「見て!街だよ!!」
皆が連夜の野宿を覚悟した、日が傾き始めた午後、
遠くに見える街並みに、ファラが声をあげた。
「「 街!? 」」
疲れきっていた皆の顔が一気に明るくなる。
「ほ・・・ほんとか、ファラ!?
見間違いじゃねーだろーなっ」
「本当だ・・・。地図には載ってないのにな・・・」
「今日は、テント張らなくてよいのか?」
思い思いの事を言う皆に、それぞれにうなずいて、ファラは笑う。
「ほら、早く行こーよ!!!」
久しぶりの街に。俄然元気を取り戻したファラ同様、
全員が力強く返事を返して、足取り軽く進むのだった。
[[[ 不器用 ]]]
「うわあ、久しぶりのベッドだーっ」
メルディと共に、部屋に入ったファラが、
持っていた荷物を降ろして、歓喜の声をあげる。
それに続いて、クイッキーがベッドの上を飛び回ると、
それを見て、またファラが笑う。
メルディもまた、荷物を降ろして、
クイッキーと同じくベッドの上を飛び跳ねる
・・・と思われたのだったが、今日はなぜかそれをせず、
そのまま、倒れこむようにベッドに横たわり、大きく息をついた。
「疲れたな〜」
「・・そうだね、ずっと歩きっぱなしだったから」
そう呟いて、自分はソファーに座る。
擦り寄ってくるクイッキーを軽く撫でて、また息を吐く。
――コンコンッ
「あ、はぁーいっ」
軽くたたかれたドアに反応して、立ち上がる。
――ガチャッ
「あれ?どうかした?」
ドアの先にいたリッド達に、当然の質問を浴びせる。
「買い出し、行こうと思ってな。ファラ達はどうする?
どーせ、疲れてんだろ。休んでるか?」
答えたリッドが、少し心配そうに言う。
その言葉に、明るく首を振って、ファラが答える。
「ううん、平気平気♪私も行くよっ。
あ、でも・・。メルディはどうする?」
「ん・・・。メルディ、おやすみしててよいか?
疲れたから、だいぶ、眠いよ・・・」
既に意識が朦朧としているのか、
目をうつろに、そして擦りながら言う。
ほぼ1日・・・。
朝から歩き通しだったのだ、疲れるのは・・無理のないこと。
それでも買い出しに行けてしまう方が、ある種、異常なのかもしれない。
「じゃあ、私たちだけで行こっか。
メルディ、・・おやすみ」
「はいな、気をつけてな!!」
笑顔で見送りを受けて、ファラ達が宿屋を後にする。
ファラ達が行ったことを確認すると、
メルディが部屋のドアを閉めて、ベッドに潜り込む。
数秒後、安らかな寝息が、静かな部屋に響いた。
開け放ってある窓から、心地よい風が吹いて、カーテンを揺らす。
ほんの小1時間。
静かな時が流れた部屋が、風によって音を取り戻す。
部屋に置かれてある書物が揺れて、端に置かれた植物が葉を擦らせる。
「・・ん・・・・?」
その微かな音に反応してか、ベッドで、小さな声をあげる。
ゆっくりと体を起こして、鈍い動作でまた目を擦る。
「ん〜〜?ファラ、まだか・・・?」
まだ静かな部屋を見渡して、一言呟く。
また風が吹いて、書物を揺らした。
机の上に広げられた地図も、同じように揺れていた。
それをなんとなく、特に何も考えずに眺めていると、
――ゴッッ
突然の突風が外で吹き荒れ、
部屋にも、少なからず風が流れ込み、
机に上に広げられた地図を、連れ去っていった。
一瞬の出来事。
何が起こったのか、目覚めたばかりの頭では、すぐには理解出来なかった。
風・・・吹いたな
いっぱい揺れたよ
それで、飛んでった
あれ・・・って・・・・?
