「ぅう……ゴメンユーリ……」

「構わねぇよ。それより、落ちねぇようにちゃんと掴まってろよ?」

 

血の滲む左足を押さえながら、カロルはオオカミに変化したユーリの背に乗せてもらっていた。

フレンに定期的にファーストエイドをかけてもらっているが、なかなか痛みが引かない。

出血はさほどではないが、少し腫れて来た。骨は大丈夫そうだが油断はできない。

 

 

現在地、ケーブモッグ大森林。

女性陣が女子会で、レイヴンがハリーに呼び出されて不在の中、ギルドに素材採取の依頼が入った。

依頼内容は、指定量こそ多いがありふれた植物だったため、残りのメンバーで向かったのだが。

 

何せここは虫型の魔物の宝庫。もちろん魔物だけでなく普通の虫もいる。

パニックを起こしたカロルが派手に転倒し、しかもその足の上に戦闘の余波で折れた樹が倒れ込むという、何とも漫才のような事態が起きた。

 

幸い依頼自体は済んだ後だったため、こうして戦闘を避けながらダングレストを目指している。

 

「そういやカロルを乗せんの、2回目だな」

「そうなのかい?」

「わ〜!ユーリその話は……っ」

 

 

 

 







 

 

 

まだ出逢って間もない頃だった。

リタに連れられて遺跡の中に入った時のことだ。

 

あの時カロルはまだユーリのことを信頼していなかった。

 

チンピラ然とした格好をしているわりには、お姫様みたいな人と一緒だし。

寝る時も頭のバンダナを外さない。

連れている犬と会話が成立しているっぽいし、何より触られるのを異様に嫌がる。

地獄耳だったり匂いに敏感だったり、信用しろと言われても困るくらいには挙動不審なのだ。

 

「うわ、真っ暗だね」

「そりゃ地下の遺跡だもの」

「照明魔導器を設置したりはしないんです?」

「発掘途中の遺跡に傷つけるわけにはいかないでしょ」

「ま、せめて松明くらいは欲しいはな」

 

暗がりに潜む魔物の存在は、気配でしか探ることはない。

同行者同士の顔くらいは辛うじて見えるが、その先は闇だ。

足音ですら壁に反響してしまい、正確な位置や距離を計れない。

 

「……っ」

「ユーリ?どうしたんです?」

「いや、何でもねぇ」

 

この時、カロルは偶然ユーリの顔をみたのだが、痒いものを我慢するような……何とも言えない顔をしていた。

 

「気をつけなさいよ。すぐ上に水脈があるから、たまに天井から水が落ちてくるのよ」

「そういえば、ちょっとジトッとしてきたね」

 

面倒を増やすな、といった体のリタの言葉に返事をしていると、突然、先頭を行くユーリが立ち止まった。

 

「〜〜〜〜っ!」

「ユーリ?」

 

 

 

「っ、だああああ!!もう我慢出来ねぇ!」

 

 

 

 

 

「ユーリ!?」

「えぇ!?」

「あ、アンタ!何よソレ!?」

 

突然頭を掻きながら叫んだかと思うと、今まで一度も外さなかったバンダナを毟り取り、背中側の裾から服の中に手を突っ込んだ。

そして姿を現したのは…………。

 

 

 


髪と同じ色をした、フサフサの、犬のような形状の耳とシッポだった。

 

 


 

「あースッキリした。やっぱ湿気溜まると蒸れるし痒いしで堪んねぇわ」

「ちょっと、ソレ見せなさい!」

「イテ!」

 

軽く頭を振ってさっぱりした様子のユーリに、早速リタが突撃した。

シッポと耳を引っ張ったり折ってみたりして、それが神経も骨も通った本物だと解ると、ヨロヨロと離れていく。

 

その光景を、カロルは唖然と見ているしかなかった。

頭の中では「引っ張るのはやめてあげた方がいいんじゃ……」なんて言葉が浮かんでいたが、口には出てこない。

 

