ザザッ・・・・
夕日の沈む海辺を一望出来る崖。
そこに一人足を進ませる一人の巫女がいた。
一歩一歩を踏みしめ、ゆっくりと崖の先まで歩く。
先に辿り着くと、今まで俯き加減だった顔を上げる。
夕日で紅く染まる海辺を見つめ、彼女―フィリアは力強く拳を握り締めた。
[[[ 素直になれなくて ]]]
ザザ・・・・・ン・・・・・
細波の起こる海を見つめ、彼女は視線を動かさない。
波と同じくして靡く金色の髪も気にしようとはせず、ただずっと虚空を見つめる。
まるで何かを待つように。
「おやおや、貴女が単独行動とは珍しい。リナさん達に愛想でも尽かしましたか?」
来た・・・・・
後ろから聞こえた声に、一人心でそう呟く。
振り向きもせずに一つ息を吐き、気持ちを整える。
「貴方に話があったんです」
「へぇ・・・」
フィリアの言葉に少し不思議そうに、でもやはり、いつも通りの口ぶりで、
彼―ゼロスが呟いた。
その時初めてフィリアは振り向き、きっ、とゼロスを見つめ、一言。
「謝ります」
「はぁ!?」
至って真面目に言ったフィリアの言葉に、
今度は本気で意表を付かれたように、ゼロスが間抜けな声を上げた。
今一度復唱してみる。
間違えることのほうが難しいであろう、たった一言。
『謝ります』 そう、それだけ。
・・・・が、それが彼にとって、一番信じがたい一言だった。
「い・・・いきなり何を言い出すかと思えば・・・。
今までの僕に対する暴言を、今ごろ謝罪すると言うのですか?」
「その通りです」
少し動揺を交えたゼロスの言葉にも、フィリアはきっぱりと言い放つ。
「何故今更・・・・」
依然険しい面持ちのフィリアに、
当然の質問をゼロスが投げかける。
それに、ふっ・・・と哀しげな表情を一瞬見せ、フィリアが言う。
「・・・・・リナさんやアメリアさんが口を揃えて私を悪者呼ばわり・・・。
『いくら何でも可哀想』『魔族にだって感情はある』って、
火竜王の巫女たる私より、生ゴミ魔族なんかの肩を持って・・・。
ここまで言われたら、私だって我慢出来ません!!」
「・・・・・」
言いながらフィリアが大げさな動作で崩れ落ち、そして再び立ちあがる。
立ちあがったかと思えば、次は怒りに拳を握り、小さく涙を浮かべていた。
自分の目の前で起こった一連のフィリアの動作。
それを見て呆気に取られ・・・正確には本気で呆れ、ゼロスは言葉を失う。
彼女が謝ろうと思ったのは、良心からではなく、周りに言われて仕方なく。
それを隠そうともせず、最初から最後までしっかり言ってのける彼女にも驚いたが・・。
「・・・と、言うわけで、私にも非があったと認めます。
だから素直に謝・・・」
何時の間にか立ち直っていたフィリアが、
何故か偉そうに、やはり表情は険しく、言葉を紡ぐ。
それを最後まで聞かず、ゼロスが言葉を遮る。
いつものようにからかうような表情で。
「つまり、貴女は自分の名誉を守るために、
仕方なく僕に謝ることにしたと・・・そういうわけですか。
火竜王の巫女というのは、随分と自分勝手なんですねえ。
他人の気持ちより自分の名誉ですか。全く・・・・」
「なっ・・・・なぁんですってぇっ!!」
わざとフィリアの神経を逆撫でするように、嫌味を込めたゼロスの言葉に、
フィリアもしっかり逆上し、売り言葉に買い言葉。
ゼロスの余裕に満ちた、似非笑顔も背中を押し、
彼女の怒りは既にメーターを振りきれていた。
「わ、私だって貴方なんかに謝るのは本当は嫌なんですからね!
これでも、ちゃんと悩んで自分で決めたんだから!
