賑やかな商店街。
時間が時間なだけに、人の波はどこまでも絶える事はない。


何故自分がここに来たのか。
別に対した理由じゃない。

ただ姿が見えたから。
ほんの一瞬。
その姿を追って、ここまでやって来た。



一つ、答えが欲しくて・・・・








 [[[ 
絆という名の繋がり ]]]










「陽炎。」


突然呼ばれた自分の名。
かき消されそうな小さな声に、後ろを振り向く。

見つけたのは、この場所に似つかわぬ学生服。
長い髪を風に揺らしながら静かにこちらを見つめる、水鏡の姿。


「あら、水鏡君。
 めずらしい場所で会ったわね。」


袋を手に提げ、にこりと微笑む。

いつもと変わらぬ、落ち着いた服装。
薄暗くなっていく周りに、溶け込んでいるように思えた。


「どうかしたの?
 水鏡君も買い物?」


そう言いながら人の流れに逆らう形で、水鏡に近づく。
通りにくそうに脇を通る人々の表情に、
どこか場所はないものかという様子で、陽炎が辺りを見回す。


「今・・・。」


そんな陽炎の様子を気に留めず、水鏡が静かに話し出す。


「今、ちょっといいか?」














「これでよかったか?」


後ろからコーヒーの缶を差し出す。
それを陽炎が振り向く形で受け取り、再び前を向く。


場所は街頭の灯りが目立ち始めた、公園のベンチ。
ありがとうと呟く陽炎の隣に、水鏡も腰掛ける。


「別に気を使わなくてもよかったのに・・。」


遠慮がちに口をつけながら、悪そうに水鏡を見つめる。


「それはこっちのセリフだ。
 無理言って連れてきたんだ・・、おまえが気にする事じゃない。」


陽炎の方を見ずに、そう言い捨てる。


あの後、不思議そうに首を傾げた陽炎に何も言わず、ここまで連れてきた。
何故自分がここに連れてこられたのか、
恐らく、それすらもわかっていないはずである。

それは、きっと自分すらもわかっていない。
一人で悩む事が苦しくて、誰かに答えを教えて欲しかった。
そんな思いが、自分を動かした。
それくらいのことしか、水鏡にもわかってはいなかった。


いざとなると、話す順序がわからない。
何から言えばいいのか。
自分が・・何が言いたいのか。
何も整理がつかない状態。
今までにない、混乱状態である。



「何か・・話があるんでしょう?」


突然呟かれた言葉に、多少戸惑いを覚える。
何もかもを見透かしたような瞳に、疑問の視線を投げかける。


「そんな目をしてるわ。」


優しい笑顔で微笑んだ後、少し表情を変えて、再び水鏡を見つめる。


「あなたは一人で何でも抱え込みすぎてるわ。
 一言でも・・、ただ一言だけでも話せば楽になれるものよ。
 私でよければ・・・、相談にのるから。」


安心出来るどこか優しいその話し方に、少しだが心が和む。

まるで今の水鏡の気持ちを感じ取り、
それを己の苦しみであるかのように思わせる、苦しい表情を水鏡に向ける。




考えるだけで息苦しくて。
一人で居る事を、激しく拒絶し始めた最近の自分。

それはきっと、不安がそこにあったから。


起きることなど、無いはずだった。
何故現れたのかすらも理解出来ない、極度の不安。
苦しくて苦しくて、何処か怖かった。
口に出せなくて、溜め込まれたその思い。
やがて膨らみ、もう抑えきれない程に膨れ上がってしまった。

ただ一言、漏らすだけで楽になれるのだろうか。




「いつまで・・・。
 このままでいられるのだろうな。」


やっと吐き出した言葉は、隠す事の出来ない本音。


永遠なんて信じない。
ずっと同じものなんてありえない。
そう、思っていた。

それでも、「このままでいたい」と思うのは、何故だろうか。


言葉の意味を理解出来なかったのか、
陽炎が不思議そうな面持ちで水鏡を見つめる。
ずっと虚空を見上げたままの水鏡がそれに気付き、
複雑な表情で再度、分かり易いように言いなおす。


