暮れなずむ街の光と影の中
去り行く貴方へ贈る言葉
[[[ 贈る言葉 ]]]
「さっきから・・・何見てるんだ?」
立春も過ぎ、暦の上ではもう春。
・・・しかし、そんなに早く春が訪れるわけでもなく、暖かくなったわけではない。
未だ冷たい風の吹く外を背に、部屋の隅には、いつものように風子の姿があった。
珍しく授業が午前で終わった日。
ヒマを持て余す彼女にとって、初めに足の向くのはやはり、水鏡の家だった。
「何って・・・みーちゃん貰ってないの?」
答えになっているのかいないのか・・。
やはりわからないので、無言を返す。
それにやはり無言で、手にしていた物を風子が見せる。
無数の音符の並ぶそれは、一枚の楽譜だった。
「『贈る言葉』・・・・・?」
「卒業式でやるって・・・聞いてない?」
楽譜が配られるくらいなのだから、恐らくは音楽か何か。
・・・そんな授業まで、細かに覚えるほど、真面目に聞いてはいない。
知らない。と一言答えて、楽譜を返す。
受け取って、それに視線を移しながら、風子が言う。
「歌・・・は嫌いじゃないんだけどさ。覚えらんないんだよねー。
だから、必死になって覚えてんの」
そう言って、手でリズムを取って口ずさむ。
時折楽譜を裏に向けて暗唱し、つまってまた表を向ける。
その動作を繰り返し、ようやく前半を覚えた頃には、時計の針が大分進んでいた。
「『悲しみこらえて微笑むよりも涙枯れるまで泣くほうがいい』
・・・まるでお前に言っているようだな」
「・・・なんでみーちゃんが覚えてんのよ」
コーヒーの注がれたカップを手にとって、思い出したようにそう呟く。
存在すら知らなかったはずの歌。
その歌詞をすらすらと述べて見せる水鏡に、風子が少し悔しそうにそう言う。
「隣で何度も何度も聞いてれば、嫌でも耳に入るんでね」
「・・あっそ」
一口含んで、少し間を置く。
大きくはないカップを両手で持って、先程の言葉に反論してみせる。
「・・・別に、こらえてるわけじゃ・・・・」
「ないんだな?」
即効の切り返しに、言葉が詰まる。
「ぐっ・・・。じゃ、じゃあ、これはみーちゃんに言えるよね。
『信じられぬと嘆くよりも人を信じて傷つくほうがいい』って」
「結局は騙されるんだな」
「・・・あのねぇ」
呆れ顔の風子をちらりと見て、少し笑って、楽譜に目をやる。
そんな歌詞、あったんだな。と呟いて、楽譜に目を通す。
これから始まる暮らしの中で誰かが貴方を愛するでしょう
だけど私ほど貴方のことを深く愛したやつはいない
遠ざかる影が人ごみに消えたもう届かない贈る言葉
1度も聞いたことのない、最後の節。
本格的に、別れの歌なんだな・・・。
・・・卒業式で歌うような歌か・・・?
無言で楽譜を置いて、またコーヒーを口に含む。
「・・どーかしたの?」
楽譜に視線を落としたままの水鏡に、首を傾げてそう問う。
静かに、別に、と返して視線を移す。
特に気にする様子もなく、また楽譜を手にする。
「・・・止めよっかな。覚えんの」
肩肘を突いて、楽譜を見つめて言う。
「急にどうしたんだ?」
「・・・嫌いなんだ。残りの歌詞」
そう言って、その残りの部分を指でなぞる。
先程、水鏡の読んだ場所。
少し辛い、別れの部分。
「なーんかさ、・・・嫌だなあ、こーゆーの。
なんか・・・悲しい?っていうのかな・・・」
言葉が定まらない、ただ、なんとなくの意味はつかめる。
同じように、自分も感じたからだろうか。
「そこ以外。好きなのになー・・」
「・・同感だな」
静かに同意を表す水鏡に少しばかりの笑顔を向けて、楽譜をしまう。
辛い別れはいらない。
思い続けるのもいいかもしれないけど、必ずしも自分が1番だとは思わない。
別れの言葉は、飾らないで。
一言でいい。それでいいの。
あんまり、別れ・・は、欲しくないけど。
そう心で呟いて、今は自分に背を向ける、水鏡に目をやる。
初めて愛した貴方のために
飾りもつけずに贈る言葉
モドル