『左右確認。』 退屈で憂鬱な午後の授業の終了後。 HRも程なく終わり、忙しなく消えていくクラスメートの姿を呆然と見つめながら、 風子の意識は、もう、こことは違うどこかにあった。 「・・・子・・・・・風子っ!!」 耳元で聞こえた自分を呼ぶ声に、 風子はふと顔を上げ、呼ばれた方向に目をやった。 気がつくと、教室に生徒は数名。 ・・・・ほとんど居ない。というのが正しいだろう。 その数名も、見知った顔で埋められていた。 「大丈夫、風子ちゃん・・・・?」 「柳・・・・?」 「とっくにHR終わってんぞ!いつまで寝てんだよ」 起き抜けの、ぼんやりとした思考の中で、 烈火の言葉にも、特に返事を返すわけでもなく、 手早く帰り支度を済ませた風子は、ゆっくりと椅子から腰を浮かせた。 「・・・・眠いぃ〜〜」 ダルそうに大きく伸びをしながら、風子は一言そう呟いた。 すっかり暖かくなり、窓辺の席では暑いほどになった。 だからこそ、睡魔は猛威を奮い。例に漏れず、風子はそれの犠牲になっていた。 覚束無い足取りで先頭を歩き、風子らは玄関へと向かう。 もうほとんど人のいなくなった廊下を、 右へ左へふらふらしながら、ようやくと校舎から出ることができた。 そのままの足取りで校門まで向かい、 そこに立つ青年を見つける。 「・・・遅かったな」 校門に寄り掛かっていた青年が、烈火達の姿を見つけ、 ふと顔を上げ、そう言った。 「風子が寝てたんだよ」 からかうような口調で答える烈火の言葉に、 水鏡がふと風子を一望し、なるほど、と相槌を打つ。 立ちながら寝ているような風子を、内心、器用だと感心し、 やはりおぼつかない足取りの危なっかしさにため息をついた。 「早く帰らねーとな・・・母ちゃんが待ってるぜ」 予定より進んでいる時計を見ながら、少し慌てたようすで烈火が言った。 用がある。 そう言った陽炎に会いに行くため、 今日は珍しくも、全員で烈火の家に向かうことになっていた。 大丈夫か・・・・あいつは・・・・・ いつのまにか道路を渡りきっていた烈火達を追う、頼りない姿を見ながら、 水鏡は心配そうに、ぽつりと小さく呟いた。 「風子ー、水鏡ぃー、何やってんだー?」 向こう側から呼びかける烈火達に答えてから、 風子を追うようにして、水鏡も足を進めた。 ふらふらしながらも、風子は道路を渡ろうとする。 しかし、信号のない場所で、しかも意外に交通量の多い、そんな道路で、 彼女は必ずしなければならないことをすっかり忘れていた。 左右確認。 「っ、危ない!!」 「――・・・ふぇ?」 ぐいっっ!!――――とんっ・・・ 次の瞬間、制限速度を完全に無視したと思われるスピードの自動車が、 うるさい音を残し、一瞬のうちに通りすぎていった。 「・・・・・バカかお前は!少しは気をつけろ!!」 「・・・・・」 頭上からの怒鳴るような声を、風子は呆然と聞いていた。 スピード違反の車が通りすぎた。 みーちゃんが助けてくれた。で、怒られた。 ・・・・・今、何処にいんの? そこまで考え、ふと顔をあげて、水鏡の顔を間近に見る。 ・・・・・・・・・・・? 「う・・・・わっっ!!」 がばぁっっ。と勢いよく、声を上げてその場を離れる。 その場・・・水鏡の腕の中。 抱き寄せられるようにして、なんとか車を回避。 何より、それを理解し、そして離れるまでの時間・・・・周りにどう見られていたのだろう。 まだ完全に覚めきれぬ頭にプラスし、混乱で余計にこんがらがる。 「”うわっ”・・・って、お前な・・・・・」 ものの見事に勢い良く押し退けてくれた風子に、 水鏡はいささか不満気な表情を見せた。 呆れ半分でため息をついて、眉をひそめる。 「・・・・子供(ガキ)じゃないんだ。少しは注意しろ」 「ご、ごめんっ!もう大丈夫――」 たっっ・・・・・・ぐいっっ! 少し慌て気味に走り出そうとして・・・。 次の瞬間、同じ場所に逆戻り。 時同じくして、今度は二輪車が軽快なスピードで走り去っていった。 「――本っ当に分かってるんだろうな・・・・・?」 「あ・・はは・・・・・」 引きつった笑顔で誤魔化そうと試みる。 二度目の腕の中は、さすがに対応も早く、そそくさと離れた。 ・・・いい加減、自分が情けない。 そう、風子は感じた。 覚めきらぬ頭を混乱させながら、 次はちゃんと左右を確かめて、今度こそ烈火達の元へ行こうとする。 大丈夫。もう何も来てなかった! そう思いながら一歩踏み出し・・・・・ 次の瞬間、3歩ほど後ろにいた。 引き寄せられた。 また、何かが通るのだろうか。 その考えは即座に否定された。何も通らなかったから。 何より、引き寄せ方が違う。 さっきまでは腕を引いていたにも関わらず、今度は首・・・。 正確には、首に腕を回し、抱き寄せている様になっている。 これ・・・・・・何!? 駆け巡る疑問との葛藤中、ふと、髪に何かが触れたような気がした。 「み・・・・、みー・・・ちゃん?」 「・・・目は覚めたか?」 風子の問いに、まともな返答を返さず、 嫌味に笑い、そう言い残すと、 水鏡はとっとと道路を渡りきった。 「あ・・・、あんたねーーー!!!!」 向こう側で土門に何か言われている水鏡や、 その様をムカつくくらい楽しそうに見て笑ってる烈火や、 それを控えめに笑ってる柳を見ながら、風子は声を荒げた。 午後の授業で寝るのは止めよう。 そう誓った、季節の変わり目だった。 FIN.
お待たせしましたすんません(笑)444HIT取得のみずきに贈ります『左右確認。』でした。
|