願うことも

望むことも


叶わない夢なら、見たくないから


   





[[[
願い ]]]

 





「うおーい、笹とってきたぜー。」



そう叫び、汗を拭いながら、土門が屋敷へ入ってくる。

 
せみの鳴き始めた、初夏の火影屋敷。
7月と言えども、日差しはきつい。
遮るもののない今日の空に、暑さは一層増していく。



「ごくろーさん。」


「へぇー、立派な笹だねー。」


  
風子、柳が土門から笹を受け取り、静かに床へ置く。
  


7月7日・・・、七夕。
梅雨の明けきらぬこの時期。
今年は晴天にみまわれ、天の川もきれいに見えるとのこと。



“どうせなら、みんなで天の川でも眺めようか”



誰が言い出したのか、もはや覚えてもいない。
それでも、事は着々と進み。
わずか半日経たぬうちに、星を眺める場所と、笹とが揃ってしまった。






まるで当たり前のように、僕はここにいる。



これといった行動を起こすわけでもなく、
いる理由があるわけでもないのに。
ただ片隅で眺めるだけで、この輪の中に確かな存在として残っている。




何故、僕ハココニイル?




確かな答えの出ぬこの問いは、不思議な感覚で僕を悩ませる。



いつまで続くかわからない。
いつ途切れてしまうかわからない。


いつ離れてしまうか・・・わからない。








「水鏡君は、短冊になにか書かないの?」


ふと顔を上げると、にこやかに微笑む陽炎が映る。


「別に・・・・。」


静かになったと思った後ろの部屋では、
皆が集中して短冊になにかを綴っていた。


「願う事など、・・ないからな。」




願えば、叶う事を望むから

叶わなければ、哀しいだけだから

叶わぬ夢なら、見ないほうがいいから



星に願おうが、短冊に託そうが、
結果は同じ。

叶わぬ夢は、悲しすぎるから。





言葉の裏にあるその意味を知ってか知らずか、陽炎は口を噤み
そして隣りに座りなおし、ゆっくりと後ろを振返った。


「あの子達は欲張りね。
 1つ書き終えても、すぐに次の短冊に手が伸びる・・・。
 でも・・、それくらいでちょうどいいのよ。」


視線の先には、3つに分けられた短冊の山のただ1つを狙い、
無言の戦いを繰り広げている姿があった。
  
必至に宥める柳も、それとは無関係に黙々と書き続ける小金井も、
笑いながら見ている風子も、争っている烈火も、土門も、
手元には、重なる数枚の短冊がある。


「夢や希望は・・・、人を動かす力となるわ。
 そのために前へ進むことが出来たり・・、
 毎日を、精一杯生きることができる。」


今度は、ゆっくりと水鏡を振返る。
そして、穏やかに微笑んだ。
  

「・・ねえ、水鏡君。
 願いは叶えるためにあるの。
 叶う事を、待つためにあるわけじゃない。
 だから夢や希望を持つことを、・・・怖がらなくてもいいのよ。」





怖がらなくても、いいのよ・・




   



願えば、叶って欲しいと望む。
決して叶わない願いでも、願わずにいられぬものもあった。



いつから、できなくなったのだろう。

いつから、願わなくなったのだろう。




ずっと前から・・、わからなくなっていたのだ、簡単なことを。


願うということ。
叶えるということ。



叶う事だけを待ち続けて、ただ、待ち続けて。
何もしなかった、自分。

だから、恐れた。
叶わない夢を、願いを。







いつまでたっても、何も言わない水鏡に、
その雰囲気の重さに、耐えきれなくなったのか。
困ったように、陽炎が切り出した。


「少し・・、わかりにくかった、かしら?」


苦笑いに似た笑顔を、水鏡に投げかける。
   
髪で半分ほど隠れた顔が、風とともに現れた時。
その表情は、確かに穏やかだった。
そしてどこか、優しかった。


「やはり・・、1枚貰えるか。短冊・・。」


躊躇いがちに動いた口で、静かに呟く。
もちろん。と言って陽炎が手渡す。

その頃、頭上の空は星も見え始めるほどになっていた。




「あ、星。出てきたんじゃない?」


いち早く気付いた風子の声に、全員が空を見上げる。


「やっぱ、ここはいいな。静かだし。」


「うわあ、キレーだねー。」


「流れないかな?」


無邪気にはしゃぐ烈火達を楽しそうに見ながら、
陽炎が席を立つ。

きっと、スイカというみやげでもつけて戻ってくるのだろう。

   
「あれ、みーちゃん。
 短冊、笹にくくんなくていいの?」


水鏡が手に持つ短冊をみつけ、風子が問う。


「ああ・・・、これはいい。」


家に持って帰るから・・・と小さく呟き、答える。
それを不思議そうな面持ちで見ていた風子だったが、
誰かが叫んだ、「流れ星」の一言で、また空へと視線を戻していった。




どこかにしまっておこう。
いつかみつけたとき。
その願いを、夢を、叶えていることを願って。


願いは叶えるもの。
そのことを忘れないように、
希望を持つことを、忘れないように。
精一杯、毎日を生きられるように。







――――― いつまでもここに、仲間としていられるように・・・




                       



 

モドル