カロルも魔物に両親を殺された孤児だ、当然魔物への恐怖心と警戒心は人一倍ある。

ユーリの人間とは違う容姿に、魔物の姿が脳裏を過ったのは当然の反応だろう。

 

折れたままの剣を握る手に、無意識に力が籠る。

 

「痛いっての、ったく……。で、気は済んだか?」

「信じらんない…本物だわ……」

「だからそう言ってんだろーが」

「ユーリ。その耳とシッポは元からです?」

「あぁ、生れつきだ」

 

エステル達との会話も耳に入らない。

 

「本で読んだことがあります。昔、『人狼』と呼ばれる種族の人達が、自然と共生していたと……」

「私も聞いたことあるけど…本当にいたかどうかは眉唾物だし、いたんだとしても、もう千年以上も前に絶滅してるじゃない」

「まぁこの話もフレンと合流してからな。アイツの方が説明うまいし…………カロル?」

 

 




魔物は、倒さなきゃ。

 

「臥龍アッパー!」

 




 

「うわ!?カロル!?」

「ちょっと、ガキんちょどうしたのよ!?」

「カロル落ち着いて下さい!」

 

気がついた時には、もうユーリに対して技を放った後だった。

上手く避けてくれたようだが、すでにカロルの頭はパニックになっていた。

 

「ぁ……ごめ…、僕……ちが……っ」

 

武器を握り締めたままガタガタと震える姿は、以前エッグベアと対峙した時と似ているようで、実態はまるで逆だ。

後悔と防衛本能、敵意の間で右往左往しているその目を向けられるのは、ユーリにとっては慣れたものだった。

 

頭を掻きながら「やれやれ」とタメ息をつくユーリの一方で、黙っていないのは女性陣だ。

 

「カロル、一体どうしたんです!?」

「アンタ何してくれてるのよ!もしこいつが本物の人狼なら、学術的にもかなり重要な個体に……っ」

「リタもそんな言い方やめてください!」

 

降りかかる言葉の雨に、自分の仕出かしたことの重大さが重くのしかかる。

ただでさえ悪い顔色がさらに青くなり、体の震えも酷く……。

 

「あ〜……まぁなんだ。お前ら全員、一旦落ち着け」

 

カロルの頭をポンポンと叩いて宥めるのは、当のユーリ本人だ。

しゃがみこんでカロルと目を合わせてくるが、とても顔をあげられない。

 

「ごめ…ユーリ、僕……」

「この耳とか見て、魔物だと思ったんだろ?」

 

言い返せない。

 

「誇っていいぞ」

「……え?」

「普通は混乱して、まともに攻撃できないからな。もし俺が敵だったら、その間に全滅だ。

けど、お前はすぐに戦闘態勢になれただろ?さすがはカロル先生だぜ」

 

想定していたことと正反対の反応で、思わずユーリの顔を見てしまう。

そこには取り繕ったようなものはなく、本気でそう思っていることが伺えた。

 

「よし、落ち着いたところで先に進むか」

 

この話はこれで終わりとばかりに、ユーリはまた先頭に立って歩き出した。

腑に落ちない表情ながらも、女性陣も後に続く。

 

自分は本当に器が小さい。

 

生れつきだと言うなら、きっとユーリは今の自分より幼い頃から、こんな目に合い続けてきたのだろう。

もし自分が同じ立場なら、大慌てで逃げ出していた。

それどころか、人間不信になって人前に姿を見せるなどとてもできない。

 

ホッとしたやら、ユーリの器の大きさに尊敬するやらで、

 

「……あ、あれ?」

 

カロルはすっかり腰が抜けていた。

 

「な〜にやってんのよガキんちょ」

「あ、あははは……;」

「おいおい……しゃあねぇ。ラピード、先頭頼むな」

 

相棒に声をかけると、ユーリはカロルの前に戻ってき

 

 

 

 

 

 

