後の世に【神の手を持つ者】――
後の世に【神の手を持つ者】――

と称される彫刻家『Huego・Jilcryste』
と称される彫刻家『Auguste Laurant』

戦乱の最中に失われ 平和と共に姿を現したとされる
戦乱の最中に失われ 平和と共に姿を現したとされる

未だ神秘の薄布に包まれた彫像 彼の最初で最後の作品
未だ神秘の薄布(ベール)に包まれた彫像 彼の稀代の傑作

『天使』に秘められし 知られざる≪物語≫……
『天使(Angel)』に秘められし 知られざる≪物語(Roman)≫……













私にはその頃、最愛の妻がいました。


名をクリスという、優しく美しい女性でした。
「物言わぬ冷たい石に 生命(いのち)を灯せる等と


当時すでにミクトランの支配を受けていた私は、彼女の前でのみ自らの意識を保てるようになっていました。
俗人達が謳うのは 唯の驕りに過ぎぬ


深層意識の底に沈み、自分の体も動かせず…
在る物を唯在る様に 両の手で受け止めて

あの残忍な男の元に彼女を置いておくことしか出来なかった自分が、とても歯痒くてなりません。
温もりに接吻(くちづ)けるように 想いを象るだけ……」


ですから、あの時……。



「旦那様! 奥様の容態が……!」



この時…妻は予定日よりも、一ヶ月近く早い陣痛に襲われていました。


出産のため医師の手伝いをしていたメイドが書斎に飛び込んできた時には、もう無我夢中でした。



表に出ていたミクトランを押し退け、すぐに寝室に駆け付けて……。
≪風車小屋(Moulin a vent)≫ 空を抱いて 廻り続ける丘の上

今思えば、私があの天上王に勝てたのは、あの一度っきりでした。
工房(atelier)は他を拒むように 静かに佇む影…

しかし…私が駆け付けた時には、すでに妻は……。



「クリス…? クリスーーー!!」



…妻は、幼い頃から気立てもいい器量よしで、知人達の間でも評判の女性でした。


自慢の、妻でした…。



またそんなこととは関係なしに、私は、心から妻を愛していたのです。
彼は唯独りで描いた 我が子の表情(かお)も知らずに……


元々体も丈夫な方ではありませんでしたから、半ば、覚悟のようなものもしていました。


それでも…突き付けられた現実は、私にとって、到底耐えることの出来ないものでした…。



それからしばらく、私は何をするでもなく無気力に過ごしていました。


あの非情な天上王でさえ、私をそっとしておいてくれたほどに。
【足り0501[な]いのは小手先の素描力(dessin)では0501[な]い――現実をも超える想像力(imagination)】

…レンブラントに言われるまで、生まれたばかりの息子の存在など、頭から抜け落ちていました。
「嗚呼…光を…嗚呼…もっと光を…『即ち創造(creation)』…憂いの光を……」


本当はとてもそんな気にはなれなかったのですが、メイド達に薦められるまま、あの子の存在と初めて直面した時。



あの子の瞳や、僅かに生えつつある髪の色が、亡くなった妻にそっくりで、あまりにも似過ぎていて…。


親子なのだから似ているのは当然ですが、私には当時精神的な余裕がなかったからでしょう。


改めて、『妻はもういない』という現実を突き付けられたような錯覚に陥りました。
生涯逢わぬと誓い0501[な]がら 足げく通う修道院(monastere)


そして…私の後悔は、後にも先にもこの一度限りです。
子供達の笑い声 壁越しに聴いている…

あの子を見て芽生えたのは愛情ではなく、憎悪。


その衝動のままに、私は…私の内にいるあの男に言ってしまったのです。



  私からクリスを奪った子を、どうして我が子と認められよう。


  これはお前にくれてやる。


  駒にでも何でも、好きに使うがいい!



いくら憎しみに支配されていたとはいえ、恐ろしいことを言ってしまったものです。
「君の手が今掴んでいるであろう その≪宝石(いし)≫はとても壊れ易い

やむをえず捨ててしまった長女の代わりに…長女の分もこの子を愛し、守っていかなければなかったのに。
その手を離しては0501[な]らない 例え何が襲おうとも……」


結果、あの子の自我が生まれる前に『エミリオ』は病死し、代わりに『リオン』が生まれました。


年を重ねるにつれ妻に似てくる息子に憎悪は募り、


私が妻の面影を求めて雇い入れたメイドに笑いかける様子を見ては、時には殺意すら覚えました。



クリスを死なせたのはお前のくせに、と…愚かなことでした。
彼は日々独りで描いた 我が子の笑顔(かお)も知らずに……














本当に大切なものというのは、失ってはじめてわかるものなんでしょう…。


ミクトランからあの子を海底洞窟に置き去りにしたと聞かされて、私にはこれまでとは違う、どうしようもない感情が沸き上がってきたのです。
【必要0501[な]のは過ぎし日の後悔(regret)では0501[な]い――幻想をも紡ぐ愛情(affection)】


何故何もしてやらなかったのか。どうして話そうと努力しなかったのか。


どうして愛してやらなかったのか。
「嗚呼…光を…嗚呼…もっと光を…『即ち贖罪(expiation)』…救いの光を……」


後悔ばかりが頭を占め、一日がとても長く感じられました。


もうじきこのダイクロフトにも、娘達がやって来ることでしょう。


その時私は、何としてでもあの子達の援護をしてやるつもりです。



たとえそれによって、私が命を落とすことになったとしても。


それが娘を捨て、息子を虐げた私に出来る、せめてもの償いですから……。

















ミクトランが身体の主導権を握らない、一日に数時間の、私が自由に動ける時間。


その間に私は外郭に大理石の巨塊を運び入れ、無心になって鎚を振るいました。



娘と息子。 そして、記憶に残る妻。


すべての愛しい者達の表情を思い浮かべながら。
如何0501[な]る賢者であれ 零れる砂は止められ0501[な]い


遅れに遅れてしまったが、確かに私が、あの子達を愛していたという証明のために。



自己満足なのはわかっています。


ですが、これが私に出来る、最後の“父親”としての仕事なのです…。
彼に用意された銀色の砂時計 残された砂はあと僅か……
















―母親の灯を奪って この世に灯った小さな≪焔≫
母親の灯を奪って この世に灯った小さ0501[な]≪焔≫

その輝きを憎んでしまった 愚かな男の最期の悪足掻き…
その輝きを憎んでしまった 愚か0501[な]男の最期の悪足掻き…

想像の翼は広がり やがて『彫像』の背に翼を広げた――
想像の翼は広がり やがて『彫像』の背に翼を広げた――

嗚呼…もう想い遺すことはない
「嗚呼…もう想い遺すことは0501[な]い






「やっと…笑ってくれたね……」
やっと笑ってくれたね……」







    
もういいですよ 父上…
    
(「もういいよ…パパ」)


















ベルクラントが堕ちた海域の海底から、一体の彫像が引き上げられた。


やがて “真実” が広まるにつれその作者も判明し、『遺族』たっての希望でファンダリアの博物館へと寄贈された。


十八年…更に十年と時代が移ろうとも、彫像はただ…≪美しき≫微笑みを湛えていた……。



















                                          其処に物語は在るのかしら――?






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