ゆっくりと、順番に並べていき、・・結論に達する。
「地図っっっ!!」
急いで窓に飛びつき、飛んでいった地図を目で追う。
幸い、風勢いが収まったおかげで、街を抜けることはなかった。
落ちた場所も、大凡確認できた。
「行ってくるな、クイッキー。留守番頼むよっ」
そう言うや否や、まだ眠そうなクイッキーをソファーに残し、部屋を飛び出した。
あれがないと、次の街行けない
グランドフォール、止められない
エターニア、・・・壊れちゃうよ
自分の目の前で起こったにもかかわらず、
何も出来なかったことが悔しくて、悲しくて、
・・・涙が出そうになった。
でも、堪えて、必死に落ちたであろう場所に向かう。
人の波を掻き分けて、精一杯走った。
もう、日は完全に隠れようとしていたので、大分暗い。
これ以上暗くなれば、探すのが困難になる。
そんな気持ちが、メルディを焦らせ、足を速めた。
前を見て、やみくもに走って・・。
来た道は、一度も振り返らず、確かめもしないで・・・・。
「・・・あったぁ・・・・・」
走り続け。ようやくたどり着いた、落ちたと思われる場所。
その人通りが少し少ない狭い道に、
一枚の紙が、木の枝に引っかかりはためいていた。
「よかったー」
背伸びをして、地図を取り戻し、ほっと一息つく。
自分を追い詰めていたものが、一気になくなり、安心する。
「さ、早く帰るよ」
くるくると地図を丸めて筒状にし、もう2度と離すまいと強く握り、
くるりと後ろを振り返る。
暗い、黒ずんだ道。
見た覚えのない店。
通った覚えのない道。
「・・ここ・・・何処?」
帰る道が、わからなくなっていた。
「リッド、大変!!!
メルディが・・・メルディがいないの!!」
「「 !? 」」
メルディが地図を求めて部屋を飛び出した数分後。
一通りの買い物をすませ、ファラ達が重い荷物を抱えてやっと宿屋に帰ってきた。
突然消えた主人を心配してか、ソファーでクイッキーが挙動不審に動き回る。
似たような動きで、ファラが部屋を行ったりきたり。
部屋にはかけてあった布団を跳ね除け、
急いで飛び出したような跡が、ありありと残されてあった。
「一人で街歩くなんて危ないだろ。
だいいち、もう大分暗くなってんだ。
迷ったって・・・おかしくねぇぞ」
急いで部屋にかけつけたリッドが、ドアの前で呟く。
「一人で外に出て・・・、迷子になっちゃったのかな?
どこ行っちゃったんだろ、どうして・・・。
もう・・、もう暗くなるのに・・・!!」
とりあえず落ち着くように言われたファラが、
ソファーでクイッキーを強く抱いて、不安そうに呟く。
それを見ながら、リッドがキールに視線を送る。
「・・・どうする?」
「・・・・・」
リッドの言葉に気づいていないのか、
キールが思いつめた表情で空を見つめて、動かない。
それに、小さくため息をついて、再度呼びかける。
「キール!!
おまえ、聞いてんのか?」
「え、あ・・・あぁ。・・・何だ?」
やっと自分の呼びかけに気づいたキールに、呆れたような表情を浮かべる。
「だーかーら、どうするって聞いてんだよ!!
探しに行くのか、行かねぇのか・・・。はっきりしろよ!」
「あ・・・・・う・・」
「・・・・行くよね?」
いつのまにかこちらを向いていたファラが、
有無も言わさぬ圧力をかけて、キールを見つめる。
「い・・行くさっ」
少し間をおいて、素直に答えたことを確認すると、
急かすように部屋を追い出して、探しに出ることを強要した。
「私はメルディが帰ってきた時のために残ってるね。
早く・・・連れてきてあげて」
「・・わかった」
足早に宿屋を離れ、途中、二手にわかれて。
メルディを探すことにした。
「ここ・・・何処?わかんないよぉ・・・」
後から後から溢れてくる涙を必死に堪えながら、
とりあえず、明るい場所を求めて、メルディは歩いた。
日が落ちて、あたりはすっかり暗くなってきていた。
先ほどまでは見えていた自分の影が、今はもう、見えない。
折角地図を見つけたのに、このまま合流できなければ・・・。
そんな考えが頭を過ぎる。
もしかしたら、探してくれているかもしれない。
もしかしたら、偶然、宿屋に戻れるかもしれない。
そんな期待が幾つか浮かんでも、不安の方がずっと大きい。
もう、会えないか・・・・・?