リナさん達に言われたくらいで、こんなことしません!!」
「どーだか。今の話を聞いた限りでは、そう解釈するのは難くないですよ。
だいたい貴女、『謝る』なんて素振り、欠片も見せないじゃないですか」
ムキになって答えたフィリアに、
またもゼロスがケンカ越しにそう言う。
「そ、それは・・・・貴方が・・・・・・」
今度は少々うろたえるフィリア。
その隙を見逃さず、ゼロスがトドメに入る。
「ほら、反論も出来ないじゃないですか。
それでは疑われても仕方有りませんねえ。
火竜王の巫女と言えども、所詮は自分が一番可愛いんですよ」
「っっ!!!」
ゼロスの言葉に、
今まで強気に構えていたフィリアの表情が、一瞬にして曇る。
言い返したい。でも、言葉が見つからない。
そのような思考が渦巻くのだろうか、
先ほどまでの勝気な瞳が、今は困惑の色に染まる。
さすがに・・・言い過ぎたでしょうか・・・・・・
目の前の、すっかり戦意をなくした一人の巫女を見て、
ゼロスにも、少しばかりの反省の色が見える。
魔族の自分に、恐れもせずに言いたいことをぶちまける彼女。
それにしっかり心を乱され、売り言葉に買い言葉、本気で応戦している自分。
適当なことを言って、その場を流せばいいのに、
彼女相手では、どうしてもそれが出来ない。
全く・・・・本当に始末に悪い人です・・・・・・
フィリア本人には聞こえないように呟いて、
滑らかな動作で人差し指を立て、笑顔で一言。
「―――とまあ、冗談はここまでにしてv」
「・・・・・・・・・・は?」
フィリアの困惑の色に染まっていた瞳の焦点が合い、
言葉の意味を理解し、それに対応出来るまでの時間いっぱい溜めたフィリアの間抜け声に、
満足そうに再度微笑むと、ゼロスは淡々と続けた。
「せっかく、あのフィリアさんが僕に謝るなんて言ってるんです。
この機会を逃す手はないですからね。
今までの経過はこの際水に流して・・・。さ、フィリアさん。謝ってくださいv」
「そ、そんなこと言われて、謝るとでも思ったんですか!」
しっかりと復活した巫女の言葉に、
さも残念そうにゼロスが表情を変える。
「えぇ〜、最初に言ったじゃないですか『謝る』って。
今更それを否定するなんて・・・・期待外れもいいとこです」
「何と言われようと、もう私は謝る気なんてありません!
大体、謝ろうなんて思ったこと自体間違ってました!・・・もう戻ります!!」
すっかり沈んだ夕日を振り向きもせず、
正面に立っていたゼロスの横を通って、フィリアが宿に戻ろうとする。
その表情はいつも通りの勝気な瞳。
そう、それでいいんです・・・・。
口に出さずにそう呟いて、ゼロスがフィリアに道を開ける。
ザッザッザッ・・・・・・・・ザク
段々と遠ざかる足音が、ぴたりと止む。
不思議に思い振りかえるゼロスの目に、悔しそうな表情のフィリアが映る。
「・・・・・謝りません」
「何回も聞きましたよ」
視線を自分に向けようとしないフィリアの言葉に、
少々面倒そうにゼロスが答える。
「謝りません。でも・・・・。
私だって、ちょっとは悪かったかな・・・・って、思ってるんですからね!」
投げやりにそう言い捨てると、
くるりときびすを返し、フィリアは街へと走り始めた。
すっかり姿の見えなくなった、暗い道を見続け、
ふとゼロスに笑みが浮かぶ。
「最初から素直にそう言っていれば、
僕だってあんな意地悪しないのに・・・・」
いつも意地っ張りな火竜王の巫女に、
『素直になる』なんて芸当は無理だということは百も承知。
それを見越した上で、彼は楽しそうに笑っていた。
明日の彼女のからかい方を考案しながら、やがて彼も闇に姿を消していった。
素直になれぬのは、お互い様だと自嘲しながら。
FIN.