どこからともなく香る、何とも言えない美味しそうな匂い。
風通しのよすぎるこの場所は、
何か1つ料理が出来るたびにこんな香りが城中に広がる。
それはある種の合図で、この香りが漂った瞬間が、すなわち食事の時間。
3階フロアにいた人間達も、その合図を受けとって、
ぞろぞろと下階の食堂へと足を運び始めた。

ただ一人、窓辺に腰掛ける少女を除いては。






出遅れないうちに食事に向かおうとしていたルックの目に、
窓辺に腰掛けて微動だにしないロッテの姿が目に入った。

少しざわめいた辺りにも反応する気配がない。
ただ、小さく肩が揺れているだけ。
恐らく、いや、十中八九寝ているのだろう。

そのまま放っておいても別段問題はなかった。
しかし、あとで「何で起こさなかった」と怒ることは目に見えているので、
しぶしぶ、ルックはロッテの傍に寄った。




近付いて、傍にしゃがみこむ。
顔を覗き込んでも無反応。
聞こえてくるのは、やすらかな寝息のみ。
見事なまでの熟睡だ。


肩を掴んで軽く揺する。返ってくるのは無反応。
この程度の衝撃では、彼女の深い眠りは解けないらしい。
少し力を入れてまた揺する。
今度は、小さくうめいた後に、肩に置いた手を払われた。
完全に寝ぼけている。




やっぱり、このまま放っておこうかと考える。
いちよう起こす努力はしたし、その手を振り払ったのは彼女の方。
これで食事を取り損ねても、自業自得だ。


打ち出した答えにさっさと納得して、ルックが立ちあがる。
人に付き合って、自分もバカを見る気など毛頭無い。


ロッテに背を向けてすたすたとエレベーターに向かう。
やっぱり放っておけばよかったと、小さく悪態をつきながら。










エレベーターまであと少し。
ぴたりとルックが立ち止まった。

くるり振り帰りロッテを見る。
そして、振り払われた手を見る。














せっかく起こしてやろうとしたのに。











唐突に、悔しさがこみ上げた。
窓辺で、気持ちよさそうに眠るロッテに、腹が立った。



悔しくて、何かしたくなる。
思いつき、くるり踵を返す。

エレベーターに背を向けて、イワノフのアトリエに向かう。
人のいなくなったアトリエから、絵筆を1本拝借して、
また、ロッテの傍に寄った。











起こしてやったのに、起きなかった方が悪い。

起こしてやろうとしたのに、手を振り払った方が悪い。










唱えるように、心で呟く。
右手に、絵筆を構える。


























用の済んだ筆をアトリエに返して、今度こそエレベーターに乗り込んだ。
随分時間を食ったけど、とりあえず気は済んだので良しとする。
彼女は当分起きる気配がないけれど、食事を終えてフロアに戻った誰かが、
そのうち彼女を起こすだろう。
先ほどとは違う、彼女の寝顔に驚いて。


誰かに起こされて、自分の顔がどうなっているか知らされて、
自分の目で確かめたあと、驚いて、そして怒る彼女を想像する。
おかしくて、笑いがこみ上げてきた。












日当たりのいい窓辺。

深く眠る彼女。

寝顔に描かれた、両の頬の猫のひげ。

異様に似合うような気がしたのは気のせい?

彼女が起きるまで、あと少し。






FIN.
――――――――――――

日当たりのいい窓辺シリーズその3.
昼寝していて、寝顔に落書きされるロッテの図。
セリフなく仕上げたかったので頑張ったらこうなった。
私に絵心があったなら、是非絵で仕上げたかった。
だって、描写ばっかの小説って疲れるんだもの!
うう、未熟だわ。修行せねば(修行って何さ)

 

モドル