城が泣いていた。
あの人の死を悲しんだ。











:::
RIP











石版に背を向けて座る。
1つ欠けた名前を見るのが辛いから。
目の前で消えた彼の死を、受け入れるのが怖いから。



「ネルは大丈夫かな」



石版に背を向けたまま座るロッテが、隣のルックに言うように。
あるいは独り言のように、ぽつり呟く。
答えが返らないのは承知の上。



「大丈夫なわけ、ないよね」



為す術もなく死んでいった。
為す術もなく殺された。
家族同然だった人。誰よりも彼の近くにいた人。
私達のために、死んでいったあの人。



「ネル・・・・・・辛いだろうね」



そう言って目を閉じた。
思い出すのは、あの人の髪や表情。
いつも笑っていた。彼を心配していた。
いつも彼の前に立って、守ろうとしていた人。

何を差し置いても、死んではならない人だった。
彼のためにも。引いては解放軍のためにも。



「何で・・・・・・あの人が死ななきゃならなかったのかな」



そんなことを言っても、今更だとはわかっている。
何を言っても変わらないと。何を言っても遅いのだと。
けれども思ってしまう。もしもあの時。どうしてあの時。



「・・・・・・・・・・・私が、身代わりになれればよかったのに」



どうしてあの時。素直にあの人の言葉に従ってしまったんだろう。
もしもあの時。私が身代わりになれていたなら、彼は思い悩まずに済んだかもしれないのに。

静かに、そう呟いた。
隣でルックが小さく動いた。



「今更そんなこと言ったってしょうがないだろ」

「・・・・うん」

「――誰が死んだって一緒だよ。どうせあいつは・・・」

「そんなことないよ」



ルックが続けようとした言葉を遮って、ロッテが言う。
強い口調で止めたロッテの方を、ルックが向く。ロッテが続ける。



「グレミオさんがいたら、やっぱり何か変わってたよ」




死んではならない人だった。何を差し置いても。



















「・・・・・・・戦争なんだし、仕方・・・・・ないんだよね」



何かを諦めたように、静かに、呟く。
諦めるように。覚悟するように。決心するように。
やはり何かを、諦めるように。
『仕方ない』。この一言に、何かを含んでいるように。



「―――あんたは・・・・・・」

「何?」

「たかが猫探しの礼なんかのために、いつ死ぬかもわからないような戦争の真ん中にいることに、不満はないわけ」



1度聞いてみたかった。
たかが猫のため。たかが見つけてきただけ。
そんなことのために、命を賭けられるものなのか。

彼にしては、真面目に。それに真剣に聞いた質問。
けれど彼女はあっさりと、そしてきょとんと、答えた。



「ないよ」

「・・・・・・・変わり者」

「あー、ひどい。本当に思ってるのに」

「だったら余計だよ」

「確かにネルに・・・・・解放軍に協力してるのは、ミナを見つけてくれたからだよ?でも、そうじゃなくても、解放戦争って他人事じゃないし。それに・・・・・・」

「それに?」



一瞬、口を噤んだロッテに、ルックが聞き返す。促すように。
ルックの聞き返しに、哀しげにロッテが笑って、答える。



「それに私、死んでも泣いてくれる人、いないし」

「・・・・・・・・・・」

「私が死んで、泣いてくれる人はいないけど・・・・・私が死んでも、平和な暮らしが出来るようになったら、笑ってくれるひとはいる。だったら、何もしないで平和になるのを待ってるより――死ぬかもしれないけど、何か出来る方が、嬉しいし」

「・・・・・そ・・・・」

「だから、不満なんてないよ。ちょっとは・・・・・怖いけど」



そう言って、はにかむように笑った。
少しも、笑っていない笑顔で。



「でもね」



言い終えて、力強く続けた。
先程の力無い表情とは裏腹に、真剣な、強さを帯びた表情。



「私が死ぬと、ミナの世話してくれる人がいなくなるでしょ?
だから、簡単には死ねないなーって、やっぱり思うんだ」

「・・・・・・・ふーん・・・・・・・・・」

「・・・・あ、なんか飽きれてるでしょ?どうせ私は度胸無いよーだ!」

「・・・そんなこと、誰も言ってない」

「顔が言ってるの」



勝手な理由をつけて決め付けたロッテが、
ルックの不満顔を見て、小さく笑う。
しばらく笑ってから、笑うのを止めて、壁にもたれて、目を閉じた。
ルックも同じように壁に背を預けて、でも目は閉じず顔を前に向けたまま、口を開いた。



「・・・・・・死んでも泣く奴がいないって、誰が決めたんだよ」

「――わかるもん」

「思い込みだろ」

「じゃあ、ルック泣いてくれる?」

「・・・・・・・・・」

「ネルも、多分泣かないよ」

「それは・・・・・」

「ネルは、泣いちゃいけない人だし。
誰も泣かないよ。戦争が大変すぎて、きっと忘れちゃう」

「・・・・・・・・・・・そんなの、誰の時だって同じだろ。別にあんただけじゃ」

「同じじゃ、ない」



また、遮る。
同じく強い口調で、表情で。



「ルックが死んだら、私は覚えてる」

「・・・・・・・・・・・・」

「悲しいし。泣くと思う。戦争が大変でも忘れない。
皆が忘れても、歴史が忘れても。私は・・・・・覚えてる」

「・・・・・・・・・・そんなの、嬉しくないって言ったら」

「それはルックの言い分でしょ?私には関係なーい」

「――自己中心的」

「ルックに言われても、痛くも痒くも無いよ」



そう言って、小さく笑った。
笑ってはいるけれど、哀しげだったのは気のせいだろうか。


泣く人はいないと言いきった。どこにそんな根拠がある?
泣くことにどんな意味がある?ただ水が流れるだけなのに。
泣くことと、悲しむことは、符号で結ばれるとは限らないのに。



「・・・・・・・・・・・・別に」

「え?」

「別に、泣くだけが悲しむ方法じゃないだろ」

「・・・・・・・・・・・そうかな?」

「そうだよ」

「ネルも悲しんでくれるかな」

「当然だろ」

「ルックは?」

「―――― さあね」

「・・・・・・・そっか」



そっか。
小さく、もう1度呟いた。
その後、言葉は続かなかった。








誰かが終わりを迎えるとき。
誰もが、どこかで悲しんでいる。
安らかに眠れと。ただ、静かに・・・・・。





FIN.

RIP=requiesca in pace/rest in peace=安らかに眠れ。

『歴史が君を忘れても、私は君を忘れない』
全てのルックファンの心の叫びだと思う。
しかし代弁する勇気は無いのでロッテに言わせてみる(変わらん)
つーか、人の名を歴史が逐一覚えてくれるわけないんだよ。
残るのは心の中でしょう。それが一番なんだって。

ところで、個人的見解でロッテは家出娘か孤児だと思う。
どっちにしても、親と呼べるものはいないと思うのさ。
メグみたく冒険が好き!ってわけでもないのに、解放戦争が終わった後でもグレッグミンスターで一人暮ししてるし。帰る場所がないんだなーと思う。
彼女がミナを可愛がり大切にするのは、単に家族へ向けられるはずの愛情が、全てミナに向いているからだとも思う。親・家族がいなくて寂しい。だから可愛がる。
そんなことをひっくるめて、ロッテ孤児説を私は唱えます。

それとはあまり関係ありませんが、ロッテが死んだら私は泣く(爆)
そしてリセット。やり直す。当然。

(ちなみに、本来ならゴミ箱行きのこの作品が表に名を連ねているのは、単にタイトルがお気に入りだからです(死)

 

 

モドル