::しのぶれど ふと、何かが聞こえたような気がして顔を上げると、 思いもよらない人間の顔がすぐ近くにあった。 驚いて、思わず声を上げて飛び退く。 相手が、ひどく不思議そうな顔をして首を傾げた。 「・・・・小島?」 「あ、ごめ・・・・。ちょっとびっくりしただけ」 大きく鼓動を打つ心臓を右手で抑えながら、余った左手で顔が隠れるように髪に触れる。 明らかに焦っているであろう表情を隠すように、動揺を悟られないように。 小さく息を吐いて、整えた。 「何か用なの?あんたさっき、あっちで風祭達と話してたでしょ?」 いつのまにここまで来たの、と言外に含めて、そう言う。 不揃いだった鼓動はやや収まってきたらしく、いつも通りの口調で言えた。 そんな些細なことに安心して、言い終えてからまた1つ、嘆息する。 「別に大した用はない。 視界に入った小島の様子が、いつもと違うように見えたから様子を見に来ただけだ」 「・・・・・様子が違う、って?」 「うまくは言えんが・・・・・・・心ここにあらず、と言った感じだな」 「あんたまでそんなこと言わないでよ・・・。 私今日、いろんな人にそれ言われて、もう耳ダコなんだから・・・・」 はあ、と重いため息をついて、有希が俯く。 自分ではいつも通り過ごしているつもりだった。 けれど、すれ違うたび、顔を合わせるたび、いろんな人が声をかける。 元気がない。覇気がない。様子がおかしい。エトセトラ。 すれ違うたびに慰められたり、励まされたり。 自分としては心当たりもそんなつもりも毛頭ないため、 そんなことを言われても苦笑を浮かべるしかできない。 いい加減、うんざりしていたのだ。正直。 「別に、いつもと変わらないつもりなんだけど・・・・」 「自分ではわからない程度に疲れているのではないのか?」 そう言って顔を覗きこんでくる不破の視線を避けるように、 有希が慌てて明後日の方向を向いた。 逃げるようなその行動が不自然にならないように、慌てて額に手を当てて、目を閉じた。 熱くも冷たくも無い額。熱があるわけでは、とりあえずないらしい。 「それはない・・・・と思う。少なくとも熱は無いわね」 「何にせよ無理は禁物だ。少し休んだ方がいい」 「もう休憩終わるわよ?」 苦笑しながら有希がそう言う。 校舎に取り付けられた時計は、休憩時間をあとわずかしか残してくれていなかった。 腕を組み、不破が考え込むように下を向いた。 「・・・・・水野に伝えてくる。小島は木陰で休んでいろ」 「えらく親切ね、不破」 「当然のことをしているまでだ」 まとまった考えを一方的に有希に伝えて、答えは聞かずに有希を背を向けた。 その背に向けて、小さく、ありがと、と有希が呟く。 そして彼女も踵を返して、ちょうどよく出来た木陰に座り込んだ。 木陰には、さわさわと風の流れる音が響いていた。 グラウンドの向こう側で、水野と話す不破の姿が見えた。 こちらの方を指差しながら、何かを口にしている不破。 水野が顔をしかめるのが見える。多分、二人して心配してくれているのだろう。 そう思うと、自然と顔が緩んでくるのがわかった。 「・・・忍ぶれど色に出にけりわが恋は ものや思うと人の問うまで・・・・・・かな」 別に隠しているつもりはなかった。 自分では、本当に気付いていなかった。 けれども、きっと顔は正直だったのだろう。 心のどこかしらで、思うところがあったのだろう。 それをとても正直に、表情が表していて人の心配を受けた・・・そんなことなのだろう。 オトメゴコロというのは、所有者にもわからないほど、複雑なものらしい。 そんなことを思いながら、苦笑した。 向こうから、よく冷えていそうなペットボトルを握った不破が、走って向かってきていた。 FIN. 『人にはわからないように隠しているけれども、私の恋心が顔に現れてしまったのだなあ。 何かもの思いでもしているのかと、不思議に思って人が尋ねるほどに。』 (拾遺・恋一) だから何、と言われるととても痛い作品(苦笑) 珍しく有希→不破風味で有希が乙女です(そうか?) 自分では気づかないうちに不破を思ってぼけーっとしてたらしい、という話。 現在、古典の勉強頑張ってるんです・・・・・! 英語の辞書もなかなか楽しいが、古典の辞書も結構楽しい。 勉強しながらそんなことを思う、やっぱり集中しきれていないstmimiなのでした。 だって・・・・ネタの宝庫なんだもん、辞書って・・・・・!(死) |