこそ余計に、部屋の冷たさが身にしみた。
学年が違えば、教室の位置も大分違って。
校内で会うということはかなり稀なものであって。
それでも毎日顔を合わせていたのは、彼女の努力と自分のきまぐれ。
教室を訪れる彼女の努力も、屋上に赴く自分のきまぐれも。
どちらをも止めてしまえば、会うことがなくなるのは当然のこと。
むきになっているわけでもないのに、会わないときは本当に会えない。
彼女が怒っているわけではない。自分だって別に不機嫌じゃない。
けれど、会わないときは会えないときなのだ。
少しの偶然させ、巡り合わせの後押しすらしてくれない。
そして気がつけば、会わないままに考査は終わっていた。
試験の返却も済んだ後日。
成績を言うなら良くもなく悪くもなく。
これなら、彼女が家に訪れていたとの出来の方が良いんじゃないかと思ってしまうのは、自分に対する皮肉なのだろうか。
静か過ぎる部屋は、集中しやすいはずなのに、何故か一層気が散って。
有るはずだった存在の無さに、過る切なさの処理の方が大変だった。
傍にいることが当たり前などという幻想を抱いたのは何故だったろう。
それは多分、毎日の彼女の努力が僕に見えていなかったから。
毎日毎日、帰路とは違う道を辿ってやって来た彼女の努力を見ていなかったから。
次の日。
日が傾きかけた時分、玄関のベルが鳴った。
開けると、懐かしいとすら思えるあの笑顔があった。
彼女は、今日全てのテストが返ってきたのだと言った。
これまでにない高得点なのだと、嬉しそうに語っていた。
「みーちゃんにも言われたし、たまには真面目にやってみようかと思ってさ。
毎日帰った後1人で勉強してたんだ」
でもクセって怖いよねー。
気がついたら足がこっち向いてんだもん。
あははと笑って彼女はそう言って、答案をずらりと並べて見せた。
彼女の努力は、僕からは見えない。
この数日間、どれだけ勉強したのかも、眠る時間を惜しんだのかも。
それでも、確かに見たことの無いこの高得点が並ぶ答案を見れば、
多少の努力は予想が出来る。
しかしその答案の出来より、こうやっていつでも見えないところで努力を重ねてきたのかと思って、声が詰まった。
傍にいることが当たり前などと思うのは、幻想だとわかったのは何故だろう。
それは彼女の努力に、今やっと気付いたから。
そこにあったその幸せに、慣れすぎていたと知ったから。
傍にいることも、ただ安らぐと言う事も。
君が居て初めて成る事。君の努力があって初めてある事。
それに気付いた今この時から、僕も少しずつ歩み寄れるように努力しようと思った。
気付いた事実。そして真実。
君は僕の宝物。
FIN.
神様 ねぇ もし僕が
彼女といること
あたりまえに思ったら
力いっぱい つねって下さい
幸せの意味を忘れぬように
・・・槙原敬之で『君は僕の宝物』の一節です。
どうしてこの人は、こんな言葉を思いつけるんでしょうか(マジで)
こんな文章が書きたい。ある意味、私の目指すものはこの人かもしれない。
そしてやっぱり私は水風がスキだ。
原点ってすごいんだね、いつでも戻って来れるんだから。
つーか、どうして私の水風小説は、ことごとく描写でキャラの名前を使わないんでしょうか(知らん)
風子の名前なんて、出てきてもないし!(死)
いや本当。こんなの多いよねー、私。
『水風小説』って銘打っていいのか悩むくらい問題よね(ダメじゃん)
ラスト2行は、入れるか入れまいか最後まで悩みました。
たまにはいいよね。水鏡にこれくらいのこと言わせても(笑)