雷鳴轟く夜…ある世界的な美術館に盗賊が入った。
警備員はすでに縛り上げられ、あとはゆっくり獲物を頂くだけである。
二人組の盗賊の内、一人が顔を上げた。
屋内を照らす雷光も、逆光でその顔を隠す。
「ヘマするんじゃないぞ、モーゼス」
(「へますんじゃねぇぞ、Laurencin」)
するともう一人が応えた。
「誰に言うとんのや。 お前も気ぃつけぇや…××××」
(「はっ! おまえこそな、Hiver」)
盗賊は館の奥へと走り去っていく……。
―母なる大地が育んだ奇蹟 世界最大と謳われし貴石 30ctの赤色金剛石
母なる大地が育んだ奇蹟 世界最大と謳われし貴石 30ctの赤色金剛石(trente
carat,diamant rouge)
所有者を変え渡り歩いた軌跡 特典は予約済みの鬼籍 30ctの『殺戮の女王』―
所有者を変え渡り歩いた軌跡 特典は予約済みの鬼籍 30ctの『殺戮の女王』(trente
carat,Reine Michele)
美術館の奥まった位置に展示されているネックレス。
鎖された硝子(verre) 優雅に眠る宝石(pierre) 過ぎ去りし日の夢の中
トップにあしらわれているダイヤモンドはかなりの大粒で、またかなりの希少価値のある天然のカラーダイヤだった。
厳格なる幻喪(deuil) 傳かざる矜持(orgueil) 死神さえも腕の中
血のように紅い≪彼女≫には相応の逸話も多く、今日に至るまでに多くの女性の手を経由し渡っていった。
『彼女』こそが女王(reine) 抗う者は皆無 檻の外へは逃がさない……
商人の娘…農家の老婆…下町の娼婦…亡国の王妃…。
狡猾な少女(fille) 影と踊った老婆(vieille) 幾つもの首を彩った
身分も時代もバラバラな彼女達だが、共通して…≪彼女≫を手にして間もなくに亡くなっている。
派手な娼婦(courtisane) 泥に塗れた王妃(はな) 幾つもの首を刈穫った
故に『呪いのダイヤ』と呼ばれるようになった彼女の、誰も知らない誕生秘話。
それは…【祝い】が【呪い】に変わる、運命の皮肉――。
廻り巡る情景(scene) 色鮮やかな幻夢 喪うまでは逃がさない……
【祝い】が【呪い】に変わる 運命の皮肉
『彼女』の誕生にまつわる 知られざる《物語(Roman)》
「頼みます! 自分の手で掘るし、ひとつだけで良いんです!」
海沿いにある鉱山の町で、銀髪の青年が地主に頭を下げていた。
聞けば全ての経費は自分で負担するから、宝石の原石をひとつ、格安で掘らせて欲しいのだという。
宝石にしろ鉱石にしろ、その採掘には人手と時間、そして莫大な金がかかる。
採算が合うならともかく、この業界は常に赤字地獄と隣り合わせ。
だから出来るだけ多くの石を掘り出さなければならないのだが、いくら経費が彼の自腹でも、その間鉱山の一角を独占されては堪ったものではない。
「だから、そんなこと言われてもねぇ…」
「そこを何とか! 妹の結婚祝いに、俺が自分の手で掘った奴をプレゼントしたいんだ!」
このように毎日やって来ては、頼み込むこと三週間。
雨が降ろうが嵐になろうが構うことなく、青年は足しげく地主の元に通っていた。
「あぁもう、わーった! わかったって。
その代わり、アンタが最初に掘り当てた奴をひとつだけだ。
さらにそれがどんな物であっても取り替えは却下だからな」
「あ…ありがとうございます!
俺、セネルといいます。 よろしくお願いします!」
その後青年改めセネルは、地主や鉱山の管理人と入念に打ち合わせを繰り返し、宝石が出やすい区域の一角を掘る場所に決めた。
男は掘った 薄暗い穴を 墓穴と知らずに
管理人から基本的な注意や手解きを受けると、あとはもう一人でも大丈夫。
男は掘った 奈落へと至る 洞穴と知らずに
一心不乱にツルハシを振るい続けた。
夜になっても、朝が来ても。
鎖された闇の中で 運命(とわ)に抱かれ
まるで、寝食を忘れたかのように。
寝食さえも忘れて 掘った
暗い坑道の中では時間の経過などわからない。
灯された詩の中で 躍るように
振るい続けたツルハシが欠け始めても、彼は採掘作業を止めなかった。
侵蝕された歯車 斯くて狂ったように廻り(Et
il tourne follement)……
「お〜い、セネル君。 少しは休んだらどうだい?」
まるで何かに取り憑かれたかのような様子に、管理人が心配して声をかけたとしても。
「いえ…もうちょっとこの辺を掘ってみます」
と返す。
仕方なく、万一に備えて管理人が近くに待機するという形で、採掘は続行された。
そうして何日か経過したある日……。
ガキンッ!
