「全部・・・夢だったら。いいのにな」





いつもなら聞くことのない。弱い言葉が漏れた。













[[[
決意 ]]]












「・・・どういうことだ?」



少しずつ暗くなり始めた道。
火影屋敷からの帰り道。
前を行く土門と小金井から大分離れたところで、小さく風子は呟いた。
それを聞き逃さず、水鏡が言葉を返す。






「目が覚めたら、全部夢で・・・。
森とか、そんなのも全部夢の中のことでさ、現実じゃないの。
そしたら・・・、こんなことになんなかったのになーって。思ったの」




歩幅は少し小さく。
ゆっくりと歩いて、下を向く。
水鏡の顔は、見ないようにして。




「・・・おまえの口から、そんな言葉を聞くことになるとはな・・・・」

「だってそうじゃん」




少しきつく、声を荒げて言葉を遮る。
ほんの少し、驚いたように水鏡が黙る。



「だって、そうじゃん。
風神の小玉も全部使っちゃって・・・・・このままじゃ、自分さえ守れるかどうかもわかんないのに・・。
そんな時に柳が捕まって・・・・。助けてあげられるかも、わかんないんだよ?」









『烈火・・・悪かったな・・・・・・・・・・・・』












『その時に・・・・・・・・・・・・私と土門もいたら・・・』




『もしかしたらこんな事にはなってなかったかもしれない・・・・・・・・・・・・』










つい先ほど、烈火に言った言葉。
決して嘘ではない、心からそう思った。



でも、どこかで違う私が叫ぶ。







『今の私に、何が出来る?』







風神が使えない。
力が半減する。いや、それ以上に・・・。
そんな状態で、何をするにも力不足だ。


だったら、共に行く事すら、足手まといとなるのだろうか?








「いっそ、全部夢なら。楽なのにな・・・・」



そう思ってしまうのは、逃げ・・なのだろうか。


でも、やっぱりそれは本音で。
穏やかでなくても、平和な毎日が送れたらと願う。
いっそ夢なら。そう、願いたくなる。

いっそ夢なら、楽なのに。と







「もし、全部夢なら・・・・」


ずっと黙って聞いていた水鏡が口を開く。
突然の言葉に、風子の思考はストップする。
そして反射的に振り返り、続く言葉に集中する。



「もし、今までのことが全て、夢だったら・・・・」





そう、夢だったら





「出会えなかったヤツも、いるんじゃないのか?」




意外な言葉で、数秒反応できなかった。




「な・・んで?」



ようやく辿り着いた言葉も、上手く言えない。

思いつくこともなかった言葉が、なかなか理解は出来なかった。
ただ、前みたいにはしゃげたらと思った。
誰も苦しまないで、笑えたらいいと思ってた。
それだけだったから。



混乱したような素振りの風子も気にせず、淡々と、水鏡は言葉を続ける。



「森がいなければ、麗はなかった。そうなれば、小金井とも会うことはなかった。
空の連中もそうだ。裏武闘殺陣自体、存在しないことになるからな。
それに・・・・」





やはり困惑の瞳の風子を見据えて、少し黙る。
少し考えて、また、言いなおす。




「それに、下手したら・・・・・・僕と会うこともなかった」





何故か直視できなかった目を、思わず見つめる。
少しだけ悲しそうな、寂しそうな表情で、尚、水鏡は続けた。





「陽炎が・・・会わす理由がなくなるだろう。
そのまま、・・・なんの接点もないまま、出会わなかったことになるんだ」





伏せていた顔を上げて、視線を合わせる。




「それでも、夢の方がいいのか?」








夢であったなら、きっと当たり前過ぎる毎日に飽き飽きしていただろう。
でも、それが幸せというのなら、そうだったかもしれない。



でも、夢なら、すべて夢なら、きっと会えなかった。

こうしている事もなかった。


何かの偶然で出会っても、きっと、冷たい態度であしらっていた。










風子を見つめる視線は優しくて、でも悲しそうだった。
風子も、どう答えればいいのかわからなくなり、少し黙り込む。









全部・・・全部夢だったら、きっと楽だよ。
普通に学校行って、当たり前の毎日送って・・・。



でも、夢だったら、会えなかったの?

こうやって、一緒に歩けなかった?


もし仮に出会っていたとしても、ここまで強い絆なんて出来なかったかもしれない。











それは・・・やっぱりイヤかな・・・






やっと辿り着いた答えに、少しだけ笑んで、悪戯に笑う。



「・・・・森とか関係なしに仲良くなれた・・とか」

「・・・随分と、都合がいいんだな」



呆れたようにため息をついて、少しだけ笑う。
それを見て、吹き出したように、風子も笑う。









「無事に助ければいいんだろう」





少しだけ笑い合って、それが収まった頃、
静かに、低い声でそう言った。



「無事に助けて、また行けばいいだろう、学校でも何でも・・・。
そうすれば、全てが夢である必要もなくなる」




視線を決してあわさずに、自分に言い聞かすように、水鏡は言う。




「・・・そうじゃないのか?」



確かめるように呟いて、そして視線を宙に泳がせた。










「そう・・・だよね。うん」



誰にともなく、自分にそう言い聞かせて、まっすぐに前を向く。




「そうだよね!絶対、柳助け出してさ、そんで・・・・行けばいいんだ、学校とか。
全部夢だったら楽かもしんないけど、会えなくなるのは嫌だよ、やっぱりさ」




力強くそう言って、めいっぱい笑う。
風子の言葉に、小さく言葉を返して、水鏡が歩き出す。








3日後、もう・・・逃げない。




決意を胸に、風子も後を追う。














夢であるように願っても、何にもならない。
例えば夢であったとしても、楽になれるとは限らない。
失うことなく、得ることが出来ず、きっと後悔した。



もう、逃げないよ。
現実から。きっともう、逃げないから。







FIN.

モドル