「いつまで、火影という輪の中に・・・。
 あいつらと居続ける事が出来るのだろうな。」


一人でいることが当たり前だった数年、数ヶ月前。
それを打ち壊し、「誰かが必ず傍にいる」という新たな『常識』を、自分の中に埋め込んだ。



何かを求める分だけ、弱くなってしまったのだろうか。

今は、一人になることが怖いと思うまでになった。
取り残される、忘れ去られる、恐怖。
自分という存在が、消えてしまうような気までした。


今までにない、哀しい表情。
街頭による逆行で、顔まではよく見えなかったけれど、
哀しい、ただ哀しい感情が流れこんでくる。


「それは・・・。」


曖昧な返事を、今は絶対に返してはいけない。
言葉を選んできちんと、答えなければいけない。

それほどまでに真剣な雰囲気が辺りに漂った。


「あなたが望む限りずっと・・・。
 ずっとだと思うわ。」


一瞬、空気が揺らいだような気がした。


その言葉に、微かな反応を示しただけで、水鏡は前から視線を移そうとしない。
そのことを承知の上で、陽炎が続けて話し出す。


「昔・・・、母親に言われた事があったの。
 『形あるものは、いつかは壊れてしまう』と。」


それに纏わる話でもあるのか、
哀しそうに彼方を見ながら、少し呼吸を置いて続ける。


「ねえ、水鏡君・・。
 あの子達の間に・・・、カタチを成せる繋がりがあると思う?」


逆に問いかけながら、答えを待たずにさらに続ける。


「『一緒に居たい』とか、『一緒にいると楽しい』とか・・。
 そう言った感情は、カタチには出来ないでしょう?」


答えが見え始めた言葉に、陽炎の表情に輝きが戻る。


「だから、きっと壊れることは無い。
 あなたが望む限り、あの子達はそれに答えてくれる。
 カタチに出来ない・・・、思いがある限り。
 それはきっと、壊れない。」


いつも一緒にいるのも、理由があるからじゃない。
それはきっと、気持ちが先に動いて、そこに導くから。
それが強まれば、仲間にも友達にもなれる。
強まる事はあっても、立ちきれる事の無い、絆。

それを言い終えると、陽炎は前を向いた。
そして、今までで最高の笑顔で、水鏡の目を見つめる。


「きっと大丈夫。あなたなら・・、あなた達なら!」




ただ一言で、これほどまでに安心出来るものだろうか。
心の支えがあるかないか。
たかがその違いで、これほどには気の持ち様が違うのだろうか。




一緒に居たいから

一緒にいると楽しいから



言われなければわからなかった、単純な気持ち。
その単純な気持ちが、すべてを動かすこともある。
それが、きっと今なのだ。
それを忘れさえしなければ、何が起こってもきっと、大丈夫。


不安は、幸せな時ほど見えてくるもの。
だからもう少し、周りを見つめてみなさい。

最期にそう付け加えて、陽炎は空を見上げた。


「すっかり暗くなったわね。
 月がきれいだわ・・・。」


ゆっくりと立ちあがり、まだ動かぬ水鏡に話しかける。


「まだ、不安が続くなら、
 本人達に同じ事、話してみたら?
 きっと同じような答えを、言ってくれるから。」


冗談ぽく笑いかけて、時計を探して辺りを見回す。


「それも・・。」


やはり下を見ながら、水鏡が口を開く。
一言言いかけて、もう一度息吸い、言いなおす。


「それも、面白いかもな。」


やっと上げた顔を、慣れない様子で笑顔に変える。

きっと、見つけた答え。
不安はある意味、幸せだから。
幸せな時にやってくる、意地悪みたいなものだから。
少しくらいあったほうが、実感できるのかもしれない、今の自分の幸せを。





重い重い、絆という言葉。
でもそれは、簡単に出来てしまうものなのかもしれない。
簡単で単純な思いがあれば、成せるものかもしれない。
カタチじゃなくて、思いとして。
いつまでも続く、繋がりになってくれるから。




 きずな【絆】
  たちきることのできない、人間どうしの、つながり




 

 

モドル