海より深き
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冬にしては暖かな昼下がり。
『せっかく暖かいんだし』を切り札に、連れ出した散歩道。
立ち寄った公園で見つけた妊婦の姿。

いつか読んだ本の言葉を思い出した。






「母親って強いよねー」

「・・・・・・? 何だいきなり」

「いや、何か唐突に思ってさ」



自分自身の言葉すらも不思議がるように風子があははと笑って、とりあえずその場を濁す。
開いていた椅子に腰掛けて、今だ怪訝な顔をしている水鏡を気付かないフリをして、
先ほど見つけた妊婦の方に視線をやった。


大きくふくれた、新しい命を詰め込んだそれを愛しそうに見つめながら、片手に持つ育児書に目を通す。これはあくまで予想だけれど、彼女にとって今お腹にいる子は、彼女の最初の子供なんだろう。そう思った。



「・・・・・・・・・陽炎見てると、そんな気、しない?」

「・・・・さっきの話か?」

「うん」

「母親、と言われてもな・・・・・・」



幼い頃に母を亡くした水鏡にはわからないことに、水鏡が困ったように語尾を濁す。
そのとき初めて、彼に母親がいないことを思いだし、悪い事を言ったかと一瞬顔を曇らせた風子だったが、今更この話題を強引に切るのも余計悪いような気がして、1つずつ言葉を選びながら続けた。



「自分を犠牲にして烈火のこと逃がして。
その烈火のことを探して400年も一人で過ごして。
やっと見つけたと思ったら戦いの連続で――――。
それなのに、逃げたりしなかった」

「・・・・そうだな」

「それってやっぱさ、『母親の強さ』って感じしない?」

「・・・・・・」

「うちのママも・・・・・・陽炎みたいに戦ったりはしないけど、
私が風邪引いたときとか、必死に看病してくれたし」

「・・・・・・」

「みーちゃんだって、お母さんがわりのお姉さんがいたから、
こうやって今ここにいるじゃん?」



結末こそ辛いものだったけれど、それまで過ごした日々の中に溢れる姉の笑顔。
それは、母の居ない水鏡への、彼女が精一杯真似た母親の面影かもしれない。


普段気にも留めずに肌で感じていた『母親』というもの、
母親未満な彼女を見て、いつか見た本の言葉を思い出した。
『私達は、貴方が生まれてくる前から、貴方のことを愛していたのよ』






「幸せだねー、守られてる子供ってのは」



あんまり傍に有りすぎて、なかなか気付けないそのこと。
いつまで子供でいれるのかなんて知らないけれど、そのリミットが近付いてきたからこそ身にしみて分かる、『母親』というものの偉大さ。
そんな『母親』に、いつか私もなるんだろうか。そんなことを考えた。



「良い子が生まれてくるといいよね」



子供未満を抱えた母親未満に向かって小さくそう言って、
いつか自分がそうなったとき、あんな親子になりたいと思う。
未満形な親子の時から、愛していたと言えるような。




fin?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『私達は、貴方が生まれてくる前から貴方のことを愛していたのよ』

えー・・・何の本かと言いますと、マンガです。
何のマンガかと言いますと・・・・・・・・・・エ、『エースをねらえ』です(爆)
何の因果かうちの家にありまして、しかも近頃うちのクラスではやってまして(笑)
友達に貸しがてら自分も読んでたらこんなセリフを見つけたので拝借。親ってすごいよなあ。

ところで、この小説を読んで「水鏡の存在理由がまるでねえ!」と思った人は、
速やかにその考えを破棄して幸せな帰路に着いてください(謎)


モドル