終戦から四千年。『天使』となったハーフエルフ達の中に唯一人、元人間がいた。
眠れぬ宵は路地裏の淫らな牝猫(chatte)に八つ当たりして…
指導者ユグドラシルの師であり、片腕的存在でもある男――クラトス・アウリオン。
嗚呼…見えざるその腕で首を絞める… 《夢幻影(fantome
de reve)》壊れゆく自我(ego)の痛み…
いくら戦中に武勇を馳せたとしても、平和となった現在…彼も日々を無為に過ごすしかなかった……。
狂えぬ酔いは屋根裏の小さな居城(chateau)を転げ回る…
嗚呼…見えざるその腕の灼ける痛み… 《幻肢痛(fantome
de douleur)》安酒を浴びて眠る…
(「……Alvarez将軍に続けー!」)
―黄昏に染まる古き獣の森…戦場で出逢った二人の男…
黄昏に染まる古き獣の森…戦場で出逢った二人の男…
赤髪の騎士…銀髪の騎士…
金髪の騎士(Laurant)…赤髪の騎士(Laurant)…
争いは廻り…屍を積み上げる…
争いは廻り…屍を積み上げる…
加害者は誰で…被害者は誰か?
加害者は誰で…被害者は誰か?
斜陽の影に刃は緋黒く煌めいて――
斜陽の影に刃は緋黒く煌めいて――
クルシスの拠点地・ウィルガイア。
片腕と共に奪1001[わ]れた彼の人生(sa vie) 仕事は干され恋人は出ていった…
その中の施設のひとつを歩いていると、軍部の下級天使と擦れ違う。
何もかも喪った奪1001[わ]れた最低な人生(la
vie) 不意に襲う痛みに怯える暮らし……
「クラトス様、どちらへ?」
「パルマコスタの酒場だ。ミトスには適当に言っておけ」
わざわざ人間界に、それも酒を飲みに行くなど、無機生命体となった天使にはわからない。
「大抵の場合(Le plus souvent)…貴方はうなされ殴るから…
だが、クラトスもほぼ天使化したとはいえ、まだ欲求は残っている。
私は…此の侭じゃ何れ死んでしまう1001[わ]…
特に恋人であるアンナと、生まれたばかりの息子を亡くして以来…彼は毎日、酒を飲んで暮らしていた。
さよなら(au revoir)…貴方を誰より愛してる…
そして今日も…。
それでも…お腹の子の良い父親(pere)には成れない1001[わ]……」
「オヤジ、いつものを頼む」
「あんたなぁ…最近毎日来てるが、大丈夫なのかい?
奥さん泣くよ」
妻と呼べる人は、十七年前にいなくなった。
葡萄酒(Du vigne)…発泡葡萄酒(Du champagne)…蒸留葡萄酒(De
l'eau-de-vie)…
暴走するミトスを止められずにいる自分を、慰めてくれる存在はもう…無い。
嗚呼…眠りの森の静寂を切り裂き…また奴が現れる――
「いらっしゃ……っ!?」
店の主人が声を詰まらせる。
馬を駆る姿…正に悪夢…赤い髪を振り乱して…振う死神の鎌…
その妙な態度に違和感を感じたが、クラトスはあまり気にせずにいたが…。
首を刈る姿…正に風車…緋い花が咲き乱れて…奮う精神の針…
「ウォッカ、ロックでお願いします」
その客は無遠慮にクラトスの隣のカウンター席に座る。
さして混んでるわけでもないのに…と、迷惑そうに盗み見たその男の顔は。
闇を軽るく纏った――
「(クヴァル…!?)」
忘れもしない、十七年前のイセリア人間牧場。
夢から醒めた現実は 其れでも尚も悪夢の中
あの日山中で自分達を襲い、妻子を死に追いやった張本人。
故に…其の後の彼の人生は 酒と狂気…廻る痛みの中
てっきりすでに、上部によって始末されていたと思っていたのに……。
左の頬に十字傷 赤く燃える髪に鳶色の瞳(め)
クヴァルの方はクラトスに気付いていないようで、彼がどうすべきか迷っている間に店を出ていった。
奴を…殺せと腕が疼くのだ 『見えざる腕』が疼くのだ……
すぐに後を追ってみるも、すでに相手は夜の闇の中へと消えていて…。
「(まさか生きているとは、しかもこんな所で会うなんて…)」
半ば諦めといた仇討ち。
アンナとロイドを亡くして、ミトスも止めることが出来ず、生きる目標を失って酒に溺れていた日々。
