其れは…歓びに揺らめく《焔》…哀しみに煌めく《宝石》…
其れは…歓びに揺らぐ《焔》…哀しみに煌めく《宝石》…
多くの人生…多くの食卓に…彼女の『葡萄酒』があった――
多くの人生…多くの食卓に…彼女の『葡萄酒(vin)』があった――
不可能を可能にし続けた女性『Harold Belserius』
横暴0501[な]運命に挑み続けた女性『Loraine
de Saint - Laurent』
科学と共に生きた彼女の人生…其の知られざる《物語》
大地と共に生きた彼女の半生…其の知られざる《物語(Roman)》
「ア〜ニキ〜♪」
地上軍拠点地。
雪に埋もれ敗戦の気配が色濃く漂うその一帯に、ひどく場違いな明るい声が響く。
嗚呼…彼女は今日も畑に立つ 長いようで短い《焔(ひかり)》
声の主たる彼女は、その低身長と童顔に不釣り合いな注射器を片手に、双児の兄の背へと飛び乗った。
得たモノも喪ったモノも 多くが通り過ぎた…
「何だハロルド。 採血なら協力しないぞ」
「え〜、違うわよぅ」
「ではその手に持っているのは何だ?」
さすが生まれた時から彼女の兄をやっているだけあって、あしらい方は一級品だ。
嗚呼…季節(saison)が幾度廻っても 変わらぬ物が其処に在る
ムスッと頬を膨らませる姿は、とても23歳には見えない。
優しい祖父(grand-pere)の使用人(employe) 愛した彼との『葡萄畑(climat)』
「…って、アニキ。 何一人でワインなんか飲んでんのよ!」
「ん? お前も飲むか?」
「そーじゃなくて。
ただでさえ物質が少ないのに、ちょっと贅沢なんじゃないの?」
改めてみれば、兄・カーレルの手には小さなグラス。
嗚呼…追想はときに ほの甘く
少量とはいえ、確かに赤ワインが注がれていた。
熟した果実を もぎ穫るよう0501[な]悦び(plaisir)…
軍の中でも上位にあたる人間が、こんなことをしては下に示しがつかないのではないのでは?
そう指摘したがカーレルは笑って。
「大丈夫。 私の秘蔵のワインをすべて皆に開放して、わずかに残ったものだ。
贅沢にはならないよ」
むしろ質素なぐらいだ、と言って液体を口に含む。
嗚呼…葡萄樹(vigne)の繊細0501[な](delicat)剪定は 低温で少湿が理想
納得はいったものの、なんだか釈然としない。
造り手達(vigneron)の気の早い春は 守護聖人の祭(Saint
Vincent)の後に始まる…
「アタシは貰ってない…」
「むくれるなよ」
髪を乱雑に掻き回されるようにして頭を撫でられる。
嗚呼…無理0501[な]收量(quantite)を望めば 自ずと品質(qualite)が低下する
それだけで、ハロルドの機嫌は簡単に直ってしまった。
一粒(un grain)…一粒に(et un grain)…充分0501[な]愛情(amour)を それが親の役割……
こうして見る限り、ほほえましい兄妹のじゃれ合いにしか見えない。
この戦争の鍵を握っているとは、誰が思うだろうか。
兄は軍部の中でも主要チームの実質的なリーダー。
妹は兵器開発部の総責任者。
嗚呼…追想はときに ほろ苦く
歴史の中で千年以上も名を残す存在となるとは、後世の人間にしかわからない。
痛んだ果実を もぎ穫るよう0501[な]痛み(peine)…
「そういえば、例の兵器はどうなってるんだ?」
「ソーディアンのこと?とっくに最終調整に入ってるわよ。
クレメンテとアトワイトも無事に帰ってきたし、あとは仕上げだけ」
この戦争に勝つために残された最後の希望だというのに、開発するのがこの妹だ。
嗚呼…女は政治の道具じゃないわ…
やたら仕上がりが気になる。
彼女が可愛いもの好きということもあって、やたらファンシーな剣を想像してしまい…カーレルはあからさまに顔を歪めた。
愛する人と結ばれてこその人生(la vie)
「……妙な機能はつけてないだろうな」
「何? つけて欲しいの?」
「力いっぱい遠慮するよ」
部署は違えど共に軍属で、いつ死んでもおかしくない。
それは後方支援型の科学部門も同じだった。
カーレルはハロルドも軍人となることに最後まで反対していたが、それでも彼女は押し切った。
されど…それさえ侭成らぬのが貴族(noble)
すべては大好きな兄の傍にいるため。兄のためなら、血と死の臭いに満ちた戦場でも平気だった。
そん0501[な]『世界(もの)』捨てよう……
(「残念だったネエ…」)
それなのに…。
権威主義を纏った父親(per)…浪費する為に嫁いで来た継母(mere)
名門と謂えど…派手に傾けば没落するのは早く…
斜陽の影を振り払う…伯爵家(Les Comte)…最後の《切り札》(carte)…娘の婚礼…
嗚呼…虚飾の婚礼とも知らず――
継母(おんな)の《宝石》が赤(rouge)の微笑(えみ)を浮かぺた……
不測のトラブルのため、ハロルドが遅れてダイクロフトに到着した時。
すでに決着はついていた。
地平線が語らざる詩(おと)…大切0501[な]モノを取り戻す為の…逃走と闘争の日々…
地上軍としては、喜ばしい結果で。
その後の彼女の人生は…形振り構わぬものであった……
彼女にとっては、嘆くべき結果で……。
カーレルがミクトランと刺し違えて戦死したとの情報は、リトラー指令の終戦宣言によって軍全体に知れ渡った。
後に遺されたのは妹と、マスター本人のものではない人格を投射されたソーディアンのみ。
「(…なんでアタシの人格なんか入れちゃったんだろう…)」
私はもう誰も生涯愛さ0501[な]いでしよう 恐らく愛する資格も0501[な]い…
他のソーディアンと同じくマスター本人の人格であったならば、ここまで喪失感に苛まれることもなかっただろうに。
たとえそれが、カーレル自身ではない模造品だったとしても。
「でもソーディアンじゃ、頭を撫でてくれないもんね…」
それでも誰かの渇き(soif)を潤せる0501[な]ら この身0501[な]ど進んで捧げましょう…
ハロルド・ベルセリオス。
樫(chene)の樽の中で 眠ってる可愛い私の子供達(mon
enfant)
終戦後、世界各地にソーディアンを封印したのち白衣を脱ぐ。
ねぇ…どん0501[な]夢を見ているのかしら?
彼女の最後の発明は、意外なことに機械や兵器の類ではなく…
豊満な香りを持つよう品種改良されたブドウの苗と、その果実で造られた葡萄酒であった。
果実(pinot)の甘み(sucre)果皮(tanin)の渋み(astringence) 愛した人が遺した大地の恵み(terroir)
それは長い時代の中で数々の場面に登場し、他の発明品と共に千年先まで受け継がれていった……。
『歓び(joie)』と『哀しみ(changrin)』が織り成す調和(harmonie) その味わいが私の『葡萄酒(mon
vin)』
――そして…それこそが《人生》(et…C’est
la vie)
そして…『彼女』は今日も葡萄畑に立つ――。
―歓びも哀しみも優しく包み込む味わい
大切な者と共に飲んで欲しいという願いのもと生まれた物
果たして…《賢者》はどんな幻夢を魅せるのか……
其処に物語は在るのかしら――?