突然始まった全てのゴタゴタが片付いて、いったい前と、どう変わった?













[[ 
変わらない日々 ]]













寝ぼけた頭で目にした時計は、
めざましをセットした時間よりもおおよそ30分遅い時刻を差していた。

いつものように、“あと5分”が5分で終わらない二度寝。
少し前の、ゴタゴタが始まる前なら、豪快な父親が部屋に飛び込んできて、
その部屋の主にプロレス技をかましていることだろう。
しかしいつからか、“あと5分”が30分ほど延びた頃、プロレス技の変わりに下階から彼を呼ぶ声が聞こえるようになった。








「烈火、起きなさい。遅刻するわよ!」




下からの母親の声に反応して、部屋の主―烈火はのっそりとふとんから体を起こした。
時計の針は遅刻寸前。だけど、何故か慌てる気にはなれなかった。
のろのろとした動きで完全に布団から体を出し、同じくのろのろと制服に着替える。
昔は、そんなにのろのろとした行動をしていたなら、問答無用でヘッドロックだったに違いない。


それなのに、こんなに穏やかな朝を迎えるのがいつのまにか普通になっていて、
いつかのような騒がしい朝の怒涛が、ひどく懐かしく思えた。










「おはよう、烈火。ほら、早く朝ご飯食べなさい。遅刻するわよ」




眠い目を擦りながら部屋に入ると、優しい笑顔で迎えてくれる母親がいた。
その後ろには、しっかり朝食のセットされた食卓と、そこに座る父親。



こんな穏やかで静かな朝を・・・。再び、烈火は思った。

少し前は、毎朝が戦争で。
その日の食事の確保は命がけだった。
というと大げさかもしれないが、不思議とそんなことを思い出して、苦笑を洩らす。



時計に気を取られながら、掻っ込むように朝食を食べる。
隣で新聞を読んでいる父親が、時々からかうように烈火に声をかけた。
前はそんなことがあったらどうなっていた?
きっと、平穏無事には済まなかったに違いない。




無事に済んだ朝食に、静かにごちそうさま、と告げて、烈火は家を出た。




いってきます。と言って、いってらっしゃい、と返る。
そんな当たり前の事さえ、以前はもっと派手だった。と振り返る。
今しがた出た玄関に見えるのは、母親の笑顔。
随分昔に思えるいつかの登校時。聞こえたのは、とっとと行け、という父親の声。
何が違うのか。何か違うのか?



抱える疑問に頭を悩ませながらも、遅刻覚悟で全力疾走。
そして1つ思い出す。いや、きっとずっと知っていた事。それを、今更に思う。













うちの住人は2人増えて、1人減ったんだ。






1人足りない。穏やかな朝。

































キーンコーン・・・・・




始業を告げるチャイムが、無情にも教室一歩手前で鳴った。
久々の登校で、いきなり遅刻。
きっと担任は、呆れた顔で遅刻の欄にしるしをつけているに違いない。

別にそんなことには慣れっこだったけれど、今日は何故か今から教室へ行く気にはなれなくて。
自然と足は、屋上へ向いた。










この階段を、いつから上るようになった?

前とは違う、あいつらと。





なるべく足音を立てないように、ゆっくりと階段を踏んでいく。
いつかはあいつから逃げてこの階段を駆け上り。いつかは、あいつのためにパンを抱えて駆け上った。
十数段上った先に見える扉を上げれば、そこにはいつも、同じ顔がいた。







それがフツウになったのは、いつからだった?
















どこかのクラスで授業をしている教師に聞かれては面倒だ。と、
扉を目の前に、ゆっくりとなるべく音は立てないように開ける。
それでも小さく軋む扉が、いつもより、不思議と重かった。















授業に出たくないとき。いつでも教室を抜け出してくる屋上は、1人だった。
寝転がって、空を眺め、ゆっくりと目を閉じる。
そしていつのまにか眠って、終業のチャイムで目覚めるのだ。



それが普通だったのは、いつの頃だろう。
今では、例えそれが授業中であっても、扉の向こうには、いつものあいつらがいる、と思ってしまう。




いるはずが、ないのに。









そう思って、扉を少し力強く押して、開けた。






























「何、あんたも来たの?烈火」









初めに目に入った、眩しいくらいの青空に気を取られていると、思いもしなかった声が降り注いだ。
扉のすぐ隣の壁に寄りかかる、風子の声。






「これで結局全員だな」





フェンスにもたれるように座り込んでいた水鏡が、驚く烈火をかまいもせずに言った。





「でも意外だよな、柳まで授業サボるなんてよ」





風子の傍に座っていた土門が、けらけらと笑いながら言った。





「もー!何度も同じこと言わないでよ、土門くん!」




扉の陰に座っていた柳が、訴えるようにそう言って、その様を見て、全員が笑った。


















「なん・・・・だよ、お前ら・・・・・・・」





中途ハンパに開いていた扉を全開にして、陰に隠れていた柳の姿も確認して、
烈火が途切れる言葉を、少しぎこちない笑顔を浮かべて続けた。






「似たようなこと、してんなよな」





そして、にっと笑って、へん、と鼻を鳴らした。
風子が、水鏡が、土門が、柳が、それを見て、また笑った。
















いつからか普通になったこの風景は、きっとこれからも巡り続ける。

1人消えたそれを、なくしたとは思わずに。心の中には留めておいて、変わらない日々は巡る。



時は、紡がれる。

どこにいても、いつにいても。同じ、時を。






FIN.

フィンとこの感謝祭に贈りつけた作品第1弾。
ああああ、小金井ーーーー!!!(死)



モドル