晴れた日は窓を開けたくなる。
ついでに昼寝がしたくなる。
布団を干したいとも思う。
同時に思いついて、どっちにしようか悩んでしまう。
結局は、どっちもしないことが多い。
そんなことはどうでもよくて。
「今の自分を作ったのは、
なんでもない日常の積み重ねだと思ったこと、ない?」
すっかり暖かくなってきた日差しを日誌で眩しそうに遮りながら唐突に呟いた有希の言葉に、隣にいた不破が眉間にしわを寄せて首を傾げた。
脈絡のないその言葉に、不破からそんな反応が返ることは当然予想済みで、特に気にする様子もなく日誌を開きながら、だからね、と有希が呟く。
「雨より晴れが好きだわ」
だって、雨が降ってると部活が中止になるから。
有希が言った。
「雨が嫌いなのは、雨の日は部活がないって知ってるからよ。だから私は晴れてる方が好きなの」
「・・・わけがわからん」
「雨なんて、なんでもない日常のどうでもいい一面でしょ?」
天気なんて勝手に移り変わって。
晴れた後は必ず雨が降って。
あんまり降らないと節水とか呼びかけられて。
なんでもない日常のどうでもいい一面にしかすぎないのに。
私は雨が好きではない。
だって、サッカーが出来なくなるから。
雨が降ると、サッカーが出来ないって知ってるから。だから。
「私を作ったのは、どうでもいい日常の積み重ねなのよ」
例えば、いつまでも寝ていたいと思うのは、
朝起きるのが辛いのを知ってるから。
例えば、晴れた日に寝坊がしたくなるのは、
それが気持ち良いって知ってるから。
例えば、晴れた日に布団が干したくなるのは、
干した後の暖かさが好きだから。
例えば、近所の犬に近付かなくなったのは、
行っても相手してくれないってわかったから。
例えば、小テストがあったりする前日に勉強するのは、
何もしなかったら結果が怖いとわかるから。
なんでもない日常を積み重ねていくうちに、ひとつひとつ何かを学んでいて。
その分ちょっとかしこくなって。
やらないこととやりたいこととやりたくないこととやらなければならないことがわかってくる。
今の私を作ったのは、そんな日常の積み重ね。
覚えてもいないような過去が、形となってどこかに残っている。
「今不破と話してる時間だって、いつかの私を作るのよ」
「そうなのか?」
「多分ね。不破は、こんな風に思ったりしない?」
有希の問いかけにしばらく首を捻って、不破が唸った。
数秒たって、思い当たる節がなかったのか、無いと簡潔に一言言って、首を横に振った。
「そんなことないわよ、例えば・・・・・・」
不破の返事に不服を示し、有希が手にしていた日誌をぱらぱらとめくった。指が止まったその先には、とある夏の日の日付が書かれている。
「7月10日、不破大地無断欠席」
「・・・・・・」
「追記、委員会のため欠席」
「・・・あの時は、あそこまで長引くとは思わなかったからな」
「大変よね、委員会。で、その後は委員会がある日は、あらかじめ誰かに言うようになったわよね」
「またいつ長引いて部活に出席できなくなるかわからないからな」
「ほら、成長してるでしょ?」
「?」
「『委員会』っていう日常から、ひとつ学んで賢くなった」
「・・・・・そういうものなのか?」
「そういうものなんじゃない?」
そう言って、日誌をぱたんと音を立てて閉じた。
そろそろ、部員も全員集まる頃である。
「少なくとも、今ので不破は、またひとつエラくなったわね」
「小島も」
「ん?」
「小島も、今の会話でどこか成長した部分があるのか?」
「私?私はないと思うわ。少なくとも今は」
「?」
「だって、もとから知ってることだらけだったもの」
「どういう・・・・・」
「例えば」
問いかける不破の言葉を遮るような形で、有希が口を挟み、
ふざけるように人差し指を立てて、不破に付きつけた。
「何で不破にこんなこと言ったかっていうと、
あんただったら真面目に聞いてくれると思ったからよ」
なんだかんだ言って人付き合い良いの、知ってたからね。
そう言って、口の端を少し上げて、にっと笑った。
「さて、そろそろ部活始めましょーか」
そう言って、軽く伸びをするように腕を空に上げてから、
有希が集まり始めた部員の輪へと駆けていった。
置き去りにされた不破は、対処に困って黙り込んでいた。
fin?
私が小説が好きなのは、喜んでくれる人がいると知ったから。
私が絵が描けないのは、小学生の頃色彩を咎められたから。
私が歌が好きなのは、大好きな先生に褒められたから。
スキもキライも、作るのは何気ない過去の日常なのですね。
自分自身がアルバムみたいな感じだろうか。そんな感じ。