■白昼夢 その空間には不自然な静寂が落ちていた。 今この場所には、自分を含めても2人しかいないのだから当たり前の事だと思った。 しかも相手はじっと壁を――灯かり取りのために設置された窓を見上げたままだ。 口にしない。出される食事も、言葉も、声も、何もかも。 じっと座ったまま、少し顔を上げてそれを見上げている。 今自分が彼女を拘束している檻に近付く足音にさえ、興味を見せない。 振り返る素振りも、それにぴくりと反応する様子さえも。 「ルキア」 近寄れるギリギリまで寄って、声をかけた。 上を向いていた顔が動いて、そのまま俯き加減に伏せられた。 振り返る事はしない。窓を見上げる変わりに、床を見下ろしただけだ。 それでもしゃんと伸ばされている背筋を、見ていられない。 言葉すら発さぬ彼女の、最後の意地がそこにあるような気がした。 「――っ、ルキア!!」 たまらなかった。 両手で格子を掴んで、大げさに揺らした。 あらん限り声を張り上げた。腹の底から叫んだ。喉が痛かった。 手を伸ばして捕まえてやりたかった。無理矢理にでもこちらを向かせたかった。 今この場所、自分の目の前から消し去りたかった。 どこでもいい。ここじゃない場所なら、どこでも。 「・・・・・・・・・うるさいよ、恋次」 ぽつり、と呟かれた言葉が、弱弱しく響いた。 久方ぶりに聞いた声に驚いて、格子を掴んでいた手を引っ込めた。 がしゃん、とまた音が鳴る。その音がひどく邪魔だった。 小さく弱弱しく呟かれる彼女の言葉を、聞き漏らしてしまいそうで疎ましかった。 「―――しゃべれるんじゃねえか」 声が震えているのがわかった。 それが、嬉しいためなのか、悲しいためなのかわからなかった。 笑いたいのか、泣きたいのかもわからなかった。 ただ、言葉を返すことしか出来ない。 「当たり前だ。怪我などどこにもしておらん」 ふ、と苦笑混じりにルキアが言った。 どんなときでも嫌味ともとれる強気な態度を忘れぬあたり、さすがだと思った。 だからこそ、力なく項垂れている肩が、痛い。 「・・・・・・痩せたな」 ぽつりと、呟く。 独り言だから、返事などもともと期待してはいなかったが、 黙ったままのルキアの肩が軽くすくめられたように見えて、辛くなって目をそらした。 「諦めてんじゃ、ねえだろな」 搾り出すようにより集めた言葉が、予想以上に力なく吐き出された。 怒気をはらんだ言葉にも、ルキアは顔を伏せるだけに留まった。 否定することも、肯定することもない。 反論するわけでも、からかうわけでもふざけるわけでもない。 その行動自体がもはや諦めの態度のように思えて、ますます苛立った。 「てめーは、まだ、生きてんだろが!!」 がしゃん、と格子が悲鳴を上げた。 耳を突くような金属音が辺りに響いたが気にならなかった。 壊れてしまうのではないかと思うくらい何度も何度も押し揺らした。 いっそ壊れてしまえば良いのにと思った。 「決定が変わるかもしんねーだろ!うまく脱獄出来るかもしんねーだろ!! なんでてめーはそうやって!処刑されるより先に勝手に死んでんだよ!!」 凛々しいまでの時代錯誤な言葉が紡がれない。 あの瞳が光を灯すこともない。 項垂れた肩が、力強く張られることもない。 俯いてばかりの顔を上げて、こちらを振り向く事もない。 ただ、しゃんと伸ばされた背筋だけが彼女が彼女である証だった。 「死なせてたまるか!何でてめーが死ななきゃなんねーんだ! 冗談じゃねえ、ふざけんな!」 「恋次・・・・・」 「何が極刑だ!上の決定なんか知るか! 決定が変わらなかったとしても、こんな檻くらい俺が・・・・・!」 「恋次!!」 突然張り上げられた大声で諌められて、びくりと身を引いた。 相変わらず壁と見詰め合うように向こうを向いたままのルキアの肩に、 力が入っているのがわかる。 「貴様・・・!私と同じように、罪人として処される気か!」 久しく聞いていなかった力強い口調に、思わずたじろいだ。 肩が、怒りを抑えられぬように小刻みに震えていた。 「・・・・私のことは、心配するな。貴様が思っているほど堪えてなどおらぬ。 それに・・・上の決定は妥当だよ。それだけのことを、私はした」 「ルキア・・・・・・」 「諦めてるわけじゃない。死んだつもりで・・・・・いるわけでもない。 ただ、覚悟を決めただけだ。腹を括った、というやつだな」 無理に明るく振舞うような声が、淡々と言を紡いでいった。 どこまでが本音で、どこまでが建前なのか、もう区別がつかない。 「だからもう心配するな!頻繁にご機嫌伺いなど来なくていいぞ! だいたい、副隊長ともあろう男が、こんなところで暇を売っていてどうする!」 「・・・・・・」 「正直な話、貴様が来ると騒がしくなって仕方ない。 私は静かな時間を過ごしたいんでな」 「てめ・・・・!」 あんまりな言いぐさに、もう1度怒鳴ってやろうかと格子に手を掛けようとした。 それよりさきに、それに、と小さく呟かれた言葉に、手を止めた。 「貴様の話は・・・・・正直、辛いのだよ」 「辛い・・・・・?」 予想外の言葉に、目を丸くした。 励ましているつもりだった。元気をつけさせるつもりの言葉だった。のに。 「大丈夫だ、と。心配するなと励まされるたびに。 私は・・・・都合の良い夢を見てしまう」 許されて、これまでと同じように死神をして生きる夢を。 逃げおおせて、人間界で人として生きる、夢を。 有りもしない、叶いもしない夢を見てしまう。 「なあ、恋次」 ルキアの話を俯いて聞いていた恋次が、声に答えて顔を上げた。 椅子を立ち、こちらを見ているルキアと目があった。 「私は――」 ――私はいつ、間違えたんだろうな。 声にはならぬ言葉を唇が紡ぐ様を見て、息が詰まる思いがした。 何を。道を? 間違えたんだろうか。 FIN?
|
プリーズブラウザバック