一瞬浮かんだ言葉が、嫌に頭に残った。
消えなくて、涙が溢れた。
ごめんな、メルディの・・メルディのせい・・・
誰に聞こえるわけでもない、小さな声で、呟く。
その時、涙をいっぱいに浮かべた瞳が、見覚えのある姿を見つけた。
見間違いかと思い、涙をぬぐって、もう一度見入る。
だんだんと大きくなる、姿。
期待が、形になった。
「メルディ!!!」
名前を呼んで駆け寄る姿に安心して、また泣けてきた。
「・・リッドぉ・・・・・」
頼りなさげに呟いて、その場に立ち尽くす。
「何やってたんだ、こんなとこで!
いきなりいなくなるから心配して・・・・」
「これな、風で飛んだよ。だから、メルディ探した。
いろんなとこ走った。そしたら、道・・・わからなくなったよ」
リッドの言葉をさえぎって、少し息を吐いて落ち着いてから、メルディが話し出す。
手に握る地図を目の前に出して、だんだん、声を小さくして・・・。
「皆待ってるぜ。・・・戻るか」
それ以上咎めることは止めにして、なるべく穏やかに言った。
「はいな。ファラ達に『ごめんなさい』言わなきゃな」
「キールには、『ありがとう』も言っとけよ」
またいつもの笑顔に戻して、でもいつも以上に楽しそうに、リッドは付け足した。
「・・・?」
キールに謝る理由しか浮かばないのか、メルディが不思議そうに首を傾げる。
その仕草を見ながら、実は誰よりも心配していた幼馴染を思い出し、苦笑する。
「キールの奴も、今ごろ必死になってメルディの事探してんじゃねーかな・・・。
街中、走り回ってるはずだぜ」
「そなのか!?キール、何処かなー・・・?」
「さぁなー・・・」
メルディは心配そうに、
リッドは街中走り回る彼の姿を想像して、心なしか楽しそうに、
人込みに紛れて、宿屋へと向かっていった。
「いるさ・・・・ここに」
二人の姿が完全に見えなくなた頃、一人の青年が、
ゆっくりとした歩みで、先ほどまでメルディ達のいた場所へ進んでいった。
「何なんだよ・・・一体」
心なしか悔しそうに。
でも、何処か悲しそうに。
彼、キールは呟いた。
ファラの剣幕に押されて、渋々宿屋を出た。
表向きは、(自分なりに)それを装って・・・。
でも、実際は本当に心配で、落ち着かなくて・・・。
かと言って、かってに飛び出すわけにもいかなくて・・・。
この時ばかりはファラに感謝して、リッドの言うとおり・・・街中を走り回った。
思い当たる場所を全てまわって、
それでも、見つからなくて・・・・。
街の外れまで来たところで、やっと・・やっと見つけたのに。
『メルディ!!!』
先にたどり着いたのは、声をかけたのは・・・リッドだった。
見つけたのは、おそらく同じ頃。
でも、走り寄る速さは、リッドの方が数段早くて・・・。
皮肉にも、二人の様子を見物する形となったのだ。
『キールには、『ありがとう』も言っとけよ』
意味深な笑みを浮かべてそう言うリッドの顔が、嫌に頭に残っていた。
「そんなこと言うくらいなら、あと・・・数秒待てよな」
自覚せずに呟いた言葉に気づかず、その場に立ち尽くす。
この気持ちは、悲しみ?それとも・・・悔しさ?