「うわ!?」
何か硬い物にぶつかり、セネルは数歩よろめいた。
――男を誘う不思議な霧…
崩れたその部分から霧が発生し、少し離れた場所でさえも見えづらくなっている。
眼前に現れたのは かつて見た事の無い美しき原石
水脈でも掘り当ててしまったかと、白く霞む視界の中のばした手が触れたのは………。
その魔力に引き寄0304[せ]られるかのように 男は震える手を伸ばした……
「…やった…やったぞシャーリィ!」
【幸運(bien chance)】…嗚呼…これまで苦労をかけた 可愛い妹(Noel)よ
それはかつてない程に巨大で、かつ美しい紅ダイヤの原石。
霧の中でも僅かな光源を反射し輝くそれは、素人目でも上物だとはっきりと分かる。
震える手で丁寧に岩盤から削り出すと、大事そうに抱え込んだ。
「よかった。 これなら…胸を張って送り出せ…!?」
【幸運(bien chance)】…嗚呼…これなら胸を張って 送りだ0304[せ]r……
白かった視界が紅く染まる。
後頭部に走った衝撃を悟る前に、セネルはその場に倒れ付した。
彼の背後にいたのは、鉱山の管理人。
握られていた岩は、赤黒く染まっていた。
セネルが掘り出した原石は霧の中でも輝き、離れた場所にいた彼の目にも触れていた。
そのあまりの美しさに目が眩んだのだろう。
男は、即死したセネルから流れる血が着く前に原石を拾い上げ、全速力で山を下りていった。
…遺体をそこに放置したままで。
そこから、【祝い】のために生まれた≪彼女≫は【呪い】に染まっていく。
まずは、採掘者から奪った鉱山の管理人。
← 欲に眼が眩んだ鉱山(mine)の管理者(concierge)
←
買い取った鷲鼻の宝石商。
← 眼の色を変えた鷲鼻の宝石商(commercant)
←
細工を施した隻眼の加工職人。
← 我が眼を疑った隻眼の細工職人(artisan)
←
皆…≪彼女≫に魅入られ、身を滅ぼしていった……。
← 廻るよ廻る…死神(Dieu)の回転盤(roulette)
→
堅牢に見える倫理の壁にも 時に容易に穴が空く…
海辺の家で、少女は待ち続ける。
【不運(malchance)】…嗚呼…帰らぬ兄を待ってる 嫁げぬ妹
自分の結婚祝いを探しに出掛けた兄が帰って来る日を。
【不運(malchance)】…嗚呼…変らぬ愛を待ってる 冬の夜空……
…兄が二度と帰って来ないことも知らずに。
「お兄ちゃん、遅いなぁ…」
(もう Hiverお兄様)
そして少女は海を見る。
本来ならば水棲民族である自分の故郷を。 同族である結婚相手が待つ場所を。
頬杖…溜め息…人形師の娘…窓辺に佇む《双児(ふたご)の人形》――
「お兄ちゃんが帰るまで、私がこの家を守らないと。
でも…いつ帰って来るのかしら……」
(はあ…いつお戻りになるのかしら?)
そんな彼女を、かつて海で死んだ “双児の人形”
見ていた――。
空に閃光が走る。
雨も降り始め、些細な物音も聞こえづらくなってきた。
鎖された硝子(verre) 優雅に眠る宝石(pierre) 過ぎ去りし日の夢の中
盗賊達は慎重に≪彼女≫の元へと近づいていく。
忍び寄るの影(ombre) 溶け込む緋の闇(tenebres) 盗賊達は部屋の中
厳重に警備された≪彼女≫を盗み出すことは出来ても、その後無事に脱出出来なければ意味がない。
失敗(へま)をすれば刑罰(peine)
…失敗は赦されない。
命を懸けた任務 狙った獲物(もの)は逃がさない……
そして、彼らはショーケースを割った。
ジリリリリリ!!
「ヤバイ…ずらかるぞ!!」
(「やばい…ずらかるぞ!」)
「ぉおい! 待ってくれやこの――っ!」
(「おい、待ってくれよ!」)
けたたましく鳴る警報機が鳴る中、一人が≪彼女≫を掴んで走り出す。
白馬に乗らず王子(prince) 些か乱暴な接吻(bise)
せっかく眠っていた≪彼女≫が、再び災厄を呼び始める……。
嗚呼...『彼女』が再び世に解き放たれる……
母なる大地が育んだ奇蹟 世界最大と謳われし貴石 30ctの赤色金剛石
(trente carat,diamant rouge)
所有者を変え渡り歩いた軌跡 特典は予約済みの鬼籍 30ctの『殺戮の女王』(trente
carat,Reine Michele)
禍の種は≪星屑≫の下に時放たれた 次なる犠牲者は誰―?
其処に物語は在るのかしら――?
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