自室の裏庭に広がるセレニアの花畑。
君の大好きなこの旋律(melodie)…大空へと響け口風琴(harmonica)…

淡い色をしたその花弁は夜の闇に輝き、吹き抜けた風に舞い上げられ屋外へ流れ、やがて空へと消えていく。
天使が抱いた窓枠の画布(toile)…ねぇ…その風景画(paysage)…綺麗かしら?


瞬く星に紛れ夜空へと溶けていった花弁を、ティアはずっと目で追っていた。


あの花弁の辿りつく先に、彼はいるのだろうか。


空を飛ぶ鳥の唄は届くのだろうに、地上にいる自分の謡は、遠過ぎて届かない……。



「ティア、そろそろ中へ入りなさい。 風邪をひいてしまう」


「……はい」



兄と恩師、そして『仲間』を同時に失った彼女の落ち込みようといったら、とても目を向けられたものではなかった。
其れは(C'est)――


覚悟していたことなのに、実際に崩落したエルドラントを見てしまうと、抑え込んでいたはずの感情が暴走してしまう。
風が運んだ…淡い花弁…春の追想…

もうあの人は、世界のどこにもいないのだと痛感させられて…。
綺麗な音…唄う少女(Monica)…鳥の囀0902[り]…針は進んだ →


それは婚約者を亡くしたナタリアも同じなのに、三年経った今、彼女は立派にアッシュの死を乗り越えている。
其れは(C'est)――

単に公務に忙殺されることで、哀しみを紛らわせようとしているのかもしれないが……。
蒼を繋いで…流れる雲…夏の追想…


それでもよく頑張っている方だろう。それに比べて、自分は……。
麗な音…謡う少女(Monica)…蝉の時雨…針は進んだ →


「そういえば、キムラスカのナタリア殿下から手紙が届いていたな。


何でもルークとアッシュの成人の儀を行うとか……」



ピクッ、と、ティアの動きが止まる。
綺麗だと…君が言った景色…きっと忘れない…

今更死んだ人の誕生日を祝って、何の意味があるというのだろう。
『美しきもの』…集める為に…生命(ひと)は遣って来る……

しかも、彼らの墓の前でなんて。



それにルークは本来なら、生まれてまだ七年しか経っていなかったのに。


誕生日すらも定かでないのに、アッシュと同じ日にするなんて……。
君が抱きしめた短い季節(saison)…痛みの雨に打たれながら…


なんて、残酷。
「心配ないよ」…笑って言った…君の様相(visage)忘れないよ……


「そうですが…私はバチカルではなく、直接タタル渓谷へ向かいます。 ナタリアには悪いですが…」



王女である彼女は、式典を抜けることが出来ない。


二人の幼なじみの死を、また改めて認識させられる苦痛は譬えようがないだろう。



「そうか…。 もし殿下達に会ったらよろしく伝えておいてくれ」


「はい」










式典当日。


ユリアロードを通ってティアはアラミス涌水洞に出た。
其れは(C'est)――


孤島で在るユリアシティから内地に出るには、シェリダンからアルビオールで迎えに来てもらう方が早いのだが、
夜の窓辺に…微笑む月…秋の追想…

今はとにかく、一人になりたかった。
綺麗な音…詠う少女(Monica)…虫の羽音…針は進んだ →


渓谷に最寄りの街であるケセドニアに到着すると、バザールの一角で流れの大道芸人がジャグリングをしていた。


それを見つめる子供達の眼が、どこか彼と重なって。



「(そういえば…前にサーカスを見に来た時、ルークもあんな顔してたっけ)」



三年前の旅の最中…一度だけだったが、漆黒の翼が主催するサーカス団『暗黒の夢』の公演を見に来たことがあった。
其れは(C'est)――

あの時のルークの表情は、まさに実年齢そのもので。
大地を包み…微眠む雪…冬の追想…


人手不足で駆り出されていたアッシュと偶然会い、いつものように口喧嘩を始めていたあの頃。
綺麗な音…詩う少女(Monica)…時の木枯…針は進んだ →

決戦間際なのにパーティの保護者でもあるジェイドが息抜きを許可したのは、


彼に少しでも多くの思い出をつくってやろうとした、不器用ながらの“親心”だったのかもしれない。
綺麗だね…君が生きた景色…ずっと忘れない…


仲間達全員に深い爪痕を残した、辛くも楽しかったあの日々。
『美しきもの』…集める為に…生命(ひと)は過ぎて行く……

そんな日はもう、来ない。



「(そろそろ陽が暮れる…早くタタル渓谷に行かないと)」
君が駈け抜けた眩い季節(saison)…病の焔に灼かれながら…


雑踏の中に見た懐かしい幻影に後ろ髪を引かれながらも、ティアはキムラスカ方面へと街を抜けた。
「嗚呼…綺麗だね」…笑って逝った…君の面影(image)忘れないよ……









互いに示し合わせたわけでもないのに、渓谷の花畑には旅のメンバー全員が集結していた。
君が生まれた朝…泣き虫だった私は…小さくても姉となった――

長いような短いような月日の中で、風化しつつあるエルドラントを一望出来るこの場所に、大譜歌の旋律が木霊する。
嬉しくて…少し照れくさくて…とても誇らしかった……


ナタリアに至っては、式典の時の礼服そのままだった。



『愛しい人』とその被験者、兄と恩師。


大切な人をすべて呑みこんで、要塞は墓標のようにそこに聳えている。



「(ずっと見てるって約束したのに、最期だけは看取れないなんて)」



なんて皮肉。



「…そらそろ戻りましょう。 夜の渓谷は危険です」



いつものように感情を表に出さないまま、ジェイドが全員に解散を促す。
苦しみに揺蕩う生存(せい)の荒野を

胸に蟠りを抱えたまま、座っていた岩から降りて『彼』に背を向けた。
『美しきもの』探すように駈け抜けた


果てしなき地平へ旅立つ君の寝顔


願わくば…どうか、安らかな冥りを……。
何よ0902[り]美しいと思ったよ……







―君の大好きなこの旋律…大空へと響け口風琴…
君の大好きなこの旋律(melodie)…大空へと響け口風琴(harmonica)…

天使が抱いた窓枠の画布…ねぇ…その風景画…綺麗かしら?
天使が抱いた窓枠の画布(toile)…ねぇ…その風景画(paysage)…綺麗かしら?










……カサリ、と、遠くで足音がした。


振り返れば、失ったとばかり思っていた懐かしい姿。


その本質は果たして“焔”なのか、それとも“灰”なのか。
(わたしは 世界で一番美しい≪焔)(ひかり)≫を見た

それとも…彼女の願望が魅せる幻夢なのか。


《葡萄酒》のような髪だけでは、どちらの答えも出せはしない……。
その花を胸に抱いて Laurantの分も 詠い続けよう)









                                  其処に物語は在るのかしら――?






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