■ シンパシー ■ カラン、と音が鳴った。 履き慣れないそれは、一歩踏み出すごとにカラカラと音を立てる。 気を抜けば転びそうになり、気を逸らせば脱げてしまいそうになるため、 歩幅は自然と小さなものになる。 気がつけば随分と離れてしまった2人の間を埋めようと、小走りに走り出そうとしたら、 振り返った水鏡が呆れた様子で眉をひそめていた。 待ってやるから慌てるな、と顔が言っている。 素直に口には出さない優しさが嬉しくて、それを隠すように苦笑した。 遠くから、人のざわめきが響いてきた。 「夏だねえ」 「そうだな」 ぱたぱたと団扇で扇ぎながらそう言った。 さっきより狭まった水鏡の歩幅は、着慣れず履き慣れない今の扮装には丁度よく、 親の手を引いて走っていく子供に、何度も追い越された。 ゆっくり、ゆっくり。目的地に近付いていく。 普段なら10分と掛からないこの道のりも、今日はきっと倍以上かかるに違いない。 カラン、と音がした。 鋭く響くその音が心地よくて、わざと音を立てて歩いた。 裾がはだけてしまう為、大股で歩けないことがもどかしいけれど、仕方無い。 「・・・やっぱ、こんなの着てこなきゃ良かったかも」 「何を今更・・・」 「歩きにくいんだよね、やっぱり」 「まさか、下駄を脱ぐとか言うんじゃないだろうな」 「あ、いーね。それ」 あはは、と笑いながらそう言うと、水鏡が返事をする代わりにため息をついた。 呆れる様子も、彼がやると様になるから面白い。 長年で染みついた苦労性が、手に取るように見て取れる。 「冗談だってば」 「当たり前だ。素足で歩いて、怪我をしないという確証がどこにある」 「別に怪我くらいどーってことないんだけどさ」 そう言うと、どこがだ、とでも言いたげに水鏡の顔が歪んだ。 予想通りの対応がおかしくて、また声を上げて笑った。 「確かに歩きにくいけど、好きなんだよね、下駄って。 カランカランって音。なんか、聞いてて気持ちいいじゃん」 言って、跳ねるようにしてぴょんぴょんと2歩進んだ。 カラン、カランと下駄が音を立てる。 危うく体勢を崩しそうになったが、なんとか堪えた。 「私の場合、夏以外滅多に履かないからね、これ。 今のうちに堪能しとくのだ」 「随分と変わった趣味だな」 「そう?下駄も浴衣も祭も、日本の夏の風物詩じゃん」 「浴衣や祭はともかく・・・・・下駄もか?」 「そ。私にとっちゃ、夏の風物詩。だから、夏しか履かないの」 きっぱりと言いきると、水鏡が小さく、ふーん、と呟いた。 昔では見られなかった可愛らしい反応も、最近はよく見かけるようになった。 変わったんだなあ、とその度に思う。それも、良い方向に。 「みーちゃんは?夏の風物詩と言えば!」 「・・・・・・風鈴?」 「みーちゃん家、風鈴なんかあったっけ?」 「おまえが置いてったのがな」 「他には?」 「すいか」 「一人で一玉食べちゃうわけ?」 「この前おまえが持ってきたんだろうが」 「まだある?」 「・・・・・・・」 問いかけると、ふいに水鏡が黙り込んだ。 鈍かった歩みをさらに遅くして、考え込むように空を見つめる。 その様子をじっと見つめていた風子の方にやがて目をやって、愛しそうに目を細めた。 「浴衣と祭。あと、下駄だ」 「ふえ?」 さっき自分が言った通りの言葉が返ってきて、意外そうに、可笑しな声を風子が上げた。 浴衣と祭。そして下駄。 前の2つはともかく、先ほど否定された下駄まで夏の風物詩として挙げられている。 どうしたことだ、と問うような視線を投げる風子に、水鏡が答えた。 「さっき、おまえがそう言ったせいだろうな。 他のものが1つも思いつかなかった」 海でもなく。山でもない。 かき氷とか、扇子とか団扇とか。そう言ったものは出てこなかった。 ただ、さっきの言葉だけが思い浮かんだ。 浴衣、祭。そして下駄。 「てことは、風子ちゃんがそうだって言ったら、みーちゃんもそんな風に思うってこと?」 「もちろん僕の考えも多少は含まれる。 だが、それを差し引いてもお前から受ける影響は大きい・・・・と、いうとこだろうな」 「ふーん・・・・・・」 わかったような、わからないような。 うまく納得しきれなかったけれど、とりあえず自分なりに答えを出してみた。 それはつまり。 「共有ってことかね?」 「共有?」 「風子ちゃんの考えと、みーちゃんの考え。仲良く共有。征服じゃないじゃん?」 「当たり前だ。僕にだって考える権利も能力もある」 「じゃ、やっぱり共有だ」 一人納得したように風子が手を叩いた。 隣では、まだ納得しきれないような表情を水鏡が浮かべていたが、 そんなこと構いはしない。 「では、共有記念ということで。 今度のみーちゃんの誕生日には浴衣と下駄をプレゼントしたげよう」 「はあ?」 「夏の風物詩プレゼント」 「・・・・・冬だぞ」 「次の夏に着ればいいじゃん」 「売ってないと思うがな」 「今から買っておけば良し!」 「あのな・・・・・」 「これで来年はお揃いで祭行けるね」 はしゃいだ声でそう言うと、諦めたように水鏡が口を噤んだ。 うっかり決まってしまった誕生日プレゼント。彼女の事だからきっと実行するだろう。 約半年後のその日を思って、小さくため息をついた。 来年の今頃は、同じように浴衣で身を包み、 カラン、と下駄を鳴らして、祭に出かけているのだろうか。 FIN.
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