街中を走り回ったのに、
結局はリッドに先をこされたことに対する、悔しさ・・・なんだろうか。
確かな答えは出さないで・・・、出そうとはしないで、
悔しさなんだと自分に言い聞かせて、
キールは、宿屋に戻ることにした。
少しだけ重く感じる扉を押して、宿屋の中に入る。
「キール!!聞いてっ、メルディが・・・!!」
「知ってる。・・戻ったんだろ」
扉を開けたとたん、先ほどまでとは打って変わって、
いつもと同じような笑顔にファラに迎えられた。
それに少々素っ気なく言葉を返して、横を通り過ぎようとした。
「え?どうして・・・知ってるの?」
知らせるより先に「知っている」と言い、
そしてその事に関して、驚きも、喜びも、
そして怒りもしないキールを不思議に思い、ファラが問う。
「え、あ、いや・・・。
ほら、ファ・・、ファラがさっきと違って笑顔だから、
その・・・なんとなく・・・・」
慌てふためきまくる、あからさまにおかしいキールの様子を気にも止めず、
そっか、とファラが納得したように呟いた。
戻ったキールの姿を確認して、メルディが笑顔で歩み寄ってくる。
その後ろには、ソファーに座り、笑っているリッドがいた。
そこに行くのは・・・何故か気が引けた。
「キール、メルディがこと、探してくれたか?
ありが・・」
「・・・悪いが、疲れたから先に休む。・・じゃあ」
メルディの言葉を最後まで聞かず、
・・半ば強引にさえぎって、部屋にこもった。
礼を最後まで言えず、メルディが頭上に疑問符を浮かべる。
予想に反したキールの行動を、リッドも同じく不思議に思う。
ファラも、同じように首を傾げていた。
「キー・・・ル?」
悲しそうに呟いたメルディの言葉に、一番に反応したのはファラだった。
「あ、・・ほら。きっと走ってすごく疲れてるんだよ!
気にすることないって!!」
「ううん・・・。キール・・・怒ってたよ」
「そんなことねぇって」
リッドもファラと共にメルディの慰めにあたる。
その間も、キールの不可解な行動をおかしく思いながら。
「『疲れたから先に休む』・・んじゃなかったのかよ。キール」
部屋に入るなり、リッドがそう呟く。
その先には、小さな明かりで本を読む、キールの姿があった。
あの後、夕飯を食べ、あいた時間を宿屋の主人も交えてウィスをしていたのだが、
夜もふけたということで、各自部屋に戻ることになった。
キールが部屋にこもってから、もう3時間は経っている。
なのに、キールはずっと本を読んでいたのだ。
「だいたい、何なんだよあの態度は。
メルディは礼を言おうとしただけじゃねえか。」
「・・・」
リッドの言葉に何も返さず、本からも視線を逸らそうとはしない。
それを承知で、リッドは更に続けた。
「宿飛び出したのも、地図が風で飛んだせいだ。メルディのせいじゃない。
いい加減許して・・・」
「怒ってる・・・わけじゃない」
やっと顔をあげたキールの言葉がよく理解できず、リッドが首を傾げる。
「怒ってるんじゃない。ただ・・・悔しいんだよ」
「・・・何が?」
リッドの当然の問いに、少し黙って、悩んで、キールは口を開いた。
「メルディ、街の北の外れで見つけただろう」
「あ?・・・あぁ」
脈絡もなく、突然の質問に戸惑いながら、
自分の記憶をたどり、答える。
「銅像らしきものがあったよな」
「あった・・・な」
「地面も舗装されてなかった。
さぞ歩きにくかったんじゃないか?」
「・・・何で知ってんだよ」
自分の記憶では、もう追い付かないところまで聞かれ、
リッドが話を逸らすように問い返した。
それに、少しだけ声を落として、キールが答える。
「僕も・・・そこにいた。
やっと見つけて、声をかけようとしたとき・・・」
「俺が来た・・ってわけか」
「あぁ、そうだよっ」
投げやりにそう言って、また本に視線を戻そうとした。
「・・・で?
先越されてイジけて八つ当たりか?
下手なヤキモチ妬いてんじゃねーよ」
「なっ・・・・!?」
あくびをして布団に潜り込もうとするリッドが、キールにとどめをさす。
その言葉に異様に反応して、キール手にしていた本を落としてまで否定する。
「だ・・・誰がヤキモチなんか!!
だいたい、僕がなんでそんなこと・・・・!!
訂正しろ、リッド!!
