::まだ見ぬ君





とある日、窓際に小さな植木鉢が置かれていた。


何だこれ、といわんばかりに顔をしかめて、ルックは見なれないそれを凝視していた。
昨日までは確かになかった、両手で包んで少し余るくらいの小さな植木鉢。
土はしっかり入っていて、幾分かは手入れがなされているらしい。
の割に草や花が欠片も見当たらない辺り、ここに埋まっているのはまだ種なのだろう。
そんなことを思いながら、ぼんやりとそれを眺めていた。




「あ、それね。昨日植えたばっかりなの」



声は、何の前触れもなくそう言った。



「ゼンさんにもらったんだー。綺麗な花が咲くんだって。楽しみだよねー!」

「・・・・ロッテ、いつの間に来て・・・」

「赤い花かなー。黄色かなー。白いのも綺麗だよねー」

「人の話聞きなよ」

「昔聞いた事あるんだけど、青色した花もあるんだって!
1回見てみたいなー。どんな青だろ、空みたいな色かな?」

「・・・・・・・」

「海の青も綺麗だけど、やっぱり私は空の青が好きだなー・・・って、
あ、ちょっと!どこ行くのよ、ルック!」



全く話が噛み合わないことに呆れたように、無言のうちにその場を去ろうとするルックの服を掴んで、ロッテが無理矢理ルックをそこに留まらせる。
振り返ったルックが、あからさまに嫌そうな視線をロッテに向けた。



「話くらい聞いてくれたっていいじゃないー!」

「そういうなら、君だって僕の話くらいちゃんと聞きなよ・・・・」

「え?ルック何か言ってた?」

「・・・・・・」

「だからどうして行っちゃうのよーー!!」



必死にルックを引き戻すロッテに、もはや逃げようとするのは無駄だと悟ったのか、
盛大なため息をついて、ルックがもと居た窓辺まで戻ってきた。
そして、植木鉢を見下ろすような形で壁にもたれかかったのを見て、
ロッテが満足そうに、にこりと微笑んだ。



「この前バラのお手入れのお手伝いしたらね、お礼に、って言ってくれたんだ」

「暇だね、君も」

「綺麗だったよー、バラ。
・・・・ちょっと失敗して、腕とか傷だらけになっちゃったんだけど」

「トゲくらい避けなよ・・・・・」

「それで、綺麗な花が咲きますよって言ってたから、早速植えてみようって思ってね。
マリーさんに頼んで植木鉢探してもらって、イワノフさんに頼んで絵描いてもらったの」

「へえ・・・・・」



確かに言われて見れば、植木鉢には綺麗な絵が描かれている。
だからどう、というわけではないのだけれど、確かに見栄えはよくなっている・・・のだろう。



「何の花の種なのかは聞かなかったから、どんな花が咲くかはわかんないんだけど・・・。
でも、逆にその方が楽しみだよね。どんな花が咲くかなって、すごく楽しみなの」

「花なんか、手入れが大変なだけだろ」

「そうかもしれないけど・・・・楽しいよ?」

「どこが」

「早く花が咲かないかなーって考えながら水あげたり。
どんな花が咲くのかなーって考えながら肥料あげたり。
見てるだけでも楽しいもん」

「暇人・・・・・」

「ふーんだ。暇人でいーもん」



そう言って、拗ねたようにそっぽを向いた。
そんな様が可笑しくて、ロッテに聞こえないように、ルックが小さく笑う。



「とにかく、私はすっごく楽しいんだから!邪魔しないでよね!」

「別に邪魔なんかしてないだろ」

「どこがよー。さっきから文句ばっかり言って・・・・・。
・・・もしかして羨ましいの?」

「全然」



少し上目遣いに聞いてきたロッテの言葉を、ばっさりと切り捨てる。
しかし、切り捨てられた方のロッテはというと、心なしか目が輝いて・・・・。
瞬間、嫌な予感がルックの脳裏を駆け巡った。



「なーんだ、だったらそうだって言ってくれれば良かったのに!」



予感的中。
楽しそうな表情に負けないほど明るい声で、ロッテが言った。



「羨ましくない、って言ってるだろ。聞きなよ人の話」

「大丈夫大丈夫。実はね、まだ余ってるんだよ、種!」

「何が大丈夫なんだよ。僕は別に・・・・」

「植木鉢まだ余ってるかな?あ、でもあれが最後の1つだって言ってたような・・・・」

「ロッテ」

「割れたお碗とかならあるかな?あ、でもそんなのじゃ花が可哀想かな・・・・」



もう彼女は止まらない。
ぶつぶつと思考錯誤を繰り返す彼女に届く言葉は、もうない。
逆に今なら逃げられるかもしれない。
そんなことを思って、バレないようにそっとその場を離れ――ようとした。けれど。



「よし、決めた!」



ルックが逃げるより先に、自分の世界から帰ってきたロッテは、楽しそうに言った。



「このお花、一緒に育てよ、ルック!!」

「・・・・・・は?」

「種はあるけど、植木鉢が無いんじゃだめでしょ?
だから、新しい植木鉢が見つかるまで、一緒に育てようよ」

「別にいらない」

「植木鉢いらないの?じゃあ、ずっと一緒に育てる?」

「そうじゃなくて・・・・」

「あ、そっか」



ロッテが納得するように手を叩いた。



「2人で一緒に見たほうが、お花、ずっとずっと綺麗に見えるよね!」



そう言って、楽しそうに笑った。



「じゃ、さっそくお水をあげよう!」

「1人でやりなよ」

「それじゃ一緒に育てた事にならないでしょー?ほら、早く早く!」

「服、引っ張らないで欲しいんだけど・・・」

「ちゃんと付いて来るって約束したら離してあげる」



楽しそうなロッテを止める術はもうなくて、
仕方なく、と言った風に、服を引っ張るのを止めたロッテの後ろを、ルックがついていった。
時折、窓辺に置かれた植木鉢を振り返りながら。




まだ見ぬ君を思いながら、2人で世話をするのも、いいかもしれない。






FIN.


うちのロッテは暴走娘(爆)
思い込んだら人の話を聞かない節があります。まあいいか(よくない)

『まだ見ぬ君へ』という歌を聴いて書きたくなったのよぅ!
槙原ーー!!やっぱり好き!!大好きだ、この人の歌!!
特に初期のやつがね!大好き!!

ぢつはこの話、ルクロテ坊(坊ロテルク?)っぽい続きを考えていたりするのですが・・・・。
・・・・読みたい?(聞くなよ)(笑)