:::グッドベア::: 「あ」 放り出したつま先が冷たいと風子が言った。 毛布でも出せば満足だろうとクローゼットを探っていると、その様子を後ろで見ていた風子は、クローゼットを覗き込んで一言そう洩らした。 「テディベアだ」 しゃがみ込んでいる水鏡を頭を掠めて、風子がクローゼットの中からそのクマを抱え出す。 両腕で抱え込み、少し余るくらいの大きなクマ。 少し汚れたそのクマを抱きしめて、顔を埋めながら風子はにやりと笑って水鏡を見た。 「みーちゃんこんなシュミがあったんだー。意外ー」 「なっ・・・!違う、それは僕のじゃ・・・」 「わーかってるって、冗談。お姉さんの形見でしょ?」 些細な事で取り乱した水鏡を笑うこともなく、さも当然という風に軽く返事を返して、風子はまたぎゅっとそのクマを抱きしめた。 少し汚れたテディベア。 首にかけられた黄色いリボンはところどころ色褪せていて、この子の生まれた時が、遠い過去である事を物語っている。 それでも、くりっとした小さな目や、少し尖った鼻は、見るものを魅了する愛らしさに溢れている。 きっとこのクマは、お姉さんのお気に入りだったに違いない。 だからきっとその分、そのクマには、 姉と水鏡との思い出もたくさん詰まっているんだろう。 捨てるには忍びない、思い出の詰まった大事な宝物。 「・・・置き去りなんて可哀想だ」 顔を埋めたままにぽつり呟いた言葉を水鏡が辛うじて聞きとって、その言葉の真意を掴みかねて、首を傾げた。 「洗ったげよう、みーちゃん」 顔を上げて、水鏡の顔を見て、風子は言った。 「そんで、よく目に付くとこに置いとこう」 大切なものなんだろ。 そう言ってまた、風子がそれを抱く腕に、力をこめた。 大切なテディベアには、たっぷり詰まった思い出達。 愛しい、楽しかった過去だから、思い出すのは辛いかもしれない。 ――でも、忘れてしまうのは、哀しいでしょう? 「・・・・せめて明日にしろ。 今日のこの天気だと、洗っても乾かないからな」 「うー・・・・まーいいけどさー・・・・。 あ、ねえ。このコさ、名前とか付いてた?」 「いや・・・・覚えてない」 「ふーん・・・・じゃあさ、お姉さんの名前、何だっけ?」 「? ・・・・美冬」 「じゃあ、こいつも“みーちゃん”だ。 美冬のみーちゃん。みーちゃんとおそろい」 「・・・・・・・」 「それとも、凍季也のとーちゃんがいい?」 「・・・・・さっきのでいい」 ぽつり呟いた水鏡の言葉が引きがねとなり、 部屋には、風子の笑い声が響いた。 色褪せたリボン。縮れた毛並。 遠い日の思い出を詰めこんだ、大事で小さな宝箱。テディベア。 FIN. 記念日シリーズその1. |