カプチリーナ |
先日からの立て続けの悩みが解消して機嫌がいいのか、その日、小島有希は絶好調だった。 ようやくいつもの彼女に戻ったと、部員達は胸を撫で下ろし、陽気に彼女に話しかけている。 心配してたんだよ、とか。もう大丈夫なんだな、とか。良かった、とか。 嬉しい気持ちもよくわかる。心配してたんだから当然だと思う。 なら、隣で段々暗くなっていく俺のことも一人くらい心配しろよ! ここ数日、段々と明るくなっていく有希とは反比例に、水野のオーラは暗くなっていた。 ここ数日の、小島有希への相談の持ち駆けが、全て(恐らく故意に)邪魔され、 上手く行かない現実に、正直彼の心もかなり荒んでいたのだ。 それに加えて誰も気付かない誰も心配してこないという辛い現実に打ちのめされ、 人間不信にさえなりかけていた。 どうせ俺なんか・・・。を合言葉に。 そして今日も部活は終了。 一人、誰もいなくなったであろう部室へ向かい、重いため息でもつこうかと部室のドアを開けたとき、 誰もいないと思っていた部室には、意外なことに2つの影があった。 「小島・・・・・と風祭?」 「あ、水野くん」 「遅かったわね」 有希はともかく、その場に風祭の姿があったことに動揺しつつ、 水野は促されるままに机に向かい、席についた。 その様子を確認してから、有希と風祭の2人は目配せをして、そして有希から静かに口を開いた。 「あんた、最近元気なかったじゃない?だから・・・」 「だから、小島さんと2人で心配してたんだ」 変わる変わるそう言う2人に、水野の心の奥底から、何か暖かいものがこみ上げてきた。 俺は一人じゃなかった・・・・・!そんな思いに、水野はまた机の下で小さく拳を握った。 ちゃんと見ててくれてる人はいて、心配してくれる人もいる。 その事実だけで、当分生きていけるような気がした。 「それで。僕今日、水野くんに持ってきたものがあるんだ!」 「持ってきたもの?」 「そ。家からわざわざ、ね」 「大したものじゃないんだけど・・・・・」 そういいながらごそごそとカバンを探り、風祭が出したのは、 大きな水筒と、紙コップ。 「こういうときは、あったかいものを飲むと落ち着くから」 「もしかして、ココアか?」 「ううん、コーヒー。あ、もしかしてココアの方が良かったかな?」 「・・・・いや、コーヒーで良い。コーヒーの方が嬉しい。ありがとう風祭!」 「水野くん・・・僕まだ水筒出しただけなんだけど・・・・・」 ココアには良い思い出が無い水野の、コーヒーに対する喜びように動揺しながら、 風祭が紙コップに3人分のコーヒーを注ぎ、それぞれに配った。 コップに注がれ、暖かい湯気を放つコーヒーは、見ているだけで心が和む。 確かに、こういうときは暖かいものがいいのかもしれない。 そんなことを思いながら、水野はコップを手に取り、そして口に運んだ。 そして広がる、暖かくも甘い味。 「こういうのって好みがあるから、ブラックで持ってこようかと思ったんだけど、 ブラックだと胃に悪いから・・・・・。ごめんね、甘すぎるかな」 「・・・・・・・いや、美味いよ。ありがとう」 風祭の心配りが、どこか哀しいけれどとても嬉しくて、 水野は笑顔でそう答えた。それに対して、風祭もにこりと笑う。 その様子を見ていた有希も、そっとコップに手を掛け、口に運んだ。 「・・・・・・あ、本当。美味しいわね、これ」 「本当?小島さん」 「うん。淹れ方教えて欲しいくらいよ」 「小島さんにそう言ってもらえると嬉しいよ!」 「・・・・・・・風祭?」 「何?水野くん。あ、もしかしておかわり?」 「いや・・・・・」 このパターンは、今まで何度も繰り返したものに似ている。 水野の心の中で、けたたましいくらいに警鐘が鳴り出した。 俺をダシにして小島に近付く。今まで何人も・・・・というか、特定の人物に何度もやられた方法。 まさかとは思う。こいつに限って・・・とも思う。 けれど、体の方向が俺じゃなくて小島に向かっているのは。何でなんだ風祭・・・? 「ホントホント。美味しい、これ。ね、おかわりちょうだい」 「うん!」 「これって、砂糖とかどれくらい入れてるの?」 「そんなに入れてないんだ。牛乳がほとんどだよ」 「へー・・・・」 「大したことはしてないんだけど、そんなに喜んでもらえると嬉しいよ。 僕、また小島さんのために淹れてくるね!」 「本当!?ありがとう、風祭!」 そうやって喜び合う2人には、確かな友情・・・のようなものが誕生していた。 というか風祭。『また』小島のために淹れてくるのか?『今度は』じゃないのか・・・? 助けに来たと思われた猟師に打たれた赤頭巾ちゃん。 自分が赤頭巾被るかと思うとおぞましいが、状況としてはぴったりだろう。 見事に裏切られた期待と、そのことに気付いていない人間と、わかっててやっている人間。 それを一つ一つ現実として受け入れながら、 水野は静かに自らの回復法を自分で発見する決意をするのだった。 お好みの味お好みの温度。好きに飲めるのが、コーヒーの醍醐味、でしょう。 FIN. 私はコーヒー飲めないんですけどね(おい) |