雨は、降らない。
いっそ降ってしまえばいいのにと思うほど、
暗い、黒い雲なのに。

音を成して動く風。
それ以上は、声をあげないで。


他の音が、声が。
聞こえなく、なるから。








[[[ The sound of silence ]]]









窓から離れて、少し息をつく。

孤独を紛らすために、
何となくかけた曲をろくに聞きもしないで、静かに腰を下ろす。

見つめる先には何も無いのに、目的もなく開かれる瞼。
理由は無い。
ただ閉じる気になれなかっただけ。
冴えた目を、開け放つ窓からの冷え切った風が、一層に冴え渡らせる。
でも、閉じる気は無い。
聞こえなくなるから。

ただでさえ小さく、呟く声が。



訳も無く気分が落ちる。
暗い、暗い部屋にいる所為でもあるだろう。
今、私の中に笑顔は無い。
浮かぶとしても、きっとそれは偽り。
ぎこちなく止める表情など、見たくは無い。


きっかけは声。
小さく、でもしっかりと私を呼ぶ。声。
その一言が聞けたなら、私はいつもの自分に戻れる。そんな気がした。


今日来てくれるとは限らない。
呼んでくれるという確信は無い。

でも、心は信じていた。





「来る・・・よね。絶対。」



そう呟き、窓枠を枕に目を閉じた。
耳を澄まして。

他に音はいらない。
ただ一言でいいの。
ただ一言、名前を呼んで。
微笑んでくれたならそれでいい。


そうすれば、私も笑い返すから。




まだ来ないその時を待ちながら、冷たい風に吹かれ続ける。
もし眠りに落ちそうになったとしても、風が私を起こしてくれる。
眠ってしまえば、会えないから。

夢の中で会えたとしても、それは本当ではないから。







カチコチカチコチ・・・・・
時計が単調に時を刻む。
10分・・20分・・30分・・・・・
どれだけ待っても、待ちつづけても、声は聞こえない。


周りを取り巻くのは、音。

ろくに耳には入らないのに、ただ身体を取り巻く。
窓からの風も気にならなくなるほど、すでに部屋は冷え切っている。
裸のまま投げ出された足が、指先から徐々に感覚を失っていく。


このままいつまで待てば、聞けるのだろう。声を。

確信はない。
でも信じる。


単調に、でも確実に刻む時が、私一人を取り残す。

過ぎて行く時間が、早い。でも遅い。
来てくれると信じていられるなら、時の流れは遅い。
でも、一片でも信じられない心があったなら、時の流れは早すぎる。

早くしなければ、終わってしまう。一日。
このまま、明日を迎えるのだろうか。





「・・・・・バカ。」



呟かれた言葉は、ただの逆恨み。
今日来るとは聞いていない。
それでも訪れる事を信じ、勝手に裏切られた気分になっている、
ただの逆恨み。


それほどに部屋は冷たかった。
主の心を、写すかのように。



逆恨み。
そんなの、わかってる。
誰も悪くなんかない。

でも恨ませて。来ないことを。




見下ろす道は、時々風が通るのみ。
ただでさえ、普段から人通りの少ないその道。
今日は特に、人の気配を感じさせない。

冷たい灰色が、今日はやけに暗く見えた。




気分で、周りが暗く見えたりするものなのだろうか。


そんな事を思いながら、今度は落ちない程度に身を乗りだして空を見つめる。

まだ泣かない雲、空。
どうしてそこまで堪えるの?
いっそ泣いてしまえば、楽かもしれないのに。


まるで自分に言い聞かすように、心の中で呟く。
泣けない自分の代わりに、いっそ泣いて欲しかった。



一人でいるのは嫌だった。
ならば、会いに行けばいい。
でも、今日は予感があった。
来る。そんな気がしたから。

待っていたい。
その気持ちだけは本当。

なら、待ち続けよう。




辿り着いた結論。


来る。
きっと来る。

なら、私は待っていよう。




耳を澄まして。
音だけ聞いて。

目を閉じて。
声だけ聞いて。


私を笑顔にしてくれる。
きっかけは声。

私を呼ぶ、声。








「風子。」






そう、きっかけは。 声。







「・・・みーちゃんっ」



優しく微笑んで、私を見上げる
貴方の名を呼んで、私も微笑む。



ただ一言、名前を呼んで、微笑んでくれたから。
私は微笑み返す。
最高の、笑顔で。







雲は、泣かない。哀しく、ないから。





FIN.





モドル