『花嫁』という言葉を作り上げた人物に、今、最高の賛辞を贈りたいと思った。
花が咲いているのだ、そこに。
清楚な白に映えるピンクの花が。
部屋に入った自分を見止めた瞬間、にこりと微笑んだ可憐な花が。
細く。
小さく。
儚げで。
見たもの全てに幸せを運ぶであろう、花が。
「どうですか、アスラン?」
嬉しそうに声を上げたラクスに、綺麗ですと月並みの言葉を返した。
実に当たり前の、つまらない言葉だと言った後に思ったが、それ以外の言葉など自分の中のどこを探しても見つからない。
それだけなのだ、ただ。思わず見惚れてしまうほどに。
「眠くは、ありませんか?」
見惚れていたと白状するのも、それ以上の賛辞を贈ることも放棄して、
身動きが取り辛いであろう長いドレスの彼女の手を取って、椅子に腰掛ける手助けをしながらそう言った。
思いの外夜更かししてしまった昨夜(正確には今日)は、睡眠時間がいつにも増して少ない。
今日のことを考えれば早く寝た方が良かったのは確かだが、横になっても眠れなかったのだ。
まるで子供のように。目を閉じれば閉じるほど、期待が膨らみ眠れなくなる。
「私は大丈夫ですわ。アスランこそ、お疲れではありませんの?」
「俺はさほど・・・。というか、全然眠くないんです、正直」
その言葉に嘘は無かった。
ほぼ無いに等しい睡眠時間にも関わらず、眠気など気配すら見えない。
それほどに、自分でも思っている以上にテンションが上がり、緊張しているのだろう。
例え今仮眠を取れと誰かに言われても、きっと昨夜の二の舞。
眠ろうとすればするほどに目が冴えてしまうに違いない。
「もう、すぐですね・・・・・・」
腰を下ろしたラクスのすぐ隣に椅子を運んできて座り込んでそう言う。
少し首を上げると見える柱時計は、予定時間を残りあとわずかしか残していなかった。
ちくたく、と秒針が振れるたびに縮まっていくその時までの空白。
単調なリズムで進んでいるはずの秒針が、やけに鈍いように思われた。
「やっと・・・・・・・貴方の妻になれますのね」
微かに触れる肩が小さく動いて、アスランの肩にぽんとラクスの頭が乗った。
落ち着いた声で、けれどそこかしこに抑えきれぬ感情を含んだその言葉に、
何故だろうか、ずきりと胸が痛んだ。
「随分―――遠回りをしました」
小さく呟いた自分の声は、驚くほど沈んだように響いた。
きっと今自分は、今のこの場に似合わない表情をしているだろうとすぐわかった。
だから、そっと目線だけ上げて自分の表情を伺おうとするラクスから逃れるように、
自分の肩に乗るラクスの頭に自分のそれを乗せて顔を隠した。
何も知らなかったあの頃は、無条件で明日の訪れを信じていた。
ただその時がいつまでも続くと思っていた。
何の疑いもなく、2人で語った未来を思い描いていた。
子供だったのだ、どうしようもなく。
今、それが痛いほどよくわかる。
「本来ならもっと早く―――こうなるはずだったのに」
すみません、と。今日だけは言わずにおこうと思っていた言葉を、堪え切れず語るべく口を開いた。
けれど、言を紡ぐより先にそれを制止するように唇に押し当てる指があった。
視界いっぱい、それしか見えないほど近くに彼女の笑顔が映る。
「私は今、幸せですわ。アスラン」
そっと指を離して、それ以上は何も言わせまいと、アスランが口を開くより先にラクスは言った。
「遠回りも、寄り道も、意味の無い事ではありません。
その分、たくさんの貴方が見れましたもの」
「ラクス・・・・・」
「私、幸せです。とても、とっても、幸せなんですよ」
何度も何度も、それでも言い足りぬと言わんばかりにラクスが繰り返す。
そんな彼女の様子を見て、ふっとこみ上げるものがあった。
目頭が熱くなった。息が詰まって、視界がぼやけた。
今感じているこの感情を『幸せ』だと言うのだろうか。どこか冷静にそんなことを思った。
「ダメですよ、ラクス」
掠れる声で搾り出すようにそう言うと、きょとんとした表情でラクスがこちらを見上げた。
首を傾げる仕草がまた可愛らしくて、花はいっそう可憐に見えた。
「貴女は・・・・これから、俺が幸せにする女性なんです。
俺がそうする前に、幸せになられては困ります」
冗談めかしてそう言うと、ラクスは驚いたように目を見開き、ふっと眉をひそめた。
「・・・・・・・困りましたわ」
「へ?」
「だって私、今だって十分に幸せなんですもの。
今のこの気持ちをなくしてしまうのはきっと出来ませんし・・・・。
けれどそうすると、今度はアスランが困ってしまうでしょう?」
どうしましょう、と呟いて、ラクスが両の頬を手で覆った。
冗談のつもりで言った言葉なのだから、そのまま笑い飛ばしてくれれば良かったのに。
本気で悩んでいるラクスの様子に驚き 呆気に取られつつ、
予知の出来ない彼女の行動がまさに彼女らしくて笑みが零れた。
しばし思い悩む彼女の横顔を見つめていると、ぱちん、と嬉しそうにラクスが手を叩いて、
満面の笑みでアスランの方を向いた。
「ではこうしましょう、アスラン」
「何か、いい解決法は見つかりましたか?」
「ええ!私、やっぱり今のこの幸せな気持ちは無くす事は出来ないと思うんです」
「そうでしょうね」
「けれど、そうだとすると、幸せにしてくださると言ったアスランの言葉を実行できなくなるでしょう?」
「ええ、まあ」
「ですから、私考えました!」
そう、まさに名案だと自分を褒め称えん勢いでまた手を叩いてそう言って、
アスランの方に体をむきなおして、ラクスはついと右手を上げて、小指を差し出した。
「幸せでいましょう、アスラン。
私、今のままでもとても幸せです。これ以上の幸せも、きっとありません。
ですからずっと、これからもずっと、このまま。幸せでいさせてください」
これでどうですか?と言って覗き込んでくる彼女の顔の前で、差し出された小指が返事を待っていた。
思いも寄らぬ彼女の出した答えに一瞬呆けて――すぐに笑顔で彼女の名案に賛同した。
きっとこれ以上の答えなんて、世界中どこを探しても見つかるはずが無い。
「約束します。これからもずっと、貴女を――」
「私と、ですよ」
差し出されたラクスの小指に自分のそれを添えながら言った言葉に、遮るようにして駆けられた言葉に苦笑した。
そしてもう1度、今度は添えるだけでなく強く結んで、もう1度、言いなおす。
「共に・・・・・・幸せで、いましょう」
頬を寄せ合い、そう言った。
神への誓いよりずっと確かな、小指で結んだ小さな約束。
この穏やかな日に、共にあろうと結ぶ約束
時計の針が、チクタクとその時を示そうとしていた。
主役達のいない式場が、ざわめき始める―――。
FIN.
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go to final.
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