「申し訳ございませんが、ペットは外でお願いします」
「………ですよね〜〜(苦笑)」
宿の受付のお姉さんに言われ、カロルはチラリと斜め後ろを見た。
大型犬が二頭、「やっぱりな」といったような顔をしていた。
「ゴメンねユーリ、今日はラピードと一緒に外でお願い」
「ま、しゃーねぇわな」
「ほんっと、厄介な体質よね」
申し訳なさそうなのはカロルとエステル、面倒くさそうなのはリタ。
あとのメンバーは どうでも良さそうだ。
今、ユーリは狼の姿になっている。
本来ならいつもの人の姿にも自由になれるはずなのだが。
「今夜は満月だからね、仕方ないさ」
「……お前に言われるとムカつく気がするのは何でだろうな」
苦笑どころか半分本気で笑っている幼馴染に噛みつきたくなるのは当然だと思いたい。
何故かユーリは、満月の夜だけ自分の意志とは関係なく、日没と同時に狼の姿になってしまい、朝が来るまで人の姿に戻れなくなってしまう。
それどころか、最近では狼の本能が強く出ているような気がして……。
「『満月』の子が近くにいるからかしらねぇ?」
「わ、私のせいです!?」
「おっさんは黙ってなさい!エステルも本気にしないの!」
「このままだと、本当の狼になっちゃったりしてね」
「大丈夫じゃ!たとえ犬ッコロになったとしても、ユーリはウチの旦那じゃ!」
「いや犬じゃなくて狼だし」
「あーもう!俺のことはいいから、お前らはさっさと宿に入れ!」
端から見れば、犬を取り囲んでブツブツ言ってる怪しい集団にしか見えない。
正直道行く人の白い視線に居たたまれなくなったユーリは、未だに渋る仲間たちを文字通り吠え立てて宿へと押し込んだ。
いくら温暖な気候とはいえ、夜が更ければ当然気温も下がる。
犬好きらしい従業員の好意で、宿の裏にある物置小屋で寝る許可を得られたが、それでも寒いものは寒い。
「クゥ〜〜ン」
「ん?俺は大丈夫だって。お前こそ平気か?」
「ワン♪」
ラピードと身を寄せ合い、エステルが持ってきてくれた毛布の上に丸くなる。
毛皮を纏っている者同士、くっついていれば多少は防寒できた。
「動物OKの宿なんてそうそうねぇしな……。お前にはいつも悪いことしてるよな、俺ら」
「ワンワン!ヴーッ(いいってことよ、気にすんな)」
「ははっ、サンキュ」
フワフワの毛玉がくっついて、互いの顔をペロペロと舐め合っている。
はっきり言おう、『可愛すぎる』と。
ここに件の従業員がいれば、鼻血を出して悶え回ったあと、写映魔導器で写真を撮りまくっていただろう。
だが残念ながら、ここには今ユーリたちしかいない。
……………………と思っていたら。
ゴンッ
「「!?」」
「かかかかか………可愛いです〜〜〜〜っ////」
「……何やってんだよエステル」
「わふぅ(溜息)」
一体いつからいたのだろう。
宿の部屋で寝ているはずのピンクのお姫様が、顔を赤くして物置の戸口にたっていた。
先程の音はどこかに顔をぶつけたのだろう。
彼女には似合わない鼻血が出ている。
朝になったらフレンに怒鳴られそうだ。
「こんばんは。ユーリたちが寒くないかと思って……来ちゃいました♪」
「毛皮着てる俺たちよりお前の方が寒そうだけどな」
「お邪魔します♪」
そんなツッコミも何のその、エステルはラピードとは反対のユーリの隣へと座り込む。
藁が敷いてあるだけの土剥き出しの床に、一国の姫君を座らせるなど、それこそフレンが以下略。
ユーリの心情などお構い無しに、エステルはユーリの横腹へと顔を埋めた。
「はぁ〜vV、ふわふわです……////」
「お姫様がそんな気軽に男に抱きつくなよ……」
「じゃあユーリからもラピードに頼んでください」
「俺はラピードの代わりかよ……自分で交渉してくれ」
「ぅ〜…、ズルいです」
しばらくモフモフを堪能すると、エステルはそのままユーリの横腹に頭を乗せ、本格的に寝る姿勢になった。
「おいおい…せっかく宿に泊まってんだから、ちゃんとベッドで………」
「ユーリと一緒がいいんです」
エステルの顔は、それまでのモフモフに癒されていた目ではなかった。
毅然とした『為政者』の目だ。
「私、正式に副帝に就いたら、この世界の正しい歴史をきちんと調べて公表します。
始祖の隷長や、ユーリみたいな人たちが、自分のことを隠さなくても街を歩けるようにしたいんです」
ユーリが普段狼のままの耳や尾を隠して生活し、窮屈な思いをしていることを言っているのだろう。
人狼の存在が広く世間に認知されれば、こんな風にペット扱いもされずに済む。
ただ、人は自分たちとは違うものを極端に恐れ、徹底的に排除しようとする生き物だ。
ましてや、クリティア族のように一定数以上いれば話は別だが、もともと人狼は大昔に絶滅した種族である。
下町のように受け入れてくれる環境の方が珍しく異質なのだとも言える。
「………始祖の隷長はともかく、俺のことまで気ぃ回すことねぇよ。
オルニオンの医者も言ってたろ?こんな大隔世遺伝は普通ありえねぇって」
以前、所用でオルニオンに赴いた時、宿に駐在していた医師にうっかり耳を見られたことがあった。
あまりにも珍しい事例に興奮したその医師は、ユーリの体を調べさせて欲しいと申し出た。
今は割愛するが、あの時リタが間に入ってくれなかったら、どうなっていたかわからない。
「俺は結婚する気ねぇし、もし子どもが出来たところで血の薄い狼の部分が遺伝することもねぇ。
こんだけ世界を回って、同族どころか似たような先祖返りにも会ってねぇんだから、多分後にも先にもこんなのは俺一人だ。
だから、その労力は別のところに使ってくれ」
「……………それだけじゃ、ないです」
それがユーリだからこそ、頑張りたいのに。
「ん?何か言ったか?………おーい、エステルさーん?」
言いたいことはあるのに、疲労と心地のいい毛並みに押し流されるように、エステルは睡魔に負けてしまった。
規則的に聞こえる寝息に耳をピクピクとさせながら、ユーリは彼女の頬を舐める。
「……………本当に、俺のことはいいから」
自分を化け物扱い(犬扱いは別として)せず人間として接してくれたのは、下町の住人以外では旅の仲間たちだけだ。
それがどれだけ救いになったか。
ユーリはもう充分だと思いながら、自分の目も閉じた。
願わくばこの心優しい姫に、すべての夜の眷族の加護を―――。
「ねぇ、これってどういう状況?」
「エステルがユーリのお腹をモフりながら寝てるのじゃ、うらやましい!」
「いやいや、なんでエステルまでここで寝てんのよ!?」
「ふふっ、微笑ましいわね」
「……ちょっとフレンちゃん、顔が怖いわよ。お姫様が心配なのはわかるけど、少し落ち着き」
「ユーリの浮気者!僕にはなかなかお腹をモフらせてくれないのに!」
「あ、そっち?」
「わふぅ……(うるさい)」
ふわふわお腹枕でいい夢を
書いてる途中ですごい長く間をあけてしまったので、最後の展開をどうするか忘れてしまいました。orz
とりあえず狼型でパーティメンバー全員と絡ませたいです。
後半に出てきたオルニオンでのリタ編もいつか書きます。
2017.09.18