「こん0502[に]ちわ、はじめまして!(Salut, enchante!)」



悲しまないで。
差し出した手を――

私はもう、ヒトには戻れないけれど――。
嗚呼…可愛い私のお姫様(etoile) 小さな指で懸命0502[に]握り返してくる


大丈夫、この子がいる。


貴方と私の、交響した軌跡の結晶が……。
あなたの歩む道程が 輝くよう0502[に]『星(etoile)』と……

















薄暗さと屋外からの音で、雨が降っているらしいことがわかった。
ある雨の朝…いつものよう0502[に]少女が目を覚ますと…

もしこの雨音がなかったら、また症状が進行したか、あるいは何かが自分の顔を覗き込んでいるのだろうと思ったかもしれない。
寝具(ベッド)の横0502[に]は優しい父親…そして大きな黒い犬が居た…


そういえば少し重いような……。
雨の匂い…くすぐったい頬…どこか懐かしい温もり…

…ん? 重い?
小さな姉と大きな妹…二人と一匹…家族となった特別な朝……


「うわぁ!?」


「おっはよーロイド♪」



驚いたロイドは、勢い余ってベッドから落ちた。


位置が低くなった目標に対し、『それ』はすぐに自分にのしかかって来て、改めて顔をベロベロと舐め回す。
嗚呼…私は星を知らない 遠過ぎる光は届かないから…


ノイシュほどではないものの、それなりに大きな犬のようだ。
嗚呼…僅かな視力でさえも 何れ失うと告げられている…


「いてて…その声はコレットか。 朝っぱらから何だよ一体」


「僕もいるよー」


「えへへ。 早くこのコを紹介したかったの」



このコというのは、さっきから自分の顔を舐めまくっている犬のことか。
ごめんなさい(Excusez-moi)…お母さん(ma mere)…この名前(ce nom)…

というより、先に助けてくれないのか、親友達よ。
どうしても好き0502[に]なんてなれないよ…(Je ne peux pas, c'est absolument de m'aimer )

…結構キツイのに、この体勢。
嗚呼…ごめんなさい(Ah…excusez-moi)……


朝早くからコレットとジーニアスが連れて来た犬は、名前をプルーという、黒い長毛種のメス犬だった。



元はメルトキオに住む盲目の老婆が、盲導犬代わりに飼っていたのだが。


その老婆が亡くなったため、ゼロスが引き取ってきたのだという。



初対面での行動からもわかるように、相当人なつっこい性格をしているようだ。



「…俺はともかく、親父やクラトスが何て言うか……」


「大丈夫だよ。 プルーを引き取るようにゼロスに頼んだの、クラトスだもん」


「え…?」



天気のせいだけではない、薄暗く狭い視界の中。


目立つ銀髪だけを頼りに、ロイドはジーニアスの方に向いた。


勇気を出して――












彼の目に異変が起きたのは、エクスフィア回収の旅を始めてすぐのことだった。
嗚呼…Pleut(プルー)と屋外(そと)へ出たけど 歩く速度が抑違うから…

本来なら順を追って、ゆっくりと体を慣らしていくべき天使化を、ロイドは一瞬で全行程を済ませてしまった。
嗚呼…暗闇0502[に]沈む世界では ちょっとした段差でも転んでしまう…

その影響でか、彼の目は徐々に光を失ってきている。



遺伝因子のおかげでコレットほど大事にはいたらなかったが…。
ごめんなさい(Excusez-moi)…父さん(mon pere)…この両眼(ces yeux)…

成人までもたないだろうと、リフィルは診断している。
どうしても好き0502[に]なんてなれないよ(Je ne peux pas, c'est absolument de m'aimer )…


予定ではすでにデリス・カーラーンごと旅立つはずだったクラトスでさえ、ロイドの目の件が一段落つくまで出発を延期している。
嗚呼…ごめんなさい(Ah…excusez-moi)……