〜〜〜〜〜っ聞いてるのか!!!!」
数秒後、必死で叫ぶキールの隣では、安らかな寝息が音をたてていた。
「皆いる?じゃ、出発しよっか!」
朝からハイテンションなファラが、皆を引っ張って、その街を後にした。
昨夜しっかりと睡眠を取ることが出来なかったため、
キールは未だ、完全に目が覚めていない。
元凶となったリッドの言葉は、まだ、頭の中で反響していた。
『先越されてイジけて八つ当たりか?
下手なヤキモチ妬いてんじゃねーよ』
ヤキモチなんかじゃないさ・・。
ただ。そうさ、ただ、無駄に体力を使ったことが・・悔しかっただけだ。
自分にそう言い聞かせて、重い足取りで前へ進んだ。
会話もせず、黙って歩くのは、随分久しぶりのような気がした。
・・そうか、誰も話し掛けないから・・・・。
先頭を行くリッドとファラが、
あっちじゃないこっちじゃないと毎度言い争っているから、
この二人に話し掛けられることはほとんどない。
そう、いつもなら、クイッキーが周りをうろちょろ走り回って・・・。
それを追いかけながら、メルディが笑顔で話し掛けてくるんだ・・・・。
昨日の今日だしな・・・、当たり前・・・か。
黙っている方が、体力の消費が少ないのだから、その方がいいに決まってる。
何かにつけて話し掛けてくるから、いつもそれに言葉を返してるんだ。
無駄な体力の消費にもほどがある。
だから、この方がいいのに。
妙に、寂しいのは何故だろう。
自分にかかる言葉がないと、一人じゃないのに、独りに思える。
孤独感。疎外感。
そんな言葉がついてまわる。
下を向いていた顔を上げると、
やはりいつものようにリッドとファラが地図を広げて道を確かめていた。
その脇で、クイッキーを肩に乗せ、メルディが、うっすら笑っていた。
口元だけで、目が少しも笑っていない。
むしろ、悲しそうだった。
その表情を見て、少しだけ、何処かが痛んだ。
ズキズキと、音でも立つんじゃないかと思うくらい。
僕が・・・悪いんじゃないからな・・・
だいたい、勝手に飛び出して、迷うから、こんなことになったんだ
僕は、悪くないんだからな
街中走り回らされて、無駄足になって悔しくて・・少しきつい言葉をかけただけだ
絶対に、僕は悪くないからな
でも、今回は・・・・
僕から折れてやる
「メルディ!」
リッド達の歩みが少し早くなって、メルディが遅れ出した時、
精一杯の声を出して、名前を呼んだ。
「な・・・なにか?」
心なしか少し怯えて、反面驚いて、メルディが振り返った。
「き・・・昨日は・・悪かった。
お前が悪いわけじゃないのに・・・その・・・・つい・・・・。
そ、それから。助かった・・よ、地図。
お前が居なきゃ、どうなってたかわからなかったし。
それで、あ、その、だ・・・・・」
あと一言が言えなくて、たった一言なのに、出てこなかった。
簡単な一言なのに。ただの5文字で、言えてしまうのに。
なかなか先に進まないキールの言葉に、
メルディが本当に、心から笑って、嬉しそうに言う。
「はいな!メルディ、がんばったよ!!
キールも、探してくれて、ありがとな!」
「『な』が余計だ!お礼の言葉は『ありがとう』
・・何度言えばわかるんだ!!」
いとも簡単に、言えてしまうメルディを、
少し羨ましく思いながら、いつものように言葉を正す。
自分なりの言葉でも、・・・言えるだけ、ましだな。
そんなことを思いながら、言えない自分の方が、よほど性質が悪いとも思った。
今はまだ、言えないけれど
次は必ず、きっと言えるように
それまではせめて、言ってもらえるように
少しでも、接し方を改めようか・・・?
そんなことを思いながら、足元を走り回るクイッキーを見て、笑う。
いつもと変わらず、クイッキーが走り回って、メルディが笑って。
いつもと同じように、メルディが話し掛けて、それに答える。
今はまだ、言えないから。
少しずつ素直になろう。
少しずつ素直になって。
いつか一緒に、笑えたら。
その時はきっと、言えるだろう。
今までの、『ありがとう』