誰もいないバス停で、何台も何台も車を見送った。
止まったバスには乗らなかった。
降りる人は誰もいなかった。





「何やってるの」


水飛沫を上げて走り去る車の騒音に紛れて、
有希の後ろから呆れたような声が聞こえてきた。


「待ち伏せ」

「誰の」

「不特定多数」

「不特定?」

「そう。でも、多数は嘘」

「1人で良い、って?」

「2人でもいいけど」


差していた傘を閉じて、郭がバス停の屋根の下に入った。
有希の座っている長いすの逆端に座りこむ。


「何でこんなとこで待ち伏せなんかやってたの」

「人に会いたくなったのよ」

「誰でもいいから?」

「誰でもいいから」

「ここ人通り少ないのに。雨降ってるし」

「いいのよ、ヒマだったから」

「暇人」

「雨、降ってるから」


淡々と、意味の無い会話が雨音に紛れて続いていく。
通りすぎる車の助手席の人間が、バス停に座り込む彼等を不思議そうな目つきで見ていった。


「これからどこ行くの?」

「どこ行きたい?」

「付き合ってくれるわけ?」

「まあね」

「用事あったんじゃないの?」

「もう終わった」

「へ?」

「電話したら、でかけたって言われたから」

「私を探してたの?」

「探す前に見つかったけどね」

「あ、そ」

「どこ行きたいの」

「雨の降ってないとこ」

「この雨も、すぐ止むと思うけど」

「じゃあ、ここでいいわ」

「暇人」

「お互い様」



何台目かのバスが止まって、彼等を乗せずに動き出した。
雫の落ちる屋根の向こうで、雲の切れ目から光が差していた。




FIN.


動きの無い小説が、書きたかったらしい。