たと思ったら、カロルの前にいたのはヒトの成人男性ではなく、大きな黒いオオカミだった。

 

「え?えぇ!?」

「な〜に今更驚いてんだ。ほら、乗れよ」

 

『伏せ』の姿勢のまま待つユーリに戸惑いながらも、こんなところで動けないよりはマシだと思い直し、ゆっくりとその背中に跨がった。

カロルがしっかり掴まったことを確認すると、特に苦になる様子もなく立ち上がり歩き出す。

 

「ゆ、ユーリ重くない?」

「全然。下町でチビ共をまとめて3人乗せたこともあるからな。

まぁ戦闘は厳しいだろうから、悪いけどエステル頼むわ」

「あ、はい!……ユーリ、後で撫でさせてくださいね!」

「もうツッコむのもバカっぽいわ……」

 

フカフカの毛皮に顔を埋めながら思う。

 

自分は臆病で、なにをやっても長続きしない。

やることなすこと全部裏目に出て、正直自信などなかった。

 

それなのに、ユーリはそんな自分を「誇っていい」と言ってくれた。

こんな自分でもいいのだと認めてくれた。

 

「ユーリ、ありがとう」

「ん?なんか言ったか?」

「えへへ。治ったら、戦闘はエースの僕に任せてよ!」

「お〜、頼んだ」

 

いつか、本当に誰かの役に立てる人間になろう。

そしてその姿を、ユーリに近くで見ていて欲しい。

 

漠然と考えていた『自分のギルドを作る』構想が、具体的に形になり始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 





 

「ぅう……あれから全然成長してない、僕……」

「いやいや、器のデかさは成長してるぜ?カバンが重くなったわ」

「器ってカバンのこと!?」

 

裏で身長・体重も変化なしとも言われているが、そこには気付いているのか敢えてスルーしているのか。

頭を抱えながらユーリの背に突っ伏し、ショックのあまりブツブツ愚痴り始めた。

 

「だから初めて会った時、3人ともユーリの耳のこと知ってたのか。

…………君はあれだけ口を酸っぱくして言っていたのに我慢出来なかったのか」

「だぁもう!お前らだって、耳ん中まで湿気でジト〜ッとすんのは嫌だろうが!」

「だからって、何も知らない人の前で耳を晒すとか危険すぎるだろう!

リタが魔導器以外に興味を持たない性格だったからよかったけど、彼女がもし生物の専門家だったらどうしたんだ!?」

「それこそ今更だろ!今だって耳もシッポも出しっぱなしにしてるが、別に何も起きてねぇし!」

「陛下やユニオンのお陰だろう!正直、僕やハンクスさん達は心配で寿命が縮みそうだ!」

 

いきなり痴話喧嘩を始めた2人に、カロルはやや後方を歩くラピードと同時にタメ息をついた。

どうでもいいが、自分を間に挟んだまま喧嘩するのはやめて欲しい。

 

「……あぁもう、フレンは心配しすぎだよ。ユーリだってさすがにその辺の分別はつけてるみたいだし。

あとユーリも。問題になってないだけで危ない場面はあったんだから、もう少し慎重にね」

「「…………はい」」

 

いつまでも喧嘩を続けそうな2人を呆れ半分に治めながら、カロルは再びタメ息をついた。

身内のくだらない喧嘩も防げないとは、『器の大きな男』になれるのは、まだまだ先のようだ。

 

 

 

 

 


 

 

「いや、充分器デかいだろ首領」ボソッ

「だよね」ボソボソッ

 


 

 

 

 

 

 

 

                                              ゆらゆら揺れる背中の上で

 

 

 

ユーリはオオカミ形態だと、カロルとリタくらいなら乗せて走れます。

パティも可能ですが、彼女は絶対背中の上で大人しくしていなさそうなので、そもそも乗せることを拒否してますが(笑)。

ToVは視点を変えれば『カロル成長日記』と副題がつきそう。

 

 

2018.02.21