[[[ 髪の長い人達 ]]] 横を歩いていた兄が無言で足を止めたことに気付いたのは、 兄に合わせた歩幅でおおよそ4歩進んだあとのことだった。 ふと気付くと、隣で歩いていたはずの兄の姿が無い。 驚いてきょろきょろと辺りを見まわすと、後方2mにも満たない場所に彼の姿はあった。 いつもなら覗きもしない、 気にも留めずに通りすぎてしまうような小さな雑貨店のショーウィンドウ。 その中を凝視するようにじっと見つめる兄の顔は、 真剣そのものというよりは呆けているようにも見えた。 ただぼんやりと、目標物を見つめている。 何かを思案しているようにも見えるし、ただ見つめているだけのようにも見える。 どちらにしても一向に動く気配を見せない兄の態度に痺れを切らして、 彼は兄の横まで歩いてきて、同じようにそのガラスケースを覗き込んだ。 「何見てるの、兄さん」 屈むようにして多数並ぶ商品を見渡すようにしながら問いかけた。 ああ。と生返事を返して、視線を動かさずにエドワードがこつこつとガラスを叩く。 その指がさすおおよその位置にある商品は―――シンプルなデザインの、銀色をした髪止めだった。 「髪止め?」 「まあな」 「買うの?」 「うーん・・・・・・・」 純粋に問いかけると、エドワードは悩むようにその場にしゃがみ込んだ。 別段高い買い物ではない。 無駄遣い・・・・といえる代物かもしれないが、 こつこつ節約しなければならないほど旅費に困っているわけでもない。 だから、この商品を買う事に特に反対する気はなかった、けれど。 似合わないと思うけどなあ・・・・・・。 兄、エドワードがあの銀の髪止めをつけてあのおさげを上げている姿を想像して、 声に出さずにアルフォンスが苦笑した。 「随分伸びたしね、髪」 「そうかあ?見た感じ、そんな変わらないと思ったけどな」 相変わらずしゃがみこんで、間近でそれを眺めながら、エドワードが答える。 器用に結われた彼のおさげは、 日を増すごとに長くなって、気がつけば段々と結われる段の数も増えている。 見れば、髪が伸びている事など一目瞭然なのに・・・・。 やはり毎日見ていると、そういうことにはなかなか気付かないのものなのだろうか。 アルフォンスの中に、少しばかりの疑問が生まれた。 「やっぱり、髪が長いと何かと不便なんだね」 「つーか、髪上げてる方が動きやすくていいんだろ。たぶん」 言って、悩むようにエドワードが俯きながら、唸った。 随分と悩んでいるらしい。 今まで、こんな小さな買い物1つでここまで悩んだ兄の姿は見た事が無かった。 どちらかと言うと物には無頓着なほうで、 要る・要らないは即座に決めてしまうことが多かったのに・・・。 いつにない兄の姿に、アルフォンスが小さく首を傾げた。 というか、それ以前に何やら会話がうまく噛み合っているようないないような・・・・・。 「確かにそうかもしれないけど、僕やっぱりやめといたほうがいいと思うなあ」 「そうか?結構似合うと思うんだけどなあ・・・・・」 「そうかもしれないけど、今のままでも十分だよ」 「でも、今のやつ結構長く使ってるだろ。 これもそんなにおかしなデザインでもないし・・・・・」 そう語尾を濁したエドワードの言葉を最後に、その場にしばし、沈黙が流れた。 何かがおかしい。 今までもどこかはおかしかったが、微妙なラインで会話は成立していたはずだ。 しかし、今のは根本的などこかで、違った方向に会話が向いている。 しばし理解しようと頭を働かせて、そして諦めて。 アルフォンスが、重い口を開いた。 「・・・・ごめん兄さん。何の話してるのかわからないよ」 「アルこそ何の話して・・・・・・。」 そこで初めてお互い顔を見合わせて、そして悟った。 「あ、もしかしてホークアイ中尉?」 「まさか、俺がつけると思ったのか?」 気がついて、同時にそう言った。 お互い顔を見合わせて、呆けている姿が可笑しかった。 どちらからともなく笑い出した彼らに、通行人からの視線が集まる。 「うん、兄さんがつけるのかと思ってびっくりした」 「何か会話が成り立ってないと思ったんだよな」 「兄さん、ホークアイ中尉のこと言ってたんだね」 「まあな」 そう言って、エドワードがまたガラスケースに視線を落とした。 ほんの少しだけ、眉間にしわを寄せるエドワード。 よほど悩んでいるらしいのも、自分のものではなく、他人にプレゼントしようと思っている故なのだろう。 普段から『プレゼント』などということをあまりしない彼にとっては、それは何よりも難解な問題なのだ。 ところで。 「ホークアイ中尉って、誕生日近いの?」 「さあ。そもそも誕生日とか聞いたことないからな。わかんね」 「じゃあ何で?」 「何が?」 「何かお祝い事って他にあったかな?」 「だから何が?」 アルフォンスの言葉に、きょとんとして答えるエドワードに、 逆にアルフォンスの方が首を傾げてしまう。 「だって、何かお祝いするようなことがあるから何か贈ろうとしてるんじゃないの?」 「いや、別に・・・・・。ただ似合いそうだなーと思って」 「・・・・・・・それだけ?」 「へ?ああ・・・・・・」 何かおかしいか?と言いたげな表情を浮かべるエドワードがおかしくて、 悟られないようにアルフォンスが笑った。 普段から、何かの行事があっても誰かに何かを贈るなどという行為をしたことのない兄が、ただ『似合いそうだから』という理由だけで、彼女に対してプレゼントをしようと考えている。 本人は気付いていないようであるが、彼にして見ればそれは意外な行動。 「ふーん・・・・・・」 「何だ?何か良いものでも見つけたのか?」 「ううん、何でも無いよ」 垣間見た兄の意外な一面が何だか嬉しくて、自然と声のトーンが上がる。 何でも無い、と誤魔化しては見たものの、兄の表情は怪訝としていた。 「買ったら?」 「でもなあ・・・・・・」 「中尉、きっと喜んでくれると思うよ」 「本っ当にそう思うか?」 「もちろん」 そう、断言してみる。 悩んではいてもいっこうにここを立ち去ろうとはしないということは、 心の半分以上は買おうという意思に傾いているということ。 だから、少し背を押してやればきっと決心がつくだろうと思った。 その予想通り、アルフォンスの言葉を十分に耳で聞き頭で吟味する間を取ってから、 すっくとエドワードが立ち上がり、目配せをしてその店の扉に手を掛けた。 アルフォンスは、見るからにスペースの少ない店内に共に入る事はやめて、 外から中の様子を覗く事にした。 軽くペイントや宣伝が施されたガラス越しに見える兄の姿は、 ほんの少しではあるけれど照れが見えるような気がした。 そのことが何だか楽しくて、通りすぎる人の視線にもかまわずに、声を上げて笑った。 数日後、ホークアイ中尉の髪には、綺麗な銀色が光っていたらしい。 FIN.
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