誰が加害者で…誰が被害者だ…死神を捜し葬ろう……
そこから抜け出すかのように、クラトスの目に≪焔≫が灯った。
たとえそれが、不毛な目的であったとしても……。
「殺してくれる…っ!」
(「殺してくれる!!」)
加減もなく握り締めた手からは、血が滴り落ちていた。
以後、彼は人が変わったかのように働いた。
表向きはクルシスの天使として動き、裏では信用のおける部下を使って情報を集めた。
クヴァルは当時の独断行動を咎められるどころか、逆に昇進して、今やディザイアン五聖刃として君臨している。
現在はアスカード地方の人間牧場を管理しているという。
そして、仇であるということの確認も取れた。
騎士(Chevalier)は再び馬に跨がり…時は黙したまま世界を移ろう――
「しばらく一線から離れている間に、こんなにも世は変わっていたのか……」
誰かが死に、誰かがどれほど傷つこうとも、時間は気にも留めず流れ続ける。
そう長く引き込んでいたわけでもないのに、世界はしっかりと“十七年”という時間を刻んでいた。
異国の酒場で再び出逢った二人の男(Laurant)…
その後彼は『再生の神子』の監視役としてシルヴァラントに降り立ち、クルシスに対してもディザイアンに対してもうまく立ち回った。
アスカード…そしてその人間牧場に行くことが決定された時の彼の精神は、もはや自分では押さえ切れないほどに高まっていて。
もうすぐ…もうすぐアンナ達の無念を晴らすことが出来る……。
そんな彼の大願は、意外な形で砕け散った。
「それさえあれば、私が五聖刃の長となれるのだ!」
それは自分達を貶た、あの狡猾な仇ではなかった。
隻眼にして隻腕 泥酔状態(アルちゅう)にして陶酔状態(ヤクちゅう)…
仇と同じ姿をした、醜い権力欲の塊……。
嗚呼…かつての蛮勇 見る影も無く……
十七年という月日は自分だけでなく、相手さえも変えてしまっていて。
「どいてくれクラトス!」
不意に前に出たのは、亡き息子と同じ名前の少年。
不意に飛び出した 男の手には黒き剣(epee
noire)
呆然としていたクラトスを押し退け、直前までの戦闘で弱っていた男に、トドメの一撃を加えた。
周囲に飛び散った液体(sang) まるで葡萄酒(pinot
noir)
途端に大量に飛び散った液体は、まるで葡萄酒さながら。
刺しながら…供された手向けの花の名(nom)――「こんばん1001[わ](bon
soir)」
呆気なく絶命した男の姿に、クラトスは自分の憎しみの矮少さを知った。
抜きながら…灯された詩の名――「さようなら(au
revoir)」
崩れ落ちた男の名はLaurant…走り去った男の名はLaurencin…
もう一人のLaurantは…唯…呆然と立ち尽くしたまま……
脱出後。
自爆して黒煙を上げ牧場を眺めながら、クラトスはこれまでの日々を省みた。
誰が加害者で…誰が被害者だ…犠牲者ばかりが増えてゆく…
憎悪の念に支配されていたがその仇もすでにおらず、何より復讐行為そのものが馬鹿馬鹿しく感じられる。
廻るよ…廻る…憎しみの風車が…躍るよ…躍る…焔のように…
ならば、自分がこれから生きる意味とは――?
嗚呼…柱の陰には…少年の影が…鳶色の瞳(め)で…見つめていた……
「もう少し、前を見てみるのもいいかもしれんな」
「何か言ったか〜?」
「いや、何でもない」
急にどこか吹っ切れたような表情になったクラトスに、ロイドは訳がわからないと首を傾げた。
(人生は儘ならぬ されど、この痛みこそ 私が生きた証なのだ)
―芝居の幕は下ろされ、役者も皆舞台から降りた
復讐劇の舞台を降ろされ…男は考えはじめる…
さぁ…今度こそ“未来”を見据えよう
残された腕…残された人生…見えざるその意味を――
亡くした筈の≪宝石≫に 彼が気付くその日まで…
杯を満たした葡萄酒…その味1001[わ]いが胸に沁みた……
其処に物語は在るのかしら――?
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