陽子、と呼ぶ声がした。
もうすっかり聞きなれてしまった声に、
顔を上げるより先に口元が綻ぶのが分かる。
そのことを悟られないように、軽く手を添えて表情を整えてから顔を上げた。
目線を上げた先で、金の髪が揺れていた。



「延台輔」



弾んだ声で名を呼ぶと、少年が笑って片手を上げた。
その仕草が愛しくて、また顔が綻ぶ。
その少年外見や一挙一動の幼さは、
時折見せる大人びた表情を忘れさせるほどに可愛らしいもので、
まるで小動物を見守っているような錯覚を覚えるときがある。
自分より遥かに長く生きている彼に、
『可愛い』というのも失礼なことかもしれないけれど。陽子は思う。



「どうかなさったんですか?」

「いや、元気かなと思って」



何かあったのか、と心持ち声を抑えて恐々と聞いた言葉は、
彼のあっけらかんとした返事によって一蹴された。
いたってシンプルなその言葉の意味を一瞬つかみかねて、陽子が呆ける。
けれどその意味を理解した後、そうですか、と呟いて、笑った。



「前もって言ってくだされば、いろいろと用意も出来たのに」

「思いついてすぐ来たからなー。連絡する暇なかったし」

「さすが、延台輔は行動力がおありで」

「朱衛が書簡くらい送れって怒鳴ってたけど、
届く前に自分が着きそうだったから止めた」

「こちらには電話も何もないですからね。
確かに、書簡だと届くのが遅い・・・」

「でんわ?」

「・・・ああ。あちらの、遠くの人と話が出来る道具・・・みたいなものです」

「へー、便利だなー」



そう言って、六太が先ほどまで陽子が向かっていた机のうえに座り込んだ。
それに続いて、陽子も再び椅子につく。
そうやって腰を落ち着けてから、ふと何かを考え込むように下を向いた。
突然黙り込んだ陽子の様子に、六太が彼女の顔を覗き込む。
それに気付いて、陽子が顔を上げて、口を開いた。



「便利・・・・か。確かにそうかもしれません、けど」

「けど?」

「便利になっていけばいくほど、
人との触れ合いが希薄になっていったような、そんな気がしたんです」



発展を続けて行く世界。
目の前にいない、遠くの人と話が出来る世界。
一瞬のうちに言葉だけを届けて、意思疎通を成立させてしまう世界。
人が居なくとも物を買えてしまう世界。

何かが少しずつ、便利になっていくうちに、
『誰かを顔を合わせ、言葉を交わす』
そんな当たり前のことが難しくなっていったような気がする。

人との触れ合いを必ずしも必要としない世界。
進化を続けて行くうえで、あの世界の人間達は、何かを置き忘れている。



「あちらでは、手紙を送るよりも会いに行く方が早い、なんてこと
絶対に有り得なかったんですよ」



部屋を出、家を出、誰かを尋ねる事より、
部屋を出、受話器を取る事の方が断然早い。



「昔は手紙のやり取りも沢山行われてたけど、
最近はほとんどメールで用が足りてしまうし・・・・」



電話が無い頃は会いに行くのが主流だった。
手紙も書いただろう。
相手に届いたかどうかを想像し、返事が届く事を待ち侘びる。
そんな楽しさがどこかにあった。
電話が普及すると、それが当たり前になった。
携帯電話が広まって、どこにいても電話の受取が可能になった。
メールも同様。いつでもどこでも、こちらの意向を伝えることが可能になった。

余分な労力を必要とするものは、やがて廃れる。
便利さだけを求めた世界は、どこか、寂しい感じがした。



「めーる、ねえ・・・・・」

「あ、メールというのは・・・・・その、
・・・・一瞬で手紙を届けてしまえる・・・・道具?」

「便利だな」

「ええ、便利です」

「でも、陽子はそれが嫌なんだ」

「嫌、というか・・・・」

「てーことは」



突然、六太がおどけたような、弾んだ声を上げた。
反射的に顔を上げて、六太の顔を見る。
悪戯を思いついたような、子供っぽい表情が浮かんでいた。



「つまり陽子は、書簡より俺が直接会いに来る方が嬉しい、ってこと?」



また、意味がわからなくて、呆けた。



「そんなに喜ぶとは思ってなかったなー。
じゃ、今度から来るときは書簡も何もなしってことで」



陽子が何か言うより先に、何かを納得するようにうんうんと六太が頷く。
それを見ながら、未だ呆然とする意識の中、
陽子は必死になって、先ほど言われた言葉の理解に努めた。
そして理解した。同時に小さな笑いが込み上げてきた。



「――はい、そうしてください。
私は・・・・延台輔が来てくださるのが嬉しいです。書簡を送られるより、ずっと」



言って、にこりと微笑むと、六太が満足そうに笑った。

「じゃ、決まり」
「ええ。いつでも来てくださいね」
「そんなこと言うと毎日来るよ、俺」
「ええ!?」
「幸い延は官が優秀だしー。王があんなでも成り立つ国だしー」
「ダメですよ、そんなことを言っては」
「・・・じゃあ仕事終わらせてから来る。これから文句ないだろ」
「では私も、延台輔が来られるまでに用事は全て片付けておく事にします」

そんなこんなで国は明日も元気。


FIN.

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今日も元気に単純王やってます。stmimiです(言わんでもわかる)
私ついにやったよ!褒めて褒めて!(笑)
十二国記だー。六陽だー。・・・六陽だよね?(待て)
うん・・・・多分、六陽じゃ、ないかなー・・・・なんて(自信なし)

陽子は原作にて、六太のこと『六太くん』って呼んでるらしいけど、
私は『延台輔』のほうが好きだった・・・・。
(外見)年下の少年に敬語を使うっていうギャップが好きだったのにな。
別に六太くんでもいいんですけどね。親しげで(笑)

つーか。
もともと六太はちょくちょく蓬莱行ってるんだから、
電話もメールも知ってるだろう、というつっこみ厳禁で。
書いてから気付いたんだよ・・・(遅い)

ちなみに、ラストにある妙な空白は気にしないが吉です(笑)
会話だけならいくらでも書けるのになー・・・。