ココアリズム |
その日、小島有希は誰の目からもわかるほどに思いつめていた。 いつもなら活気あるはずの部活中でさえ、思い出してはため息をつく始末。 部員の間からも、何があったのかと疑問と不安の声が上がるほどだった。 生きがいでさえあるサッカー中でもそうなのだ、それは授業中からもそうで。 同じクラスで席も近い水野は、朝からずっとその様子を見て、そして心配していた。 こういう場合、自分は部長として仲間として人として、どう対処すべきなのか。 水野竜也は悩んでいた。 こういうとき、一人で塞ぎ込むよりは気休めでも誰かに声をかけてもらったほうがいい。 それは、自分でもよく知っていた。 ならば話は早い、悩みの中身を聞き出して、相談に乗れば良い。 そのことは重々承知の上だったのだが、何分タイミングと言うものは取り難く、 教室では話し掛けづらい、部活中では気が散る。 そんなわけで、彼の決心は部活終了後の部室まで持ち越されたのだ。 部活は終了。部室に邪魔者は無し。 このシチュエーションを逃してしまう手は無い。 水野は、机に向かって部日誌をつけ、そしてどこか暗い有希に向かって意を決して声をかけた。 「小島・・・・。何か、あったのか」 「・・・・・・・え?」 手を動かしながらも、やはり心ここにあらずだったのか、 呆けていたらしい有希が、水野の問いかけに、ワンテンポ遅れて反応した。 「朝からずっと暗かっただろ。何かあったんなら、相談しろよ」 「水野・・・・・」 真剣な水野のまなざしと言葉に、有希が感動しているとも取れる声を上げた。 こんな風に今まで、誰かに頼られたことがあっただろうか、いや、無い(反語) 不謹慎とは思いつつ、水野はこの状況に少しばかりの優越感を感じていた。 普段からどこかの金髪とかクラッシャーに邪魔ばかりされていた自分の平和と安息が、 今まとめてやってきたような気さえする。 話術では敵わなくとも、まともな相談ならばあの二人に負けるとも劣らない。 そうだ、ここできっちりあいつらに差をつけなければ・・・・! 水野は、心の奥底で密かな決意をしていた。 そんなこととは露とも知らず。 有希は素直に水野の言葉に気を許し、はあ、とまたため息をついてから、 悩みを話す体制を整えていた。 「最近ね・・・・・・・・」 静かに切り出す有希に、水野が軽く身を乗りだす。 重々しい有希の声に、どんな悩みなのかと身構えながら。 しかし、続いた言葉は、予想していたものとは全く違って。 「最近ね・・・・・・・・・・・寒いじゃない」 「・・・・・? ああ」 「だから、部屋にストーブ入れたのよ。灯油の・・・。 でも、私の部屋、そんなに広いわけじゃないから、 つけっぱなしにしてると、一酸化炭素中毒になっちゃうじゃない。 それで、定期的に消すんだけど――――」 静かに語っていた有希の言葉はふと途切れて、 何か哀しいことを思い出すように視線を流してから、有希はまた続ける。 (余談だが、ここらへんから水野の心には不安が過っていた) 「消すとやっぱり、寒いのよね」 「・・・・へー・・・・・・・・・」 「おかげで落ち着いて本も読めなくて・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・へー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 言葉を区切り、またため息をつく有希を前に、水野は気の無い返事を返す事しか出来なかった。 違う!予想していたものと何かが違う!! サッカーのこととか勉強のこととか人間関係とか。 そういうことかと思っていたのに・・・・・・。 ・・・・いや、ここまではただの前振りで、この後そういう話に転換する確率もある。 そう自分を奮い立たせて、水野は有希に先を促した。 「・・・・それで?まさかそれで終わりじゃないよな?」 「ううん、終わり。何かいい解決策はないかな、・・・・・って。 ずいぶん悩んだんだけど、なかなか思いつかなくて・・・・・・。 あんた、何か思いつかない?」 真面目に水野に問い掛ける有希の言葉も右から左へ。 水野の心は、1つの言葉でいっぱいになっていた。 バカバカしい。 その一言に。 「・・・・ちょっと水野。あんた聞いてんの?」 「聞いてる。聞いてるんだけどちょっと待て。 おまえまさか、そんなことで1日悩んでたのか!?」 「そんなこと、って何よ!本気で悩んでるのに!」 いや、余計タチが悪いですよ小島サン。 自分の悩みをバカにされて怒る有希を目の前に、水野は一瞬眩暈に襲われる。 平和な悩みもあったもんだ。そんなことを思いながら。 そうはいっても、一度相談に乗ったのだから、最後まで付き合うのは礼儀というもの。 何とか解決法を見出そうと水野も考え中モードに突入したとき。 平穏を乱すその声は、あっけらかんと部室に響いた。 「せやったら、何かあったかいもんでも飲めばええんちゃう?」 「シゲ」 「シゲ・・・・・・・・・」 一つ目は有希。二つ目は水野の(嫌そうな)声。 響いた声の主を、二人が順に呼んで、その人間の方を向いた。 「あったかいものっていっても・・・・・」 「今の時期やったらココアとかどないや?日本茶もうまいけどなー」 「でもそれくらいで・・・・・」 「何言うてんねん。外からあっためるより、中からあっためたほうが能率ええんやで」 「そう?」 「それでも不安なんやったら、タライか何かにぬるま湯張って足つけてみ。 結構あったまんで」 「うーん・・・・・・・・・・・ま、一度やってみるわ。ありがと」 「どういたまして」 有希の笑顔の礼に、シゲもまた笑顔で返す。 そして有希が立ちあがり、書き終えたらしい部日誌を閉じた。 「じゃ、私帰るわ。いろいろありがと、水野、シゲ」 「小島ちゃん。送・・・・」 「送ってもらう必要はないわよ。じゃあね」 そう言って、有希は機嫌よく部室を後にしていった。 結局自分は何だったんだろう。 水野竜也は考えた。 あれだけ悩んでいるのだから、こっちも本気で相談にのろうと決心し、 どう切りだそうかとこっちはこっちで悩んだのに・・・・・。 そう考えたとき、1つの思考が水野の頭に生まれた。 「・・・・・・シゲ、お前。俺が小島に悩み事聞き出すの待ってただろ」 しかも、ずっと部室前で聞いてたな。 そういいながら振りかえり、シゲに向かって睨みの1つでもくれてやろうかと思ったけれど、 ふりかえった先には、金髪の影も形も無かったそうな。 寒い日は、暖かいココアと一緒に足元を暖めてみてはいかがでしょう? FIN. ・・・・・・・・書いてみたら思ったより面白くなかった(死) |