「…そっか、クラトスが……」


「そうそう。 だからロイド、今の内にたくさん歩く練習した方がいいよ?」



コレットの顔で、視界のほとんどが埋まる。


そこまで近付かないと、もうロイドにはぼやけてでしか見えないから。



「んじゃ、練習がてら親父達んトコ行くか!」


「ダイクおじさんは今イセリアだったっけ? 近くてちょうど良いんじゃないかな」



ジーニアスはそう言ったものの、家から村までの道はほとんど整備されていないうえ、森を突き抜けた獣道となっている。


張り出した木の根や絡まった草に足を引っ掛け、ロイドはプルーを巻き込んで何度も転んでしまう。
細い革紐(harnais)じゃ――

イセリアに着いた時には、全身擦り傷だらけの泥だらけになっていた。
心までは繋げないよ…愛犬(Pleut)が傍0502[に]いたけど…私は孤独(ひとり)だった……


「あちゃ〜、ドロドロだね」


「…ま、最初だしな。 これからもっと練習すればいいさ。


な! プルー」



ロイドに頭を撫でられると、プルーは「ワン!」と一言鳴いて、ふさふさのシッポをパタパタと振った。







別々0502[に]育った者が…解り合うのは難しい…
ましてや人と犬の間であれば…尚更の事である…
それからの二人は…何をする0502[に]も何時も一緒だった…
まるで…空白の時間(とき)を埋めようとするかのよう0502[に]…

姉は甲斐甲斐しく妹の世話を焼き…妹は姉を助けよく従った…
父の不自由な腕の代わり0502[に]なろうと…何事も懸命0502[に]…
其れは…雨水が大地0502[に]染み込むよう0502[に]しなやかな0502[に]…
根雪の下で春を待つよう0502[に]…小さな花を咲かせるよう0502[に]…















それから二年経った十九歳の時。



「…あっ!」



外出先で突風が吹き、ロイドはうっかりしてプルーのリードを落としてしまった。
急0502[に]吹いた突風(rafale)0502[に]手を取られ…革紐(harnais)を離したけど…

途端、







ブツッ








頭の中…耳の奥の方で、まるで糸が切れるような音がした。


そして、うっすらと白く浮かんでいた世界は、完全に闇に閉ざされ……。



「ク〜ン…」


「…うん。 ありがとな、プルー」



完全に見えなくなったにも関わらず、ロイドの足取りはしっかりとしており、転ぶことなく家路を辿る。
もう何も怖くなかった…『見えない絆(ほしくずのharnais)』で繋がっていたから…














「……プルー?」



帰宅して間もなく、ロイドはプルーの様子がおかしいことに気がついた。
弱い姉だ――

歩き方が弱々しい、息がいつも以上に荒い。
それでも嗚呼…ありがとうね…妹(Pleut)が傍0502[に]いたから…

やがてリードに感じる重みが増して、プルーが倒れたことを知った。
私は何処へだって往けた……


「親父! プルーが大変だ!」



クラトスが旅立った今、ダイクと二人で彼女を介護する。


しかし、老衰には勝てるはずもなく……。
大好きだよ…妹(Pleut)が傍0502[に]いたから…私は強くなれた……


「ロイド、とりあえず今日はもう寝ろ」


「……わかった」



プルーの寝床の脇に毛布を敷き、その上に横になる。


彼女の前足をしっかりと握り締めて。





















暖炉の明滅すら知ることの出来なくなった視界の中に、一人の女性が現れる。
星空0502[に]抱かれて夢を見た…あなたが産まれてきた朝の追憶(ゆめ)を…

長い髪をした見覚えのない、それでも懐かしい感じがするその人は、ロイドをギュッと抱き締めて……。
銀色0502[に]輝く夢の中…零れた砂が巻き戻る幻想(ゆめ)を…


―こんにちは、私の大事な王子様! ―



その人の目元は、どこかロイドとよく似ていた……。
嗚呼…何の為0502[に]遣って来たのか…最期0502[に]判って良かった――












忘れないよ…君(/はは)と歩いた…暗闇(/くるしみ)0502[に]煌めく世界を…
いつだって…嗚呼…人生(せい/あい)は星屑の…輝き(かがやき/まばたき)の中0502[に]在ることを……















―祈りの星が降り注ぐ夜 → 黒犬は静か0502息を引き取った…
祈りの星が降り注ぐ夜 → 黒犬(Pleut)は静か0502[に]息を引き取った…

悼みの雨が降り注ぐ朝 → 冷たくなった彼女の腹から取り出されたのは
悼みの雨が降り注ぐ朝 → 冷たくなった彼女の腹から取り出されたのは

光を抱いた小さな温もり → 黒銀の毛並みを持つ仔犬だった →
光を抱いた小さな温もり → 黒銀の毛並みを持つ子犬だった →


そして彼は≪風車≫の如く廻る輪廻を辿り渡るだろう…
――そして《物語(Roman)》の翼は地平線を軽々と飛び越えるだろう

水平線の彼方…懐かしき荒野を駈け巡るために……
やがて懐かしくも美しき あの《荒野》を駈け廻る為0502[に]……














                       其処に物語は在るのかしら――?







BACK